131話 お願いを断れない男。
「別にいいけど。何かあるのか?」
あれから数日後、聖奈さんから急に地球に一緒に行って欲しいと頼まれた。
あの飲み会から特に何もなかったからいいけど。
「新しく支店を出そうと思ってるの」
「は?地球にか?会社は引っ越したばかりだぞ?」
こちらがバタバタしてたから忘れそうになるけど、会社は大きな所に引っ越したんだ。
「異世界モノの輸入品が一番売れてるのって実はヨーロッパやアメリカなんだ。向こうの人達ってオーガニックとか好きでしょ?ウチの服とかって化学繊維とか入ってないでしょ?さらに手製だしね。ウケが良いみたい」
「まさか海外進出か?」
ちょっと待て。俺は何も出来ないぞ?
いや、元々してなかったから一緒か。
「そうだよ。アメリカかヨーロッパか迷ってたんだけど、ヨーロッパに決めたの。
セイくんにしてほしいのは書類へのサインと輸送業務だね!」
「俺なら異世界を経由して荷物が運べるからか?」
でもそれをすると俺はかなりの頻度で国際線の飛行機に乗らなきゃならないな…
「そうだよ!セイくんの旅費だけ出せば輸送費が掛からないって言うのも理由だね!後、ご両親や友達に海外に行くって伝えて欲しくて今回地球に来てほしいんだ」
「…わかった」
面倒だが、断る事は出来ない。何せ任せっぱなしだからな。
理想としては聖奈さんが異世界転移が出来る様になる事だけど、無い物ねだりだしな…
地球産のうまい酒を飲むために頑張りますか。
「えっ!?ヨーロッパに支社を出すだと?!」
実家に報告に行った所、親父が驚いた。
「私まだパスポートとってないわよ?」
お袋はボケた。
「支社って言うより店舗程度だな。それとお袋はパスポートいらない。なぜなら行くのは俺だけだから」
「えぇ〜?お母さんも連れてってくれてもバチは当たらないわよ?」
バチは当たらなくても邪魔にしかならんわ。
「また旅行をプレゼントするからそれで我慢してくれ」
「それって聖奈ちゃんも?」
なんでセットになってるんだよ…
そんなアンハッピーセットは販売未定だわ。
「遂に海外か…まさか卒業する前に友達が海外に仕事をしに行くことになるとはな」
須藤にも声を掛けた。聖奈さんにもう少し須藤の事も見てやってくれと頼まれたからでもあるが、こっちで一緒に酒が飲める友達はこいつくらいしかいないから元々声を掛ける予定だった。
そしてここは須藤の家の近くの居酒屋だ。
「そんな大層なもんじゃないぞ?聖奈が張り切った結果だな。俺は言われた通りの事しか出来ん!」
「なんで偉そうなんだよ…まぁ長濱さんなら上手いことするんだろうな。そっちはいよいよか?」
「いよいよって?」
「結婚に決まってるだろ?」
ぶーーーーーっ!
「汚ねぇなぁ…」
「そんなのあるわけないだろ!?こっちより須藤の方が川崎さんと学生婚でもするんじゃないのか?」
何が嬉しくて聖奈さんと結婚するんだよ…
俺には野良猫と聖奈さんの区別すらつかないんだぞ!?
「あぁ…」
なんだ?何かあったのか?
「どうした?」
「実は奈々とは別れたんだ。あの件の時に塞ぎがちになっただろ?それで嫌われたみたいでな」
いや、そんな時だからこその恋人じゃないのか?俺の年齢イコールの理想が高すぎるのか?
「良かったんじゃないか?そこで支えてくれるかどうかがわかって。俺なら側にいて欲しいのは俺が辛い時に声を掛けてくれた須藤や聖奈だぞ?逆にその時に離れた人なんて思い出す事も出来んし」
あの酒に溺れていた時は実際覚えていない。元々一人だった気もするが…さすがに他にも友達いたよね?俺。
「そ、そうか…そう言われたらそうだな。最近何もかも上手くいかなかったけど、聖に会えて良かったよ」
「大丈夫か?ホントに投げ出したかったら投げ出せばいいぞ?ウチなら須藤は大歓迎だからな!」
やはり聖奈さんの言う通り須藤は不安定なようだ。普通は人殺しの片棒をかつがされたらこうなるんだろうな。
俺とかもはや敵なら何とも思わないからな…
これは資質か?それとも異世界が原因なのか?何だか後者な気がするけどどっちでもいいな。今は須藤の事だ。
「ありがとな。聖にそう言ってもらえて楽になったよ。こんな酔っ払いに心配されてるんだから早まった事はしないから安心してくれよ」
うーん。これで須藤に何かあれば俺が落ち込みそうだ。元々俺の不注意のせいで巻き込んでしまったんだしな。聖奈さんに相談しておこう。
その日は明け方近くまで飲んで解散した。
翌日はサインマンになり夜を迎えた。
「そうだったんだ。私にも責任があるから連絡してみるね」
「悪いな。でも悪いのはあのストーカーだから聖奈は気にするなよ?」
後、須藤を巻き込んでしまった俺だな。
「ふふ。私はそんなに弱い女の子じゃないよ?それと海外進出だけど、2ヶ月くらいかかると思うからそのつもりでね」
「うん。俺は全然待ってないからごゆっくり」
むしろ無くなってくれないかなぁ…
俺の頼まれていた事も大事な用も済んだので異世界へと帰還した。
もはや異世界がホームだな…
「そうですか。向こうも遂に国外に進出するのですね」
流石ミラン。地球の内情にも日に日に強くなっている。俺の方が知らない事が多そうだな…
「うん。2ヶ月くらいしたら本格的に動き出すから長期間こっちに来られない日が出てくると思うけどよろしくね」
聖奈さんもミランに託しているし。まぁエリーには託せんよな…
「じゃあそれまでにセーナの飯を食い溜めしとかねーとな」
「ライルさん!その通りです!」
忘れていたけどライルは食いしん坊キャラだった。あの時も酒ではなく食事ばかりだった。
今ではエリーと並ぶウチのエンゲル係数を上げる二大巨頭だ。
ダンジョンの攻略を中断してから二週間、漸くこの日がやって来た。
聖奈には理由をつけて前日から地球に行ってもらっている。多分本人にはバレバレだが、ウチのアイドル達が張り切っているから何も言ってこなかった。
「じゃあ迎えに行ってくる」
「はい!セイさんはすぐに顔に出るのでバレないようにして下さい!」
「エリーはケーキ無しな」
何でそこで驚いてるんだよ。
俺は地球へと転移した。
「よっ。どうだ?」
マンションにいた聖奈に声を掛けた。
「どうだって…急に休みを貰ってもする事なんてないよ?」
聖奈さんには地球でしたい事もあるだろうと1日丸々休暇にしてもらっていた。
他に理由なんて思いつかんからな。
「嘘嘘!予約が取れたエステにも行けたし、マニュキュアもしてもらえたし、お陰様で良い休暇だったよ!それでこれでいいかな?」
そういうと聖奈さんは大きな袋の中に白い四角い箱が入ったモノを渡して来た。
「やっぱりバレてたか。まぁ聖奈に秘密に出来る事なんてないわな」
「ふふ。でも恥ずかしかったんだよ?自分で自分の名前が入ったケーキを注文するの」
そりゃそうだろう。だけど友達のとかって言い訳出来るからいいじゃん?
「二人にはバレてないように…」
「もちろんわかってるよ。それより聖くんからのプレゼントが欲しいなぁ」
「ん?もちろん用意してるよ。気にいるかはわかんないけど」
用意してなかったら永遠に嫌味を言われそうだからな!
「それもうれしいんだけど、それとは別にね?」
ん?何の事だ?なんかわかんなくて怖いんだけど…
「もう!ここはチュウする流れだよ!」
「するかっ!?」
そんなのに気付けるリア充さが俺にあればとっくに彼女の二人や三人は出来とるわい!
「じゃあほっぺでいいから」
えっ…?マジ?本気と書いてマジ?
聖奈さんは目を瞑ったままじっとしている。
普段なら黙ってそのまま転移するけど、誕生日だしな…
俺は揶揄われる事を覚悟して頬っぺたに唇を落とした。
「キャー!!初チュウだね!式はいつにする!?」
俺はそれには何も答えずに転移した。ただ一言『ミラン達には言うなよ』とだけ伝えて。
だってエリーはともかくミランは毎年言ってきそうなんだもん…
ミラン「私にもほっぺにちゅーして下さい!」
聖 (済まん!バーンさんっ!)
後日街中のお茶屋にて
少女1「それでそれでどうなったの?ミランちゃん?」
聖 (ミラン?こっそり聞いてみよう)
ミラン「ほっぺたにキスをさせてあげただけで彼氏ヅラよ?これだから年齢イコールは困るわ!」
聖 (そんな…)
〜〜〜〜〜
聖「と言う事があってな…」
聖奈「それで帰ってからテンションが死んでたのね」
聖「そりゃ死ぬだろ!?ミランに…あんな風に思われていたなんて…」
ガチャ
ミラン「私がどうかしましたか?」
聖「ミ、ミラン…」(こんな時どんな顔をすればいいかわからないの)
聖奈「ミランちゃんは今日は一日中私といたからそれは同名の他人だよ」
聖「ミラン!クッキーを食べに行こう!」(よっしゃあああ!)
ミラン「えっ?…はいっ!」
今日も勘違い聖の平穏ではない日常は過ぎる。




