145話 動乱。理由、そして。
sideナターリア国王
「帝国軍挙兵との報せ!」
ここは王の間。我が国には貴族はいない為、生え抜きのエリートのみが城に入り要職に就くことが出来る。
しかし、どんなに優秀であろうと今の世は平時。誰も戦争の経験などなく、特化しているのは魔法と魔導具、商業のみ。
過去の軍事記録を持ち出し議論が白熱するが…
「落ち着かんか!其方らの双肩には民の命が乗っていると思え!」
好き放題話していた要職を担う者達が爺の一喝で静かになった。
「議論は大事だ。だが、自分の意見を言うだけではダメだ。其の方、名をなんと申す」
余は静かになった場に言葉を落とした。そして一人の見た事がない若者に問う。
「は、はいっ。私は落馬事故にあった父の指名でこの場におります、リーシャ・デズモンドと申します」
「デズモンド…人民管理局の副局長の娘か。では其方が議長となりこの者達を纏めよ」
ここにいる者は皆エリート。誰もが自分を一番だと思っておる。
この娘はあくまでも代理。であるならばこの取り決めはなんら出世には響かない為、他の誰かを議長にするよりはマシだろう。
「私がしなくても?」
「爺がすれば誰も意見を言えなくなるではないか」
見てみろ。拙いながらも集めておるではないか。
この場に馬鹿はおらん。ならば誰かに責任を持たせて化けさせなければならん。
「文にはなんと?」
「『ここで他国の事と止めなければ二国とも飲み込まれる』と書いてやったわ」
そんな事を言わなくてもエンガード国王なら良くわかっているだろうがな。
「助け舟ですか」
「そうだ。あの国も一枚岩ではないからな」
反対派の貴族を説得…黙らせるのに大いに活用してくれ。
「我が国は成り立ち上、国民は全てどんな理由があろうとも併合は認めんだろう。それなら相手が大きくなる前に叩かねばならん。国祖ナターリアの意志の為に」
「そうですな。例え相手が望んでこちらが陛下の首を差し出したところで民は認めますまい」
爺め。普通は冗談でも不敬であるぞ。亡き父が後見人に指名しているから無理だが…
side聖
「ここで休憩にしよう。見張りはいつも通りの順番だ」
小部屋に入ったところで休憩にした。
まさかオークがリザードマンを投げてくるとはな…
「人間でも追い込まれれば色々してきた歴史があるけど…あれにはびっくりしたね!」
「はい!私なら第二防壁から第一防壁まで飛ばされます!」
エリーはちっこいからな。
「今日は後3時間程探索して階段が見つからなければ帰ろう。見つかればそれまでだ」
「次の日に階段が移動していたら最悪だな」
「それは他の冒険者も同じだ。家と言う安全な所でゆっくり休める分ほかよりはいいけどな」
でもライルの言う通り永遠に階段と追いかけっこはしたくないな…
sideアンダーソン第二王子
「陛下の用件はなんだと思う?」
私は急に呼び出された理由をセバスに聞いた。
「わかりません。しかしこの様な事は初めての事。簡単な話しではないでしょうな」
「其方にもわからぬか…」
恐らく兄上も呼び出されているはずだ。この国に何が起こっているのか。
「よく来たな。質問があるだろうが皆が揃うまで待て」
国王執務室に入ると陛下に声をかけられた。普通であれば従士の誰かが声を掛けるはずなのに。
執務室には陛下、宰相、軍務卿と私しかいない。セバスすら入室を断られるとは…何があったのか。
その時を待つ為に私は陛下の右隣の兄上の席を空けて座った。
「お待たせして申し訳ありません。バーランド、仰せにより 仰せを仕り参上致しました」
兄上が最後の様だ。席に着くと軍務卿が口を開いた。
「皆様が揃いましたので始めさせてもらいます。単刀直入に言いますとシューメイル帝国が挙兵しました。目標はハンキッシュ皇国だと思われます」
なんだと?私が生まれるずっと前から停戦していたはずだ。なぜこのタイミングで。
「何故だと思う?」
国王が我らに問うが…
「宜しいですか?」
兄上には何か見えた様だ。
「申せ」
「はい。長きに渡る戦乱のない世に帝国が突如として挙兵するのには必ず理由があります。それも自分達に不利になる理由ではないはずです。
帝国が不利になる理由であれば人口と領土で皇国より劣るエンガード王国を選択しない手は考えづらいからです。もちろんそれだけでなく、立地条件的にも我らの国が一番狙いやすいはずです。しかし、情報では王国ではなく皇国に向けて挙兵した。
では、帝国が過去に一つの目標にしていたハンキッシュ皇国に向けて挙兵するに値する理由とは?
これは二つの可能性があります。一つは帝国がそもそもこの時を待っていたというものです。これは最悪です。その場合、必ず邪魔をするであろう二つの王国を抑えつつ、皇国を落とせる策か、戦力、または両方があると言う事です。
ですので最悪は考えつつもここはもう一つの可能性を考慮した方が建設的だと思います」
兄上も王都に居たはずだ。情報が同じなのに見えている景色が違いすぎるな。
「もう一つとは?」
「皇国に兵を動員出来ない理由が出来たということです。もちろん全く動員出来ないはずはありませんが、少なくとも帝国が短期間で落とせると見込める程度には何かしら皇国に障害が出来たのかと」
陛下は一つ頷くと
「確かに最悪を考え過ぎては機を逃す事に繋がるだろう。軍務卿は国境の警備に最低限の人員を残して出立出来る様に準備せよ。軍のトップには臨時元帥の地位を…アンダーソンに与える。他はあるか?」
「へ、陛下!何故兄上ではないのですか!?」
何故わたしなのだ!?
「バーランドは…」
「陛下。私が後で説明しておきます」
陛下の答えを兄上が遮った。兄上のその様な無礼な振る舞いは生まれて初めて見た。そっちの方に驚いてしまった私は言葉が出なかった。
「他ではありますが、恐らく皇国からは何もないはずですがナターリア王国からは必ず連絡がくるはずです。内容は足並みを揃える事だと思います。ですので返事の文を事前に用意しておきましょう。出立は連絡が来てからになります。もし帝国の策でナターリアが兵を起こさなければ我らも出られません」
「わかった。その文は任せても?」
「はっ。お任せ下さい」
私の理解が及ぶ前に話し合いは終わってしまった。
「兄上!」
私は兄上の後に執務室を出るとすぐに呼び止めた。
「アンダーソン。ここでは人の目がある。ついてこい」
「…はい」
私は兄上について行き、何年振りかに兄の私室へと入った。
そこは以前に見た部屋とは全く違っていた。綺麗に整頓された机、本棚、ベッドがそこにはあるはずだった。
「な、なんですか?これは…」
「ははっ。散らかっていて悪いな。これでも片付けているのだ」
何かを書いていたであろう紙が散らばっていて、机にもベッドにも本が散乱していた。
机には散らばっているのと同じ紙が纏められたものが幾つもある。
「なにを勉強なさっているのですか?」
「ああ。これか。いずれわかる事だと黙っていたが…これはアンダーソンに渡す為のものだ」
私に?兄上は一体何をされているのだ?
「陛下が今回の国軍の最高司令官の任をアンダーソンに任せた事にも起因している」
「そうでした。何故兄上では無いのですか?今回の件以外にもおかしいです。兄上程優秀であれば王太子に任命するのが遅すぎるのでは?陛下はなぜ兄上を…」
「遠ざけるか?」
「はい…」
あまりに直接的過ぎて言葉に詰まってしまった。
「それは私が近いうちに死ぬからだ」
「は…?な、何を馬鹿な事を…兄上は次期王太子なのですよ!」
「はははっ。王族でも国王でもいずれ死ぬ。私は人よりそれが早いだけだ。
陛下と宰相しか知らないから黙っていてくれよ?母上が知ったら倒れられてしまう」
「ほ、本当なのですか?今もお変わりなく見えますが…?」
嘘だと言ってくれ…
「これはクズリソウを煎じて飲んでいるからそう見えるだけだ。薬が切れたら痛みで発狂してしまうだろう。一応言っておくが、直ぐに諦めたわけでは無いぞ?」
「ク、クズリソウ!?あれは禁忌指定されている麻薬ですよ!?」
クズリソウは一時の快楽を与えてくれると聞いた。だが一度摂取すると毎日摂取しなくては死んでしまうものだったはずだ。
「一年程前に身体を蝕む病の痛みに発狂しそうになったのだ。その時に陛下自らがクズリソウを持ってきてくださった。この薬が無ければ痛みでとっくに死んでいたはずだが、アンダーソンが言うように禁忌指定されたものだ。もし貴族連中…特に王家から力を削ぎたい者達に見つかれば国王だとしてもただではすまない。
私は薬を受け取った瞬間に陛下に…父上に返せない借りができてしまった」
「そ、そんな…」
禁忌指定の劇薬などどうでもいい。何故兄上が…
「私に出来ることは全力でやると決めた。それがこの書類だ。これには過去の文献から今に応用できそうなもの、国の舵取りについて、貴族家の弱みなど多岐にわたって記している。
この国と母上を頼む」
そう言うと兄上は紙の束を渡してきた。
「わ、私にはまだ受け入れられません…この様な小さな男に兄上の代わりが務まるはずはありません…」
「そう言えば去年死にそうになっていたな?あれには驚いたぞ」
何を…セイ達に助けられた時の事を…なぜ?
「一度死の淵から蘇ったのだ。何を恐れる事がある。あの時言っていたでは無いか。『何も見返りを求めず人を助けた者がいた。私も民に見返りを求めずに同じ事をしたい。そういった者で溢れる国にしたい』と。
綺麗事ではあるが理想でもある。
アンダーソンであれば叶えられると信じている」
「…わかりました」
この時の私にこれ以外の返答が存在していただろうか?




