08 草原→白兎
「ふーむ……」
俺は今、キョロキョロと辺りを見回している。場所は王都と西にあるオクシデ村との間の地点、見渡す限りの草原だ。
本来なら障害物も何もないこんなところ、バッと走って突破するところだが……止まっているのは訳がある。ついさっきこの草原に差し掛かり、クエストを早急に済ますべく駆け抜けようとしたのだが……。
「まさか飛び出してくるとはなぁ……」
すぐ足元を見下ろす。そこには長く鋭く尖った角が生えた一匹の兎が倒れている。名前は【スティンガーラビット】。HPは既にゼロとなっており、消えていく途中だ。草原の中に入った途端、兎が飛び出してきた。額の角をこっちに向けて勢いよく突き刺すつもりだろう、突撃だった。
咄嗟に急ブレーキをかけ、その勢いのまま回転しターニングキックを発動したのだが、奇跡的にクリーンヒット。一撃で倒すことに成功した。
王都の中を通過してまだ最高速度に乗る前に草原に入ったのが、幸運だった。最高速度だったら絶対止まれなかっただろう。
「倒せたのは良かったんだが、まさか一匹だけじゃないよな?」
流石に今ので襲撃が終わりと考えるのは楽観的過ぎる。この草原にはスティンガーラビットがあちこち潜んでいると考えるべきだ。そう思って辺りを見回していたのだが……この草原、よく見ると草が結構背が高い。一メートル弱くらいだろうか。地面すら全然見えないのに、動き回るだろうスティンガーラビットを見つけるのは難しいな。おまけにそよ風で草がガサガサ揺れてしまってる為、潜んでいるか判断できない。
さっきからいくつかのプレイヤー、またはパーティが進んで行くのを見かけたが、みんな慎重に草をかき分けながら進んでいた。やはり俺みたいに高速で突っ走るのは無理なのか……?
「いや、突撃を恐れるから上手くいかないんだ」
考え方を変えよう。最初からスティンガーラビットが必ず襲ってくるものと考えればいいんだ。そうすればいちいち驚いて止まったりせずに済む。
屈伸したり足を曲げ伸ばしたりしながら、動きを確かめる。特に動きは問題なさそうだ。そしてクラウチングスタートの構えから一気に走り出し、草原に勢いよく突っ込む。
「……!」
入って間もなく視界の端に白い影が見えた。おそらくスティンガーラビットだろう。だが関係ない。ダメージを受けても構わない。ひたすら最短ルートで草原を突っ切るまでだ。たとえ攻撃を食らっても、死ぬ前にオクシデ村まで辿り着けばいいだけの話だ。
考えたのは作戦とも呼べないような単純な方針。追いつかれない速度で走り切る、それだけのこと。
「うおおおぉぉぉ……!!」
途中脇腹とか背中とか何かが刺さったりこすれたりした痺れが走るが関係ない。大声を出して自分を誤魔化しながら足を動かす。次々と何かが当たった衝撃が走るが気にしない。
しかしここにきて真正面から白いものが飛んでくるのが見えた。偶然なのか、進行方向にいただろうスティンガーラビットが飛び出してきた。
「【アクセル】!」
迷いはなかった。回避や停止でなく、スキルを発動させての加速。瞬時に選んだのはそれだった。やはり俺は根っからのスピード狂なんだろう……認めたくなかったが。
紙一重で首の横を白いものが通過していった。一瞬遅れて風がぶわっと顔に当たる。もしタイミングがずれていたら顔に思いっきり角が刺さってたかもしれない。そう認識した途端、走ってあったまっているはずの体がヒヤリとした気がする。冷や汗の感覚まで再現されてるとしたら、すごい再限度だがな。
だが少しずつ体感速度が上がっていく高揚感はなんとも言えない。加速とスリルは比例して上がっていくものだからな。
「ぐっ!?」
そう思っていたのだが、突然体に衝撃が走った。腹の辺りを見下ろすと斜めにスティンガーラビットが刺さっている。
これは油断した。テンション上がりすぎて攻撃に気づくのが遅れたようだ。まずいな、今のでHPが半分を切っている。しかし、回復手段は無い。引き返そうにも草原の半ばまで踏み込んでしまっている。ここは思い切って村まで行く。それ以外に生き延びる道は無い……はず。
「うぉぉぉぉ……!!」
気合を入れ直したところで、死ぬ前に村にたどり着くためにひたすら足を動かすのだった。
「はぁ……はぁ……」
あの後更に二回ほど攻撃を受けたせいでHPがぎりぎりのぎりぎりまで落ち込んだが、何とか間に合った。膝を押さえながら肩で息をしている。……取り合えず宿屋に行くか。そこで休憩すればHPを回復できるはず。
★★★
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
宿屋で回復してもらった後、クエストの荷物の送り先をを探した。報酬も現金で貰い、これで元からあった金額と合わせて所持金は15000ゴールドになる。少しだけ貯まったので、装備を買いに行けそうだな。
問題はもう一回草原通らないといけないことなんだよな……。いや、待てよ。これはむしろチャンスかもしれない。さっきは急ぐあまり【アクセル】で強引に突破しようとしたが、蹴撃スキルの練習をするべきじゃないか? そう考えると次々襲ってくる草原は絶好の練習台とも言える。
考えながら歩いていたら、いつの間にか村の入口まで来ていた。……ごちゃごちゃ考えるのはやめた。ここは真っ向勝負だ。
考えすぎるのは俺らしくない。思えば慎重になり過ぎていた気がする。スプリングサーペントと出会ってから、委縮していたのかもしれない。人間どころかモンスターと実際に戦うのなんて、これまでにない経験だからな。
「俺にできるのは突っ走って当たって砕けることだけ……か!」
もう迷いはない。とにかく走って速さを感じるだけだ。
「うおおぉぉぉ……!!」
全力疾走で草原に突っ込む。髪の毛が風で思いっきり逆立つ。
タァン……! と軽い音が響いたと思ったら次の瞬間、前方右斜めから何かが飛来する。何かとか言ったけど、当然の様にスティンガーラビットだ。だが俺にさっきのような躊躇はない。
「ふんぬぅぅぅ……!!」
必死に力を込めて足を回す。素早く飛んでくるのなら、それよりもっと速く走ればいいだけだ。
ひたすらに走る。衝撃もダメージも無かったので躱せたと思うが、後ろを振り返るつもりはなかった。そして今の襲撃に呼応するかのように次々スティンガーラビットが飛んでくる。
右、左、斜め後ろ、と隠れていただろう群れが四方八方から突き刺しにかかる。と言っても今は走っているのでキョロキョロする余裕は無い。視界の片隅に映る状況から、この方向から来たんだろうと直感で判断しているだけだ。
「はっ、はっ、ちぃっ……!」
呼吸の途中で舌打ちが漏れる。前方から三匹、ほぼ同時のタイミングで飛んでくる。正面と左右斜めの各方向だ。それを見て瞬間的に判断する。
「【ターニングキック】!」
走る勢いを回転に変えて、回し蹴りを繰り出す。急停止してるから普通なら勢い余って倒れるところだが、スキルのおかげか自然と姿勢が整えられて楽だ。
一瞬背を向けたことで、スティンガーラビットが視界から消える。だが次の瞬間、右足を振りながら前を向く。足に直撃した感触が走り、視界には三匹でひとかたまりになった白い兎の姿が映っていた。
「よっし!」
足を振り抜くと固まっていた三匹はバラけて吹っ飛んでいく。一瞬だけそれを見て、すぐに走るのを再開した。
お待たせしました。少しずつ環境が落ち着いて参りました。更新ペースは落ちますが、細々と続けていきます。