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44話 それぞれの引っ越し。

 






「私達はここに住むのよね…?」


 だから何度も言ってるだろうが!


「あのメイドさんもお前の嫁さんなのか?」


 だから何度も説明しただろうがっ!


「ここが新しい家だ。要望通り、寝室は一緒にしたからかなり広いぞ。

 後、彼女はメイドではなく使用人で、俺の嫁ではない」


 聖奈は本当に笑っているが、ミランの目が笑っていない。

 なんで罪なきところで断罪されそうにならなきゃいけないんだよっ!


「明日には姉貴達も引っ越してくるから、すぐに賑やかになるだろうよ」

「普段、聖はいないのよね?」

「三日に一度はいられるようにする予定だ。そんなに不安がらなくても、三日も経てば慣れるさ」


 お袋は不安なようだ。

 だが安心しろ!

 そんな暇なんてないからなっ!

 ここはあの田舎とは違って何でも建物内に揃っているから、何かしら趣味を見つけて忙しくなることだろう。


 お袋が茶道や華道に目覚めるかもしれないという薄い理由だけで茶室も作ってあるからなっ!

 死角はないぜっ!




 このバカみたいな建物と町に掛かった費用は、合計で1000億以上らしい。

 ドリトニーの金塊を秘密裏にアメリカ政府へと売却したり、この世界にはない魔石を数個ほど売った。


 魔石は一つ50億で売れた。

 流石未知のエネルギー源。

 それをアメリカに三個、ロシアに三個、EUに六個販売した。


 もちろん事前に聖奈がこっちの機材で魔石を調べたり、その道のプロに解析を頼んだようだが、結果は不明だった。


 物理法則がこちらの世界と異世界で同じなのであれば、魔力はダークマターやダークエネルギーに属するのだろう。

 現代科学が不明(ダーク)と言っているんだ。

 現物があってもすぐにどうにかなるような話でもないのだろうな。


 もし魔力が根本的にこちらの世界に存在しないエネルギーであるならば、尚更どうしようも出来ないだろう。


 仮に魔力を何らかの形で魔石から取り出すことが出来たとしても、魔石内の魔力は有限だからな。


『もしどこかの国が魔力や魔石の研究を進めたら、その研究成果を盗んできてね!これでタダで動く研究施設の出来上がりだね!』


 アンタは根っからの支配者だよ。

 俺は耳を塞ぎたくなった……









「では、宜しくお願いします」


 聖奈に倣ってミランも深々と頭を下げる。

 二日後に再び訪れたエルフの里で、待望の返事が聞けた。


「はい。話した通り我々は見張りますが、人の法には従いません。よろしいですね?」

「勿論です。こちらでもエルフの人々の生活を守れるように尽力します。ですが、話の通り人は個々で考え方が違います。私達の言うことを聞かない人は、殺しても構いません。

 それも言って聞かせますが、恐らく何人かは興味本位で大木へと近づくでしょう」


 新たに作る法律で、エルフへの不干渉を盛り込む。

 そして、エルフに殺されても国は何もしないとも。

 逆にエルフに危害を加えると、それが如何に軽いものでも極刑に処すとも。


 それでも、人は過ちを犯すだろう。

 それが興味本位なものか、私利私欲のためなのかはわからんが。


「引っ越しの準備に一月ほど時間を下さい。それを目処に、そちらでも準備をお願いします」

「分かりました。月の神様にも宜しくお伝えください」

「はい。皆様に月の神の加護がありますように」


 エルフ達は基本精霊を崇めているが、神を信じていないわけじゃない。

 というか、長く伝わる伝承により使徒の存在を知っているから、その辺の人よりもエルフの方が信心深いまである。


 そんな彼らに崇める神がいないと知ると、聖奈は布教活動まで行っていた。


 恐らく…長い寿命と途切れない伝承により、ルナ様を忘れない人が増えることを願って。




 俺は忙しくなった。





 先ずは地球で組み立て式のログハウスを大量に購入した。

 そして、それを月夜になると異世界へと運び、転移魔法で終焉の大木の麓へと運んだ。

 その翌日からは組み立て作業が始まった。


 一人では難しい工程もあるので、ライルとバーンさんにも手伝いに来てもらった。


 この大陸には強い魔物が多く生息しているが、大木の周りには魔物どころか大型の動物も見かけなかった。

 いるのはウサギやリスなどの弱い小動物と鳥くらいだ。


 エルフ達は強いので問題視していなかったが、より安全が確認されたのは嬉しい誤算だった。


 何故、戦ったことのないエルフの強さを俺が知っているのか?

 それはエルフの里を見ればわかる。


 あの場所は交易路の北に位置している。

 その交易路には強い魔物が出ることが知られているが、彼らはそこで普通に暮らしているんだ。


 普通、強い魔物が出る地域に住み続けようとは考えない。

 彼らにとってあの魔物達は脅威ではないから住み続けられるのだ。


 それ程精霊魔法が強力なのか、アニータの索敵技術が高かったからみんな当たり前にそれが出来て、魔物の不意をつけるからなのか。

 それはわからないが、少なくともその辺の冒険者よりもエルフが強いのは確かな事実だ。


 強い魔物がいない理由は、この大木なのだろうな。


 お陰で、エルフが見張るのは人だけで済む。

 そもそもの原因は大木にあるから、丸っ切りお得とは言えないけどな……



 そんな考察も踏まえてエルフニュータウンの建設は進んでいくのであった。









「セイ、凄い。お家が丸太で出来てる」


 新大陸の終焉の大木の麓に新たに作ったエルフの里。

 アニータは新築の家に入ると感想を漏らした。

 感情が乏しい若いエルフにしては十分な驚きがこちらへと伝わってきた。


「これなら大風が吹いても飛ばされないだろう?安心して夜を過ごしてくれ」

「お風呂は?」

「もちろん用意してある。これから案内するから気が済んだら広場に集まってくれ」


 家の中を見渡しているアニータの背に告げると、俺は一人ログハウスを後にした。


 ログハウスのすぐそばにある広場へ向かうと、そこには聖奈とミランの姿があった。

 傍にはコンも大きくなって控えている。


 建設中に魔物は見掛けなかったが、居ないとは限らないからな。用心に越したことはない。


「セイくん。ミランちゃんに魔導具の設置をしてもらったよ」

「そうか。これでより安全だな」


 魔力視を使うと大木の周囲にはバリアの様な膜が視えた。

 これは地球で使っている物と同じ魔導具の効果だ。


 新しい村ということと別の大陸ということでエルフは物珍しそうにしているが、やはり感情は乏しいのでかなり静かなものだ。


 それなのに、相変わらず俺の事を大袈裟に拝んでいるけれど……


「里長。俺達はここより北東の位置に国を築く予定だ。長い時間を掛けて大陸全土に進出するつもりだが、こことは不干渉になるようにルール作りをしていく。

 そこで問題が一つ。この辺りに塩を採れる場所がないんだ」

「そうですか…それは問題ですな」


 ……全然悲観していないな。分かりづらい。


「そこで、人族を纏めている俺からの友好の証として、定期的に塩や鉄製品をこの里に贈らせて欲しいんだ。構わないか?」

「それは有難いお話ですな」

「ではその様にするよ。俺が死んだ後も国の代表から定期的に贈らせるようにするから、安心して暮らしてほしい。

 基本は不干渉だが、エルフの里に困り事があれば、定期的に贈り物を持ってくる者に伝えてくれ。出来ることは助力するから」


 完全なるこちらの都合で引っ越してもらったんだ。

 アフターケアもしっかりとしておかないとな!

 ウチは優良企業なんだ!副社長は悪魔だけどなっ!


 エルフの里が問題なく機能したのを確認すると、聖奈は別れを惜しんで写真を撮りまくっていた。

 そんな聖奈を引っ張る形で俺達は帰還した。











挿絵(By みてみん)

「聖奈ちゃん、楽しみね」


 すっかりお腹が目立つ様になった聖奈へと、お袋が優しく言葉を掛けた。

 ここは新しい家。

 建物が大き過ぎて普段の生活では兄貴や姉貴と顔を合わすことはないが、こうして親元を訪ねるとよくバッティングした。


「聖奈に似て可愛い子よ、きっと」

「はい。聖さんに似て凛々しい男の子かもしれません」

「…ミラン。貴女は可愛いけど…見る目ないわよ?」


 初めは広過ぎて両親には寂しい思いをさせるかと思ったが、予想以上に賑やかだった。

 毎日盆と正月の賑やかさだ。

 特に女性陣が。


「子供は専属の保育士さんに任せられるし、体調が悪かったり忙しい時は調理師さんに食事も頼めるし……聖くん、ありがとう」

「唯さん、気にしないでくれ。こっちの我儘に付き合ってもらっているんだから。それに俺は何もしていないしな…全部聖奈とミランがしてくれたんだ」

「知ってるよ。それでも有難う。実は少し息が詰まってたの。でも、これならやっていけそうだわ」


 兄貴との結婚生活が上手くいってなかったのかな?

 まぁ夫婦(他人)なんだからどこも何かしらはあるよな。表に出さないだけで。


 あれ?

 俺達は大丈夫だよな?

 いや、そう考えるのがダメなんだっけ?


「唯お義姉さん。これからは何かあったら私達で助け合いましょうね?」

「お義姉さん、聖奈の言う通りよ。ここでは女性の方が強いのだから、何かあったら私達に相談してくださいね?」

「ふふっ。二人とも、宜しくお願いしますね」


 妻同盟は強い。少なくともウチの男連中は歯が立たない。


 ちなみにミランはこの会話には入れていない。

 異世界と地球との温度差がわからないから、こういう話の時は一歩引いていることが多いからだ。



 これが幸せなのか?

 そう感想を溢す穏やかな日々が流れていった。

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