38話 合衆国の決断。
「聖。貴方、大丈夫なの?」
疲れはない。怪我もない。体調は万全のはずなのに、息が上がっていた。
そんな俺を心配し、ルナ様が声を掛けてきてくれたんだ。
「大丈夫だ。魔力依存症じゃないから安心してくれ。ただ気が小さいから、少し緊張しているだけなんだ」
「そう。嫌ならやめなさいよ?」
「ああ。わかってる」
魔力依存症の時は怒りが感情の全てを塗り潰していた。
今あるのは…なんて言うのかな?
兎に角、気が小さいんだよ。
いくら魔力が流れ始めたとはいえ地球は魔力がまだまだ少ないから、少し気持ちが変化しやすいのだろう。
ルナ様曰く、魔力の器が大きい者ほど左右され易いらしい。
つまり!俺は『世界一情緒の不安定な主人公』ってことだ!
最悪だぜっ!!
「どうやら侵入はバレているみたいだし、避難される前に挨拶しに行かなきゃな」
「気付いていたのね。じゃあ安心ね」
やはりかなり心配をかけていたみたいだ。
魔力波を怠るほど気持ちが不安定になっていると感じたんだろうな。
反応は四箇所に固まっている。
それでも俺の足に迷いは無くなっていた。
「『アイスバーン』」キンッ
見るからに頑丈な扉。
金属製でセキュリティは電子制御されている為、俺は凍らせた後、剣で斬りつけた。
ガラガラガラッ
何度か斬ると、扉は崩れ落ち中の様子が露わになった。
ミスリル擬の剣で斬れないモノは、地球にはないのかもしれない。
「探したぞ」
室内にはテレビで何度も見た顔があった。大統領だ。
こんな時にも家族と共にいられないなんて、嫌な職業だな。
「大統領!お下がり下さい!」
シークレットサービスなのか、はたまた別の組織なのか。
統率の取れた動きを見せる男達を無視し、俺は大統領へ向けて言葉を発する。
「アメリカ大統領に話がある。そちらに攻撃の意思が無ければ、俺から攻撃することはない。ちなみに逃げようとすれば、それは攻撃と同じ意味を為す。理解したか?」
俺の言葉聞こえたのか聞こえていないのかは知らない。
こうでもしないと、弱者へ攻撃が出来ないほどに俺の心が弱っているからだ。
「彼は何と?」
「大統領!テロリストの声に反応してはいけません!」
警護する対象の居場所が犯人にバレると護りづらいからな。
確かに多くの人に囲まれているから、大統領をここから目視することは出来ない。
先程まで見えていた顔はとっくに隠されていた。
部屋は30畳くらいあるだろうか。
執務室というわけではなく管制室のような部屋で、モニターなど様々な機器が壁際に配置されていた。
窓などはないが、恐らくどん詰まりということもないだろう。
そんな場所では逃げられないからな。
どちらにしても、もう俺からは逃げられないが。
「話し合いに応じるなら手荒なマネはしないと言ったんだ!」
俺の強化された聴覚により大統領の声を拾えたが、向こうには普通に話す声量では届かない。
故に大声を上げた。
「そう言っているが?」
「ダメです!相手は武器を所持しているテロリストです!」
面倒だから、その構えている銃を撃てよ。
そうすれば……いや、流れに任せよう。
「捕まるわけにはいかないから、ここから話をしよう。大統領も顔を見せなくて構わない」
撃ってくれて構わないんだが、恐らく発砲の許可が降りていないのだろう。
この場面でも部下に発砲を命じないとは……流石大国のトップといったところか。
俺を殺せば情報がそこで行き詰まってしまう。
何せ、難攻不落の筈のホワイトハウスに忍び込んだだけではなく、ここまでやって来たのだからな。
もしホワイトハウスの警備に穴があるのであれば、それはこの機会に洗い出さないといけない。
自身の為にも、家族の為にも、アメリカ合衆国の未来の為にも。
と、まあこんなところだろう。
他に理由がないからな。
よもや犯人の命さえも平等に愛するなんてアホな考えは持っていないだろうし。
そんな奴が世界のトップだったら俺の方が嫌だわ。
「わかった!君の目的を聞こう!」
護衛達は国の方針には口出ししない。
彼らの仕事はあくまでも大統領の身を護ることにあるからだ。
向けられている銃口の数は10程。
黒服の護衛の半数に当たる。
やはりどうとでも出来るな。
「俺の目的は、ある人達をアメリカから護ることにある」
「人達?どこの国…いや、組織だろう?」
「組織ではない。大統領。最近この国の高官が一人殺されたな?」
殺人という言葉。護衛達の間に緊張が走る。
「ああ。彼の死は、アメリカ人であれば皆が知っていることだ」
その人物とは、俺が日本で殺した人のことだ。
護衛達もその結果は知っているだろうが、内容までは知らない筈だ。
誰が何の目的で殺したのか?
それどころか、公表されたように事故死したと思っているのかもしれない。
護衛に関係なければ態々報せないだろうし。
「俺が殺した」
「な、に…?」
「だ、大統領!発砲許可を!」
死んだのは国防総省副長官。
彼ら護衛の上官なのかもしれないし、そうじゃなくとも俺はこの国の大罪人で危険人物だ。
「では…君が…『その先は口に出すな』…わかっているとも」
護衛の言葉は無視して、犯人に思い至った大統領を言葉で制止した。
「今回の出来事は、単に俺が出来る事を見せたかったんだ。意味はわかるな?」
「わかった。そして、誰を護りたいのかも」
流石大統領。話が早くて助かる。
「本当ならお茶の一つでも飲みながら相談したかったんだが、こっちの方が手っ取り早かったんでな」
「君の要件は分かったが、アメリカとしては頷くことができない」
「……死にたいのか?」
拙い。
捨て身で来られると、今回の作戦は失敗に終わる。
それどころか、明確に敵対したことになってしまう。
「私個人としては、君たちが持っている物に興味はないんだ。しかし、世界には色々な考えの人達がいる。
私に決定権はあるが、人を押さえつける権限はないんだ」
外野がうるさいのか……
出来ない約束はしない。嘘をつけば俺の未知の力がアメリカに向くと分かっているからな。
それなら自分の命で、というわけか。
「悪いがどうにか約束してもらうぞ?」
「アメリカが脅しに屈しないのは知っているだろう?」
日本政府と違い、彼らは命を賭けるタイミングを知っている。
それは昨今まで戦争をしてきたからでもあるし、そうでないと世界のトップに居続けることなど出来なかったからか。
何でもいいし、どうでもいいか。
俺が考えても栓なきことだし。はぁ…結局かよ……
「う、動くな!」
「勘違いするな。大統領への贈り物を出すだけだ」
俺が腰に付けている魔法の鞄へと手を突っ込んだ事で、護衛達が殺気立った。
もちろん撃ってくれた方が楽なんだが、大統領は俺の出来る事をある程度把握しているみたいだから、既に自身の命は省みていない。
つまり、発砲を許可する事がないということ。
「これをやろう」
カシャンッ
硬質な床へとプラスチックを落とし、それを大統領側へと蹴って滑らせる。
「見ての通り普通のDVDだ。それを見てから判断するんだな」
「待ってくれ。まだ話は……」
俺の言葉がお別れの言葉に聞こえたのだろう。
大統領は話しかけてくるが、俺は別のことに頭を使っているから会話は不可だ。
「『テレポート』」
誰にも聞こえないように呟いた言葉を残し、俺はホワイトハウスから姿を消した。
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『頭の硬いお前達でも流石に分かっただろう?俺に逆らうと破滅するだけだと』
その言葉の後、画面は黒く染まる。
「だ、大統領…どうしますか?」
部屋にいるのは老年の男達。
その中の一人が、聖が先程まで相手をしていたアメリカ合衆国大統領へと伺いを立てる。
「私が死ぬのは構わない。それが責任ということであれば。しかし、私一人の命では何の意味もなさないだろう。
アメリカは今後WSへ干渉しない。
これは極秘事項で最終決定だ。
この秘密が漏れたら世界は変わり、アメリカはその歴史に幕を降ろすことになるだろう。
彼らはこちらが何もしなければ、このままこの世界に干渉しないと約束してくれた。
情け無いとは思わない。
最早人がどうにか出来る話ではないのだから」
DVDの中身には聖の力の一端が記録されていた。
台本は聖奈が考えたもので、現代科学では防ぎようのない攻撃方法と共に、魔力のことが説明されていた。
聖奈が魔力のことをアメリカに漏らした理由は二つ。
アメリカの解析力であれば、何かしら有用なモノが見つかるかもしれない。
見つかれば月の神の役に立てるかもしれない。
もう一つは、魔力依存症の治療法へのヒント。
この二つの為と、有用な情報を齎したことにより、アメリカが更にこちらへと手を出しづらくさせる効果を狙ったものだ。
地球へと齎された新たなエネルギー『魔力』。
アメリカはこの情報に踊らされ、不毛な研究へと踏み出したのだが、それが不毛だったとわかるのは随分と先のことであった。




