間話 もう一人の男。
「相変わらずジュースか?」
帝国を倒し、ついに一国一城の主となってしまった俺は、今日も今日とて月見酒をしていた。
他のみんなは忙しくしており、今一緒なのはライルだけだ。
そのライルは下戸なので、地球から持ってきた黒くて炭酸たっぷりなジュースを飲んでいる。
「この後予定があんだよ」
いや…無くても飲まないじゃん……
つーか、夜に予定って珍しいな。
バーランド王都の夜は、この世界基準で見ると長い。しかし、それでももう遅い時間だ。
「会議か?大変だな」
「大変だなって…セイの国だぜ?」
そんなこと言われても、俺は何もわからないんだよ。
実感も無ければ、権限もないし。
「でも、この後の予定は仕事じゃないんだ。まぁ…野暮用だな」
「野暮用、ねぇ…」
ライルはコーラを一息で飲み干すと、部屋から出て行ってしまった。
「アイツに野暮用?まさか…女じゃ……いや、ライルに限って…」
ライルはイケメンだが、女に興味を示したことはない。マリンと仲良くしている姿は何度か目撃したが…まさかな。
俺は月の神様へ『早く彼女が出来ますように』と、必死にお願いしたのであった。
sideライル
「わりぃ。待たせたな」
今は国を興したばかりで忙しい。
とはいえ、セーナやミランと比べたら俺は全然時間に余裕はある。
今日も約束に遅れることなく間に合う予定だったけど、セイを一人きりになんてさせられないからな。
「セイさんは良かったの?」
「ああ。俺は酒を飲まねぇからな。最初だけ付き合えば居てもいなくても同じなんじゃねーかな?」
「ごめんね?忙しいのに」
さっきも言ったけど、俺はそこまでだ。
セイを働かせない為に俺が出来ることはこれからもしていくつもりだけど、俺に出来ることなんて高が知れてるからな。
そんな俺にセーナが任せた仕事は『セイを一人にしないこと』だった。
もちろん商会の新たな仕事もあるけどよ。そこはミランと分担してるから昼間がそこそこに忙しいくらいだな。
それに、この女…マリンも手伝ってくれてるし。
「セイを支える仲間だろ?言いっこなしだぜ?」
「…そうね。じゃ!デートに行きましょうか!」
「デート?夜食を食いに行くんだよな?」
「そうよ…」
?
まぁ、食えたら何でもいいけどよ。
sideマリン
「セイを支える仲間だろ?言いっこなしだぜ?」
ごめんなさい。違うの…ううん。確かにセイさんには恩義を感じているし、人生を賭けて少しでもその恩へ報いたいとも思っているわ。
でも……私の一番は違うの……
それに…今日は……
sideライル
「うっ…頭いてぇ……何処だ、ここ?」
確か昨日はマリンの親父さんの命日だからって、夜食に誘われて……
「えっ!?」
「おはよう」
な、何故だ!?なんでマリンが同じベットにいんだよっ!?
大体ここは……
「…何処なんだ?」
「王都の宿よ。酔った貴方を連れてお城まで帰れないから、宿に来たの」
つーか。その格好ってことは…酔って……
「わりぃ。何も覚えてねぇ」
「ふふっ。良いの。私はね?」
マリンの意味深な笑みに、俺は苦笑いするしかなかった。
それから時は経ち。
「なぁ。このままでいいのかよ?」
「え?何が?私は幸せよ?」
仲間達と離れ、店からほど近い宿で寝泊まりしていた俺の部屋へとマリンが転がり込んで暫く。
女にこんな生活させていいのかわからない俺は、直接聞くことに決めた。
「どうせ一緒に住むなら宿はやめねーか?」
「何処に住むのよ?」
「セイに頼んで王都に家を買って、そこに住まねえか?マリンが嫌ならいいけどよ」
俺は金持ちだ。
恐らくこの世界で一番安定しているバーランド王国内でみても、金持ちの分類に入るだろうぜ。
そんな俺だけど、生まれはど田舎で孤児だったから、普通ってもんがわからねぇ。
幸せそうに暮らしている奴らは、みんな持ち家や借家で生活してるみたいだし、宿暮らしはマリンの肩身が狭いんじゃねーかと思ったんだ。
「そ、そうね?それは良い考えだわっ!!」
「ん?そうか。じゃあその方向で」
なんだ?
そんなに宿暮らしが嫌だったのか?
わかんねーな。
sideマリン
「えっ?!プロポーズされた!?あのライルくんに!?」
「ええ。ごめんなさいね?先に結婚しちゃって」
あの人からのプロポーズの後、親友のセーナへと報告する為に城を訪れていた。
セーナは既婚者だけれど、それが偽装だということは誰でも知っているの。仲間内ではね。
「ど、どんな言葉だったの?」
「家を買って住まないか?だったわ」
あの人は言葉足らずなところがあるけれど、それも可愛いところなのよね。
「んーん。それって、本当にプロポーズなのかな?」
「え?ど、どういう意味よ?」
セーナのこの言葉は、普通に考えたら嫉妬からくるものだと考えてしまう。
でも、私は知っているの。
セーナは嫉妬しない。だって、彼女の望むものは明らかだから。
という訳で、取り乱すのが私の番になっちゃったみたいね……
「ライルくんって、そんな回りくどい言い方する人なのかな?」
「……そう、言われればそうね。私の早とちりかぁ…」
セーナの言葉に天に昇っていた気持ちを地獄まで突き落とされてしまった。
「ふふっ」
「…何がおかしいのよ?」
笑うならもっと豪快に笑いなさいよっ!
「確かにプロポーズは早とちりみたいだけど、ライルくんの気持ちは確かじゃない?」
「え…よく、わからないわ…」
「ライルくんには結婚っていう概念がないんだよ。生い立ちは孤児で、家族というモノを知らないからね」
あの人の気持ち……わからないわ。
だって、今みたいな関係になれたのも、酔ったあの人を半ば騙して……
私って、よく考えなくても最低ね……
「ライルくんって一匹狼が似合っているし、本人も人を遠ざけている節があるの。でも、セイくんには違ったの」
「知っているわ。男に嫉妬するのは醜いけど、セイさんを何度羨ましいって思ったか……」
「今はマリンの存在も同じだよ?ううん。一緒に住もうとしているから、関係性で言えば仲間よりも濃いよ?」
そう…なのかしら。
全部私から起こした関係性だから、イマイチ自信が持てないわ。
「ライルくんは知らないの。知らないものはどうしようもないから、マリンからいかなきゃね?」
「…プロポーズしろって?」
「うん。ライルくんの初めての家族になってあげて」
……ずるいわ。
セーナはいつもそう。
相手が断れない言葉の使い方をしてくる。
でも……
「ありがとう」
「その言葉は結果を二人から聞いた時に、改めて伝えてね」
いつも背中を押してくれて。
あの人との関係を進める時には、必ずセーナに相談してきた。
これまでも全てうまくいっていた。
一つ、悲しいのは……
セーナって、自分の事になると、途端にポンコツになるところね……
政略結婚って何よ……もう少しやり方があるでしょうに……
sideライル
「あれ?マリン一人か?他の奴らは?」
今日は仕事終わりに集まるって連絡があったから城へ来てみたが……マリン以外に誰もいねーってなんでだ?
「席について。食事にしましょう」
「お、おう。腹ペコだぜ」
いつもと声色が違う?
マリン?何に緊張してんだ?
「はい。お口に合えば良いのだけど」
「え?マリンが作ったのか?」
「そ、そうよ!セーナと違って料理は苦手だけど…」
どういうことだ?
セイ達がいないのはよくある事だから気にしてねーが……
「美味い」
よくわかんねーけど、料理に罪はねーからな。
にしても、うめぇな。
「ほ、本当?」
「嘘は苦手だ」
「良かったわ。まだあるから、満足するまで食べてね」
マジか。
なんかよくわかんねーけど、みんなの分を考えずに食べて良いなら食うぜ!
「美味かったよ」
ふぅ…流石に食い過ぎたぜ……
「マリン、料理上手だな」
「ありがとう。でも、あまり褒めないで。セーナのレシピが良かったのよ」
「それでもすげーよ。こんなに美味い飯が毎日食べられたら幸せだぜ」
ん?何で驚いてんだ?
「ま、毎日?」
「ん?ああ。作れたらって意味。マリンも忙しいだろ?家を買ったら偶にでいいから作ってくれたら嬉しいけどよ」
「ま、毎日作るわ!!」
え?大丈夫かよ?
マリンも店番したりセーナの手伝いしたり、暇じゃねーぞ?
「だからっ!!………」
「だから?」
「結婚して!」
・・・結婚?
「良い奥さんになるわ!だから…私と……」
「ちょっと待ってくれ」
「え、ええ……ごめんなさい」
sideマリン
「ちょっと待ってくれ」
私の一世一代のプロポーズは・・・保留されたみたいね……
「結婚って、俺達まだしてねーのかよ?」
「はい?だ、だって…プロポーズも何もなかったわ…よね?」
「何だそれ?それがないと結婚したことになんねーのか?」
ちょっと待って。
私達って既に結婚していたの???
どういうこと?
「いえ…無くても…結婚は出来ます…」
「何で敬語なんだよ?まぁいいや。俺はてっきり結婚してるのかと思ってたぜ。わりーな。勘違いしてて」
「わ、悪くないわ!私が…私が悪かったの」
だって…全部勝手にしたことだから。
「マリン。結婚してくれ。お前の作った飯を食えるのがこれっきりなんて、俺には考えられねーよ」
「ご、ご飯……」
私はこの料理に負けるのね……
でもいいわ。私が作ったものだから。
セーナにもっと色んなレシピを貰わないと……
『マリンの一人相撲は続いていく』 完




