64話 愛する人の(黒い)願い。
今年も暑い季節がやってきた。
「それなのに…なんでさらに暑いところに行かなきゃならないんだ……」
エリーの件が無事に解決したので改めてミランの18回目の誕生会を終えた所だ。
誕生月を迎えたミランが…
『大人になりました!』
と伝えてきたがまだ答えを出せていない俺はいつもの逃げ癖が発動して…
『日本では20歳から大人なんだ。お酒を飲めるのも20歳からだってミランも知ってるよな?』
そう伝えた。
ミランは『選挙権が…』とかゴニョゴニョ言っていたが許してほしい…
俺は逃げるように聖奈から頼まれた事をする為に城を飛び出した。
「今回はライルもいないし、久しぶりの一人旅だな」
今回の目的地は連邦の先にある南西部の他の国だ。
「観光名所でもあればいいんだが…連邦はそういうのに無頓着だからなぁ」
名前さえ知らない首都をさらに南下していく。
「じゃあ今その街の近くにいるんだね」
本日の移動を終えた俺は夕ご飯の席で聖奈に報告した。
「ああ。走ってだから結構ツラい…」
「車は使えないよ?」
そうなんだよな…
別に魔導車が故障したわけではない。
単純にエリー誘拐事件の時に多用したからその噂が収まるまでは連邦で使えないんだ。
さらに目的地に向かっている事が連邦にバレると後々面倒な事になるかもしれないと言われれば走る他ない…
「この後は…」
「セイくんが疲れてるなら無理にとは言わないよ。私だけでも出来なくはないしね」
そんな慈愛に満ちた微笑みを向けられて、頑張らなくては家族じゃないよな。
この後めちゃくちゃ……働いた。
「結局連邦はどこまでいっても連邦だったな」
別に暑さでイカれたわけではない。
この国はどこに行っても活気はなく、人が住んでいないところは荒野だった。
「人の血を吸わせすぎて荒野になったとかないよな?」
俺は一つの可能性に気付き、一人旅を後悔した。
「…駆け抜けよう」
その後めちゃくちゃ…走った。
「海だ…」
遂に俺は大陸を縦断したんだ…
一体何日走り続けたのだろう……正直数えたくない。
「かなり前から潮の香りはしていたから期待していたけど…ホッとするなぁ。別に海好きではないんだけどな」
どうやら体力的にも精神的にも大分参っていたようだ。
だが俺の…聖奈の目的地はここではない。
「西と東…どっちに向かおう…」
目の前に広がる大海原を眺めながら…日が暮れた。
「えっ!?もう海に着いたの!?大きな河なんじゃない?」
日が暮れた為、今日も城へと帰れば労いよりもまず先に頭を疑われた。
「潮の香りがするし何より川ではあり得ない高さの波が押し寄せていたぞ」
「そ、そうなんだ…セイくんってもう人の理からかけ離れてるよね……」
お前の旦那だぞっ!
そもそも嫁が魔王だからな…口が裂けても言えないけど……
「そんなに距離があったのか?」
「あくまでも予想も踏まえた計算上で、実際に測ったわけじゃないから正確じゃないんだけど…」
聖奈の計算は割としっかりしていた。
バーランド王都での太陽の位置とそのほかに転移した時の太陽の位置を測っていて、さらにはバーランドでの一年の太陽の位置と月の位置も測っていた。
その結果、一日の長さは地球と同じで月のサイズはわからないが少なくとも地球と地球の月の距離よりは近い事まで調べていた。
公転周期は地球と同じ為、これまでと同じく問題はないようだが。
「この大陸はユーラシア大陸のヨーロッパ部分とアフリカ大陸を足したくらいの大きさがあると予測してるの。ヨーロッパ部分は全部じゃなくてイタリアより少しだけ北側に広いくらいだけどね。
その最北端付近がリゴルドーがあるエンガード王国で赤道より少し北に大陸横断山脈があるの」
今回越えた山脈とジャパーニア皇国とグリズリー帝国を隔てている山脈を大陸横断山脈と名付けた。この呼び名は他の国にも伝えておいた。
色んな呼び名になるとややこしいからな。
そして東西を分断している山脈を大陸縦断山脈と名付けた。
「えっ?じゃあ連邦首都から南の方角にある海なんてかなりの距離じゃないのか?」
「そうだよ…リゴルドーより北は調べてないけど恐らく山脈があるか氷の大地とかだと思うよ」
大陸縦断マラソン(アフリカ大陸ver)なんて頭おかしい奴の行動だろ…なんでさせたんだよ。
まぁ理由は聞いたんだけど…
「明日から西か東に進もうと思っているんだが、どっちに向かうべきだと思う?」
「コンパスで真っ直ぐ南に向かったんだよね?じゃあ西かな。海流があるはずだからそれによって削られて出来た半島であれば恐らく西の端だと思うんだけど…」
海流はあるだろうな。月の引力や、大陸プレートが原因なのかは知らんが。
「あんまりその辺りの話は得意じゃないんだよね。だから気休め程度でしか言えないけど私は西かな」
「聖奈にもわからない事があるんだな…」
てっきりアカシックレコードが内蔵されているのかと思っていたぞ。
「沢山あるよっ!例えばセイくんが子供が欲しいのか欲しくないのかとか…」
「セイさんっ!?」
いや、待て。やめろ。そのたとえはおかしいだろ!!
ミランっ!誤解だ!!いや、誤解じゃないが…誤解だっ!!
帰ってからの方が疲れた……
「海はいいな…」
俺は麦わら帽子を被り、釣り糸を海面に垂らしている。
ぴくっ
ぴくぴくぴくっ
グイッ
「きたぁーーっ!!」
砂浜で一人叫んでリールを巻く。
「これは…キスかな?」
正直魚の種類はそれ程知らない。日本では時期的にも釣れるならキスだが…ここは場所も違えば世界も違う。
そもそも赤道を越えているから王国とは季節も違うはずだし…暑いがなっ!!
「釣ってみたはいいが、食べれるのか?まぁ川魚は食べてるし食べれるだろう。沢山釣って天麩羅にしてもらおうっ!」
俺はキス(?)の天麩羅に涎が出てきそうになるがそこはなんとか堪えて次の釣果に向けて竿を振った。
釣り道具一式は地球産だ。
腕はないが道具は一流だぜっ!!
「は?一日釣りをしてた?」
大漁とキスの天麩羅で頭がいっぱいだった俺は肝心の事を忘れていた。
聖奈に内緒で釣りをしてたのに…馬鹿かよ…馬鹿だな…はぁ……
「嘘嘘。怖い奥様を演じてみたけどどうだった?」
「…堂に入っていたよ。本気でちびりそうだった」
俺は怖さのあまり正直に答えた。
「ホントに冗談だから!セイくんはそれくらいテキトーでいいんだよ?いつも何だかんだいってキッチリするから心配なの。
貴方がしたいようにしたい事をしてね?」
「……ズルい」ボソッ
「えっ?なんて?」
そんな風に言われたらコロっといっちゃうだろっ!!
すでにコロっといってるけど…
「これからも聖奈の掌の上で転がされるんだろうなって言ったんだよ」
「えぇっ!?それじゃあまるで私が悪女みたいじゃないっ!!」
一時はどうなるかと本気でびびっていたが、結局イチャイチャを城で働いている人達に見せびらかしていただけだった。
そんなイチャイチャの日々を過ごし、走らなければならない程の急ぎの旅ではなかったので歩いて向かっていた。
そんな俺の日々は視界に映る光景により終わりを迎えた。
「あれは…なんだ?」
海でも砂浜でも荒野でもない。
崖から見渡す景色は視界いっぱいに広がる森とその中に聳え立つ山だった。
「山だよな?雲より高いし急斜面だ」
どうみても徒歩で登ることは不可能な角度で山が聳え立っている。
「半島か離島を探していたが…何にせよ発見だな」
森からは所々から煙があがっている。明らかに人かそれに近い文明を持ったモノが住んでいるだろう。
これまでの連邦の街や村には当てはまらないその光景は俺が連邦を抜け出した事を如実に伝えてきた。
「国境っていう国境はなかったな…もっと高い位置からじゃないと半島なのかどうかはわからんが、情報通りなら半島なんだろうな」
大陸の半島はデカすぎて半島の判別を視認することは難しいんだろうな。
聖奈ならわかっていただろうに…
「とりあえず……帰って報告だっ!!」
俺は聖奈にお伺いを立てる為に帰宅を選択した。
当然の選択だぜっ!!




