66話 崖の途中の聖。
「ホントに大丈夫です?」
エリー。心配なら着いてきてもいいんだぞ?
恐らく片道切符だが。
「心配なら着いてくるか?帰れなくなるかもしれんが」
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「大丈夫ですっ!セイさんなら必ず生きて帰って来れるです!!私はセイさんの分のおやつを食べながら待っているです!!」
何の間だよ…
俺は出発の準備を整えてみんなから声をかけられている。
「本当は連邦の邪魔をする為にセイくんを派遣したんだけど、獣人の国は元々攻め込めなかったみたいだね」
連邦が南西部でする事がなくなれば必然的にこちら側か南東部に攻め入るはずだ。
軍事政権は戦争をしていないと中々維持できないからな。
まるで秀吉が臣下に与える土地が無くなって朝鮮半島に無理攻めした時のように。
あれ?グリズリー帝国と変わらんくね?
地球も似たような歴史があったから仕方ないか。
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけてね。私を未亡人にしないでね」
「もはや婚期は逃しました。しかしセイさんまで逃すわけにはいかないのです」
「お土産……はいいです…」
「ご自身の身を一番に考えてください」
「セイが死んだら子供の名前がセイになるから生きて帰れよ」
くっ…ここぞとばかりに好き放題言いやがって!!
ツッコミきれんのが歯痒い…
マリンだけだな。まともなの。
俺は苦虫を噛んだ表情で唱える。
『テレポート』
「ここが一合目か?」
俺の目の前には急な坂がある。
この時点で恐らく30度は傾斜がありそうだが…
「命懸けには慣れてきたつもりだったんだがな…」
これまでは保障があった。
時に金だったり、時に物資だったり、時に月の神様からもらった能力だったり、時に転移含む魔法だったり、時に仲間だったり…
…あれ?自分の力は?
「運が味方していたり、周りに助けられてばかりだったな…」
もちろん試したが神代魔法は使えなかった。
ここからは自分しか頼るモノがいない。
いや、仲間からの想いもちゃんとあるからぼっちではないな。
俺はみんなの想いが詰まった魔法の鞄を一撫ですると前へ向けて足を動かした。
「地球からロッククライミングの道具を揃えてくれた聖奈に感謝だな」
靴は滑り止めがついたモノとスパイクがついたモノがある。
この山肌…というか岩肌には滑らないものよりも滑りにくい靴に外付けのスパイクが良さそうだ。
地球産のスパイクを装着して岩肌を踏みつける。
ガッ
「おっ!簡単に突き刺さったな!」
スパイクの替えはたくさんあるから普通に登れなくなれば足元はコレを突き刺して登ろう。
「両手は…カッコ悪いけど鉤爪にしようか」
エリーが作ってくれた鉤爪は魔導具ではない。
地球産の鉤爪に魔石の粉をコーティングしたモノだ。
「身体強化を使ってこれを使用しても壊れないって聞いたが…まぁ信用しよう」
流石に不壊なんてモノはないからな。
鉤爪は某ウ○ヴァリンさんのようにカッコ良くはなく、農作業で使われていそうな見た目だ。
我が国を代表するエリーさんの作品の為、イマイチ信頼しきれないが仲間がよこしたモノだからな…
「コレで身体が保持できれば途中で魔物に襲われても戦えるな」
魔物が出るこの世界でロッククライミングをする為にはこの方法しかないからな…
俺は傾斜30度の道を歩いて行ける所まで進んでいった。
「この辺りが限界みたいだな…」
もう二本足では立っていられない。俺は四足歩行へと進化したのだっ!!
ハーケンという岩の割れ目に打ち込んで命綱を通す道具を使い身体を固定している。
道具を使わなければすでに滑り落ちてしまう所まで着いていたからだ。
「さて…装備も装着したし、続きを楽しみますか…」
俺は頭の中に『3点確保…3点確保』と呪いの言葉を暗唱しながら今滑り落ちれば楽になれるという思いを断ち切り、登山を再開した。
二時間後…
「もはやあの悩みは何だったんだろうな?」
俺は片足をぶらぶらさせながら小休止を取っていた。
両手に付いている鉤爪は岩肌に突き刺さっていて抜ける様子はない。
左足のスパイクもしっかりと岩肌をとらえている。
「ホントはハーケンやペグを使って安全に登るのだろうが…」
めんどくさい。
だって俺の登る速度は速いんだもん。
金具を安全に使うためには数メートルおきに金具を打ち込んで使わなくてはならない。
「下からは見えないと思うけど、もし見えたら…デカいGが山肌を登ってるように見えそうだな」
俺は随分前に直角になっている岩肌をするすると……いや、カサカサと登っていた。
普通の人の小走りくらいのスピードだ。
「一々ペグなんか打ってたら何倍も…何十倍も時間がかかるもんなぁ」
安全より早さを選択したのだ。
絶対すぐ死ぬ奴だなっ!
「流石に長い休憩や睡眠時には道具を使おう」
実は恐怖も克服していた。
というか、70度くらいの傾斜の時が一番怖かった。
だって当たり前だけど身体が岩肌から離れないんだもん。
動きづらいんだよな…
いくら身体能力が高くても動きを阻害されていると不安が大きかった。
しかし、傾斜が直角である90度になると身体が岩肌から離せて自由がきくようになった。
「アルピニストに俺はなるっ!!うおおぉぉおおっ!!」
カサカサカサカサカサカサッ
夕方までノンストップで登り続けた。
「もう夕方になるから今日はここまでにしよう」
最早言葉通りに雲の上の人だ。
地上は大きな雲に遮られて見ることも出来ない。
見えたら怖いからいいけど。
「とりあえず教えてもらった通りに設営するか」
まずは岩壁の割れ目にペグを入れて叩いて固定する。
そのペグにロープを通して……
「こんなもんかな」
俺は今3点確保どころか0点確保状態で岩壁に触れてはいない。
身体に回したハーネスに命綱をつけたんだ。
初めはこんなロープに命を預けるのは怖かったが、それが出来ないと身体が休めれない。
しかし一度ロープに身体を預ける事が出来ると、不安はどっかに行ってしまった。
「ポータレッジも設営出来たし、飯食って酒飲んで寝るか」
ポータレッジとは崖に吊すロッククライミング用の簡易テントの事だ。
知らない人がこの光景を見たら『頭おかしい』と思うだろうが、俺もそう思う。
でも仕方ないじゃん?
トイレ?開放感凄いよ。
ホントはダメだけど、この山を登っているのは俺だけだし、麓の集落は平坦な所にあるからそこまでは被害が…
まぁ被害を受けても気にするな。
俺はポータレッジに腰を下ろして景色を楽しみながら食事と酒を頂いた。
「半日前は帰りたかったけど…なんだかんだ楽しいな。地球で態々しようとは思わんけど」
寝てる間に空を飛ぶ魔物に襲われたらそれまでだ。
覚悟を決めて眠りについた。
まぁあの不思議な声の言うことを信用するなら魔物は山には入れんしな。
「ふぁあ。よく寝た」
緊張と肉体的にも疲れていた俺は日が昇るまで寝ていた。
「えっ…まだ全然じゃん…」
昨日確かめていなかった山頂を見上げるもまだ見えない。
「片付けて先を急ぎますか。その前に…」
朝ご飯を食べる事にした。
ちなみにご飯はカ○リーメイトとかウィダー○ンゼリー、レトルトのご飯にレトルトのカレーや牛丼など多岐に渡りある。
今日の夕食までは聖奈の手料理が食べれるがそれからは缶詰やレトルト食品、カップ麺のオンパレードになってしまう。
「美味い…これが食えるのも今夜までか…」
朝からやる気が削がれてしまったが逆に言えば登頂して下山すればまた食べれるんだと思い直して、今日も岩壁に挑んだ。




