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28話 逃げられない報告と許可。

 







「ありがとうございました」


 深々と頭を下げる店員さんを尻目に、俺達はピカピカの中古車に乗った。


「もう納車の準備が整っていたんだな」


「そうだよ。昨日以降になら、いつでも取りに来てくださいって連絡があったの」


 俺は田舎の交通量が少ない道路で、母親の軽自動車しか運転したことがない。

 それも一年の夏休みの時に数回だ。



「なーんだ運転上手じゃない!良かったよ。私はハンドル握ると性格が変わるからって親に運転させて貰えなかったの。

 聖くんに任せられるね!」


 うるさいっ!こっちは全集中しているんだっ!気が散るだろっ!


 交通量の多い道では一切喋れなかった。




「ふぅ。何とか着いたな」


「お疲れ様!これで、タクシー代が浮くね!

 それとこれは会社の近くのガソリンスタンドで使える法人カードだよ。

 経費で落とせるからなるべくそこを使ってね。レシートだと面倒だから」


 俺の物でも自由に買えず…ガソリンも自由に入れられないなんて……

 これが俺が望んだ事なのか?


 はいっ!望んでいますっ!

 選ばなくていいなんてめちゃくちゃ楽やん?

 なんなら下着も勝手に買って欲しいくらいだわ!


 酒が飲めて、異世界に行けて、貿易が出来て、これから冒険も出来るなんて……

 天国かな?



「おっ。まだやってるな」


「そんな遠巻きに見てないで、声を掛けてあげたら?」


 たしかにこのままだと不審者だな。


「お疲れ様です。戻ってきました。変わった事や困った事はありませんでしたか?」


 俺の言葉に、すぐに反応したのは林さんだった。


「おかえりなさい。変わった事は無かったですね。

 困った事は少しありました」


 ん?なんだろう?


「聖くん。立ったままも何だから二階で休憩がてら話を聞かない?」


「そうだな。では、お土産もあるので二階に来て下さい」


「「はい」」


 四人で外階段を登る。

 中にも階段が欲しいけど、仕方ないな。




「お茶淹れるね」


 聖奈さんが率先して動いてくれた。俺がお土産を渡せって事だな。


「どうぞ座ってください。それとこちらがそれぞれにお土産です」


 俺はお土産の食べ物を渡した。

 普通はお土産って向こうからこっちに送るものらしいから、買ってすぐに立つと後日になるみたいだな。

 今回はどこに行ったかわからないように、空港で買ったから手元にあるんだよな。


「わあ。わざわざありがとうございます。遠慮なく頂きますね」


 そう言ったのはほんわか二階堂さんだ。


「ありがとうございます」


 林さんはさっきの困り事の考えで頭が一杯かな?言葉少なだ。


「はい。どうぞ。それとお茶請けはお土産のチョコになります」


 聖奈さんがみんなに飲み物とお菓子を出したところで、話しが再開した。


「それで困り事って何ですか?」


「そこまで大袈裟なものではないですが、うちの商品ってハンドメイドじゃないですか?

 それで、それならこっちが欲しいデザインの物を注文したいって問い合わせが結構ありまして。

 その対応は保留にしています」


「わかりました。実はそれも視野に入れていましたのですぐに対応しますね。

 ホームページの方もその仕様に変更しますので、今度からはお客様にはホームページで発注してもらうようにお願いしてください」


 聖奈さんが生き生きと答えた。どうやら受注生産も視野に入れていたようだ。

 前にバイトさんの仕事量が増えるって言ってたのはこの事かな?

 バーンさん過労死しないでね……



 問題があるどころか売れ行きも順調で、買ったお客さんからの問い合わせがこれだったらしい。


 白砂糖もあり得ないくらいストックがある。

 胡椒もそこそこあるが利益率が……

 まぁ、需要はどちらもあるし儲かるからいいんだけどね。




 二人に仕事の続きを頼み、聖奈さんとのお話に。


「喫緊の問題はこちらでの売る物が少ない事か」


「うん。だけどお父様に頼んでいるから目処は立つんじゃないかな?」


 お父様とは聖奈さんの父親ではなく、ミランの父バーンさんの事だ。


「何を頼んだんだ?まさか寝ずに働け!じゃ……」


「もう!そんなわけないよ!仕事仲間とか知り合いの家具職人さんをあたってもらってるの」


 良かった。バーンさんは死なないんだな……


「そうか。当分は向こうでは金が貯まるばかりだな」


「そんな事はないよ?実はお金の使い道もある程度決まってるの」


 えっ!?そうなの!?


 危ねぇ。危うくカッコいい鎧とか剣とか買い漁る所だったわ!


「何に使うんだ?」


「それはミランちゃんにも相談しなきゃいけないから、その時にね!」


 俺には相談してくれないのに……


 いや、別にいいんだけどな。

 俺に言わなくていい事ならそれは俺にとってもいい事だし、逆にミランに相談するのは二人の関係上とても良い事だしな。


 要は、俺もなんだかんだ聖奈さんの事を信用してるって事だ。

 言わせんなっ!(照)




 夕方バイトさん達を見送った俺に、聖奈さんが予定を伝えてくれる。


「じゃあ転移の時間は0時過ぎるから、聖くんはそれまでにご両親に報告してきてね」


 えっ?そうなの?まだ覚悟が出来てないんだけど……


「流石にご両親の稼いだお金で行かせてもらってる大学を辞めるのに、事後報告は拙いよね。

 私とは事情が違うんだし」


 俺は親に頼み込んで今の大学に通わせてもらっている。実際は通ってないけど……


「そうだな。ケジメは大事だよな」


 覚悟を決めた俺は、車で片道2時間近く掛かる為、タクシーを呼ぼうとしたが……


「ダメだよ。運転の練習の為にも乗らなきゃ。

 それに会社を起こして、こんな車が買えるほどになったんだって言えるでしょ?」


 運転怖い……


 でも、そうだな。通帳にはお金を入れてないから、食っていける事を証明する為にもそれは名案だな。


「わかった。事故らないように祈っておいてくれ」


「ふふっ。もし死んじゃったらあとを追うから死なないでね」


 こちとら冗談じゃないんだぞっ!


 ここで聖奈さんをかまってる場合じゃないな。

 とりあえず向かおう。




 実家に向かった俺は、ナビ通りの道を進んだ。

 いきなり高速とはこいつ(ナビ)やるな!


 高速を何とか降りたら次は山道だ。田舎の道って狭いんだよな……


 遂に着きました……

 親と話す前に死にそうになってしまった。


 田舎にある実家は、隣りの家とは隣接こそしているものの、15軒程の集落を出たら次の集落までここからじゃ見えない程度には離れている。

 もちろんコンビニやスーパーなんてない。

 バスが1日に片手が余るほどしかこない。そんな田舎だ。


 見た目は茅葺屋根でこそないが、古い木造家屋だ。


 勇気を振り絞った俺は家へと入る。


「ただいま。帰ったよ」


 ドタドタと玄関まで近づく足音が聞こえる。

 まさか俺の心臓の音じゃないよな?

 死ぬぞ?


「おかえり!」


 お袋が笑顔で迎えてくれた。


「おとうさーん!聖が帰ってきたよ!」


 50のおばさんのテンションじゃないな。

 帰ってきただけでこんなに喜ぶのなら、もう少し帰れば良かったな。



 お袋と共に居間に向かった。


「聖。久しぶりだな。連絡がないから元気だとは思っていたが、顔を見て安心した」


 これが父、52歳だ。


「お袋、親父。久しぶり。話があって帰ってきたんだ。

 まずはお土産な」


 俺が外国のお土産を渡すと、それをお袋がまじまじと見る。


「あらあら。どこに行ってたのよ?今、お茶を淹れるわね」


 お土産を食べるつもりらしい。そんなお袋に待ったを掛ける。


「待ってくれ。話があるっていったろ?悪いけどそこに座ってくれ」


 畳の部屋で低いテーブルと座布団がある。お袋には親父の横に座ってもらって俺は対面に座る。


「まさか…子供でも出来たのか!?」


 親父がありえない事を言う。まぁ、転移よりはあり得るか。


「えっ!じゃあ赤飯ね!」


 それは違う祝い事じゃないのか?

 席を立とうとする落ち着きのないお袋に、俺は待ったをかける。


「待ってくれ。そんな話じゃない」


「じゃあなんだ?」


「実は会社を立ち上げたんだ」


 まずは言いやすい方(?)で。


「なんだと?それは聖が社長という事か?」


「そうだな。従業員は俺以外に一人に、バイトは二人の小さな会社だけどな」


 ある程度事実を伝える。もちろん言えない事は言わない。


 親父は無言だ。続きを話せという事だ。


「それでここに帰ってきたのは、大学を辞めるって事を二人に伝える為にきたんだ」


 しばらく無言の時が流れる。

 温くなったであろうビールを一口飲み、親父が口を開いた。


「それは辞めなきゃいけないのか?」


「そう。辞めないとみんなの負担が増える」


「そうなるなら何故大学を卒業してから起業しなかったんだ?」


 いちいちごもっともです。


「今しかないチャンスだったからそれに飛びついた。

 後先考えていないと思うだろうけど、俺なりに精一杯後悔しない選択をした。

 大学を親の金で行かせてもらっている分際で言うのは微妙だけど、所詮就職や選択肢を増やす為、その事を先延ばしにする為に大学に行っていた」


 一つ呼吸を整えて続ける。


「大学に掛かった費用は必ず返す。許してくれないか?」


 お袋は親父の顔色を窺っている。お袋は家族が元気なら良いって節はあるが、親父がそうではないことはすでに知っている。


「どんな会社だ?」


 言われた俺は、聖奈さんから以前に貰っていた名刺を取り出してテーブルに置いて答える。


「エンドユーザーに対しての販売をしている会社だ。商社って言えば大きすぎるけど、輸入品などを取り扱っている。

 名刺に書いてあるアドレスを入力したら会社のホームページに行ける」


 親父は名刺を手に取り見つめながら口を開いた。


「その商材が何かは知らんが、売れなくなったらどうする?

 従業員さんやパートさんの生活は?」


「表向きはネットでの販売になるけど、社内では簡単な流作業のような事もしてもらっているから、それだけでも給料を支払える。

 もちろん将来の不安がないわけじゃない。

 でも心配ばかりじゃ前にも進めない。

 バランスを考えた結果、この仕事に賭けたいんだ」


 ふー。やはり親父と真面目に喋ると言葉が固くなるな。


「人生を賭け事にするのは勧められんな」


 くそっ!俺には親も説得出来ないのかよ!


 自分の不甲斐なさに、アルコールに逃げたくなった。

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