92話 金の重さは命の重さ。
「誘拐だね」
ディナーが思いの外盛り上がっていた為、誰もメールをチェックしていなかった事が、事件の発見が遅れたことに繋がってしまった。
「警察に行くわよ」
俺の携帯に入っていたメールの内容はこれだ。
『WS社長、東雲聖の両親を預かった。再び健康な両親に会いたければ、通報せずに指示に従え』
続報はまだない。
それを確認した姉貴はすぐ行動に移そうとするが…
「お姉ちゃん待って。私達に任せて欲しいの」
「聖奈…ダメよ。貴女は義理の娘。荷が重いわ」
これは親父達が死んでしまった時の話だな。
確かに聖奈の判断で殺してしまったら、かなり精神的にくるだろう。
実の子供の俺たちですら厳しい。
姉貴は判断もするが、責任も負うつもりで警察に行くといったのだろう。そういう性格だ。
しかし…俺たちは普通じゃないんだな。これが。
「姉貴。聖奈の言う通りにするんだ。親父達は俺が無事に連れて帰る」
「は?アンタに何ができるって言うのよ!?それに聖奈に背負わせていい問題じゃないのがわからないのっ!?」
「お姉ちゃんっ!!説明は難しくて出来ないの!これを見てっ!」
そういうと聖奈は部屋の中にある大きな花瓶を持ち上げて振りかぶった。
「えっ?…ちょっ!?」
姉貴の制止を無視して、花瓶を俺に振り下ろした。
ガシャンッ
花瓶は俺の頭に当たり砕け散り、俺は無傷だ。
「えっ?…聖奈。今手品を見せても仕方ないわよ?」
「お姉ちゃん。聖くんは最強なの。20階以上あるこの部屋から飛び降りても無傷なんだよ」
「は?何を言って…」
そう。俺は最強なんだ。ポーカーとこの世界ではなっ!
「簡単に言えばアベ○ジャーズみたいなものだよ。だからこれは秘密だよ?聖くん。これも曲げて見せて」
聖奈に指示されたのは部屋にあるテーブル。
「は?これは…無理でしょ」
「うん。だからこれを曲げたら信じられるでしょ?」
そもそもこのテーブルは大理石のような石で出来ているから、曲げる前に壊れるだろう。まぁ、見せるか。
俺は姉貴には聞き取れない声で身体強化魔法を掛け直した。
「聖…無理よ。やめなさい」
姉貴は怖いんだろう。ずっと無能だと思っていた弟が、急に理解不能な力を示すことが。
聖奈の事を信じているからこそ、見たくないと駄々を捏ねる子供みたいに呟いている。
「ふんっ」
バゴッガシャンッ
ドンッ
始めに岩が割れ、次にガラスのように磨かれたテーブル表面が割れた。
半分に折り畳まれたテーブルは、重い音を残して床に散らばった。
「う、そよ…」
「お姉ちゃん。私達に任せて。通報すればお義父様達がどうなるかわからないの」
聖奈の再度の説得に『…わかったわ。父と母をお願いします』と姉貴は頭を下げた。
いや、誘拐されたのは恐らく俺が金持ちになったせいなんだが…
異世界の方ばかり気にしていたが、こっちも安全ではないな。
次からはGPSを持たせよう。
「それで?どうすんだ?」
「まずはメールを返そう。流石に私達でも居場所はわかんないしね」
そうなのだ。俺は別に何でも出来るマンではない。あくまでも魔法が使えて、人より遥かに頑丈なだけだ。
…案外何でも出来るマンなんじゃ?
『お金は準備します。父と母に危害を加えないで下さい』
ピロンッ
『ホテルに入った事は確認済みだ。下手な気は起こすな。無事を約束できなくなる。
とりあえず明日の昼までに500万ユーロを現金で用意しろ。指示はその後出す』
『わかりました。時刻と無事がわかる写真だけでも送ってください。それがないと準備できません』
ピロンッ
「間違いないね」ピッ
犯人から送られてきた写真には、地元テレビのニュースが映ったテレビと共に両親が並んでいるモノが写っていた。
そのニュースを確認した聖奈はテレビを切る。
「お父さん…お母さん…」
「姉貴。大丈夫だ。必ず二人を無事に連れて戻る」
こんな姉貴でも家族だ。
俺の代わりに動揺してくれたお陰で、魔力が渦巻く事はなかった。
「東雲様。こちらの支店では200万ユーロしかご用意出来ません。別の支店から急ぎで持って来させていますので、暫くお待ちください」
翌朝、近くの銀行に行き、転移で取ってきてから現金を引き出すことに。
銀行内のVIPルームで待たされる事になった俺達は、気持ちを落ち着かせるために、淹れてもらったコーヒーを飲む。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ。あれでも看護師。ゆっくり休めば元に戻るさ」
昨夜取り乱していた姉貴は。結局一睡も出来なかった。
聖奈から指示されて待ってきた睡眠薬を飲ませたから、今はホテルで寝ている事だろう。
かくいう俺達も二時間程度しか休めていない。
歳を取った親がもっと辛い状況にあるから、休む事なんて出来なかったんだ。
二時間ほど待つと、漸く現金が揃った。
『お金は準備できました。写真と指示を』
現金をホテルへと持ち帰った俺達は、早速犯人の指示を仰いだ。
ピロンッ
『あのアタッシュケースだな?見ていたぞ?その金を待って東雲聖一人で来るんだ』
ピロンッ
そこには昨日と同じようにテレビの横に親父達が写った写真が。
昨日との違いは親父達の目の下に隈があることだ。
「聖くん。体調はどう?魔力に変な動きはない?」
「大丈夫だ。取り乱した姉貴を見て、冷静になれたからな」
聖奈。心配かけるな。だが、今は我慢してくれ。
犯人の指示は郊外の倉庫まで一人で金を運んでくる事だった。誰もいない、誰も見ていない場所。
それは犯人にとって好都合ではなく、不幸な場所になる。
俺は酷く冷静にこの状況を見据える。
レンタカーを借りて、それに金を積んでやってきたのは郊外の古びた倉庫。
ナビがなかったら辿り着けなかったな。
ちなみにこの国の免許は持っていないから、車を借りる時に金を積んで黙らせた。
「来たぞ」
俺は人っ子一人見えない倉庫内でそう告げる。
もちろん魔力波には複数の反応があるから独り言ではない。
元々この世界には魔力がないと思っていたが、哺乳類には僅かではあるが魔力が存在していた。魔力が感情に左右する事からも、感情があれば少なからず魔力を保持しているということなのかもしれないな。
以前の俺では捉えきれないほどの小さな反応だが、今の俺の魔力制御であればその小さな反応すら拾える。
どれくらい小さいかと言うと、向こうのゴブリンの1/10くらい小さい…砂漠で砂金を見つけるようなレベルだ。
「マジで来たぜ!!これで金持ちだ!!」
「おいっ!お前が確認に行け!」
何やら騒がしいが、魔力が一人分、近づいてくる。
「おいっ!そのケースを開けて中を見せろ!」
近づいた男は覆面を被っている。何語かわからないが、しっかりと翻訳さんは仕事をしてくれている。
「親父達の安否の確認が先だ」
「てめぇ…殺すぞ?」
「いいのか?この中身が何かわかる前に俺を殺しても?」
コイツらは金を確認したら俺を殺す気なのかもしれない。そもそも殺す気はないのかもしれない。
どちらにしても金が手に入らなければ、奴らにとって意味はない。
「チッ。二人を連れてこいっ!」
俺が約束通り一人でやってきた事で、どうとでもなると思った犯人達は、親父達を俺の前に連れてきた。
「ひじり…」「ごめんなさい…」
「二人は何も悪くない。それよりも無事で安心したぞ…」
ふぅ…。一応最悪は覚悟していたが、無事で何よりだ。
「もう大丈夫だ」
「おいっ!早くケースの中身を見せろ!」
俺が二人と話していると痺れを切らせた犯人の一人が声を上げた。
もちろんもう、コイツらに用はない。会話も必要なしだ。
「『ウインドカッター×6』」
無数の見えない刃が犯人達を襲う。




