59話 心にゆとりが出来ました。
「確かに軍隊だな。なんでこんなところに?」
肉眼ではまだ見えないから双眼鏡を使い確認した。
「このままでは鉢合わせてしまいますが、どうしますか?」
「そうだな…」
軍隊は横に広がって移動してきている。
普通行軍といえば縦に長くなるものだが、ここには障害物が少ない為、結構広がっている。
「迂回して進もう。旅人…はこの国にはいそうにないから行商のふりをしよう」
「わかりました。偽装の荷物を出してください」
流石に何もない荒野を手ぶらですれ違ったら怪しいもんな。
軍隊は横に200m程広がっている。
一万を超えているのだから縦にはさらに長い。
ザッザッザッザッ
ザッザッザッザッ
ザッザッザッザッ
軍靴が地面を叩く音が辺りに広がっている。
「…誰もお喋りなんてしていないな」
当たり前かもしれないが俺には異様な光景に映った。
「そうですね。ここまで規律正しい軍は北西部では見ないです」
「やっぱりか…」
元帝国との戦争でも兵士は所々談笑していた。
もちろん騒がしいほどではなく二、三言葉を交わす程度だったが。
「民があの様子でしたから軍はさらに厳しいのでしょう」
「軍が力を持っているんじゃないのか?」
「そうです。恐らくですが民には高圧的、威圧的なのでしょう。ですが軍内の規律はとても厳しいのだと思います。
そうでないと民からの革命や反乱は抑えられても軍内でのクーデターは抑えられないですからね」
軍内では地獄のような厳しい縦社会か…その代わりそのストレスは町にいる一般民で発散できると……
軍隊は俺達に視線を向ける事なくただ前を向いて先に進んで行った。
「それってもしかしなくてもだよね?」
昼を過ぎて別の大きな街を見つけた後、聖奈とライルを迎えに行った。ここは街に程近い岩場の陰だ。
「そうですね。恐らくトンネル工事の為の人員だと思われます」
「でもあそこから歩いて行くにしては情報が早過ぎないか?」
エリーが誘拐されてからそこまで時間は経っていない。伝書鳩でも使わない限り、軍を集めて出立するなんて間に合わないだろ?
えっ…まさか伝書鳩いるの?
「見切り発車でしょ?多分ね。エリーちゃんを拐う計画がたった瞬間にそれに合わせて計画をスタートさせたんだよ」
「俺達の予定がわかってそれが報された時からか…」
俺達は立場がある。…俺には立場しかないけど。でも聖奈には仕事も山ほどあるから、かなり前もって予定は伝えられている。
二人しかいない王族が揃って留守にするんだもんな。
「そっちは何かわかったか?」
「ううん。エリーちゃんに繋がる情報は皆無だったよ。この国の情報はある程度わかったけどね」
そうか…残念だが俺達は俺達のしなくてはならない事をするしかない。
エリーの捜索はすでに手を打ったんだ。信じよう。みんなを。
「この南西部は半島や離島にある国以外の殆どがイステーファル連邦に組み込まれているみたいだよ。
現在の資料や内部情報は厳しく秘匿されていたけど、過去の資料は見ることができたんだ」
「…金か?」
「惜しいっ!金だよ!」
同じじゃねーかっ!!
どうやら聖奈は役人を買収したみたいだな。
「向こうは命懸けだから結構かかったけど仕方ないね。
それで古い資料から逆算した結果、この国の人口は3000万人前後だね。
流石にまだ併合していない離島や半島の情報は少なくてわからなかったけど」
「凄い数だな…バーランド王国の3倍か」
「セイくん。そろそろ『我が国』とか『俺の民』とか言えるようにならないとね……そんな事じゃ覇王は遠いよ…」
ならねーから。
他の情報は俺達が見てきた感想と大差なかった。
「連邦のトップは評議会。そこで委員長を中心に色々決めているみたいだよ」
「じゃあ俺達が目指すのはそいつらか?」
「そうだね。今のところは。だけどね」
今のところ?
「なんで?」
「恐らくだけどその人達は大きな方針を決めてるだけで細かい作戦とかは下の人達が決めてると思うの」
そりゃそうだろうな。
聖奈は全部決めるけど…
ウチみたいな例外を除くと殆どの国がそういったやり方だろう。
「ん?つまりエリーの誘拐はこの国にとっては小さな事なのか?」
「うん。恐らく南西部で覇権を握った後、旨味の少ない半島や離島よりも別の地域に攻め込む事を評議会で決めたんだと思っているの」
「それだと誰が黒幕かわからんな…どちらにしても北西部の安全の為に評議会は潰さないといけないが…」
俺としてはそんな事よりも、今不安と恐怖に晒されている仲間を助けたい。
評議会を潰したところですぐに他の奴らが台頭するだろうから時間は稼げても根本的な解決にならない。
しかも…上が消えるとエリーの利用価値がその瞬間にかなり下がってしまう。
「実は黒幕探しは簡単になったんだよ?」
「どういう事だ?」
「権力だよ。簡単にいうと出世争いだね」
…!そうか。
「上に自分をアピールする為にこの計画を練って実行した奴がいて、そいつにはライバルが大勢いるって事か……」
「そういう事。だから評議会メンバーに近い人を調べて、その人がエリーちゃん誘拐に関与していなかったら誰が黒幕か喜んで教えてくれるかもね」
喜んではないだろ…一体どんな尋問をするのか知らないが……まだ見ぬ人の平穏を祈らずにはいられないな。
あれから三日が経った。余裕を取り戻した俺は聖奈から報告を受けた。
「この街も空振りだね。やっぱり連邦評議会のある街に行かないとダメみたい」
「まぁ…それは初めから聖奈は言っていたからな。俺がエリー捜索の為にも山脈近くの街ばかり調べさせたのが悪かったんだ」
「時間も出来た事だし、首都に向かってみようよ」
「そうだな。みんなで行こうか」
ここに来て方針を少し変更するが構わない。
「うん!」「おう」「行くです!」「はい」
みんなから元気な返事をもらい俺達は首都を目指した。
首都を目指していた俺達だが、そこに行かなくとも情報が手に入る可能性はある為、寄れる街には寄っていた。
ここもそんな街の一つだ。
「ここまで軍事力に力を入れているのに商人組合も冒険者組合もあるんだよな…」
自分達だけで管理する方が利益が大きかろうに。
ここは建物と建物の間。周りの目を気にしながらの会話をしている。
「単純に手が足りなかったんじゃない?更に言うと組織として利用価値が高いし、大陸中にある組合を敵に回せなかったのかも」
「そうだよな。何せ魔王聖奈ですら組合を国から排除しなかったんだから」
「じゃあみんなは四天王だねっ!」
共犯者にするのはやめてもらえませんか?
「セイさんの商会は他国にも沢山ありますから中々排除は難しいですね」
「ミラン。俺はウチの魔王と違って排除する気はないから理由を述べなくてもいいぞ?」
もちろん冗談だよな…?
俺は商人組合には特に世話になったから出来たとしても排除する気はない。
「ここの奴らも辛気臭い顔をしてたな」
ライル…お前も出会った当初はそんな顔だったぞ?
「まだ村の人達の方がイキイキとしてたよね…普通は生活が楽な街の方が活気があるのにね…」
「軍があまり寄り付かないからだろうな。街の人達は兵士を見るとビクビクしてたもんな」
そんな所で俺達にトラブルがやってこなかったわけじゃない。
現に今も…




