06 相談→蹴り
だがそれは想定済みだ。いや跳ねてくるとは思わなかったが、素早く這って近寄ってくるぐらいは予測していた。つまり、対策も考えてある。
「【アクセル】!」
アクセル。ゲーム開始時に取ったスキルの一つで、魔力を消費して一時的に加速するスキルだ。どれくらい使うかは特に設定してなかったが、とりあえず使ってみた。
キーワードに反応して身体が一瞬浮いたような感じがした。次の瞬間、加速が始まる。最初に気付いたのは景色の動きが速くなったことだ。いや違う、これは俺が速くなったんだ。なるほど、こういう感覚なのか。
走りながら蛇がいただろう方向をパッと振り向く。すると俺の真後ろを横切り、大口開けて牙を見せながら落下していくのが見えた。チャンスだ。前へ向き直ると、もう振り返らずに森の出口へ向かって走り出した。
「ふぅ……大丈夫か」
森を抜けてから徐々にペースを落として止まった。息は多少乱れているが、すぐに動くことは可能だ。念の為振り向いて見るが、誰もいない。どうやら振り切ったか。まさかとは思ったが、森から追いかけて出てくる様子もない。さて、ほっと一息ついたし、届け先へ急ぐとしようか。
「ありがとうございます、助かりました」
届け先のご家族は、依頼人のおじさんの奥さんだった。嬉しそうに受け取ると、代わりに報酬を渡してくる。1000ゴールドだ。ちなみにゲーム開始時から持ってる所持金は、10000ゴールドだったりする。
さて、続けて次のクエストといきたいところだが……時刻はそろそろ夕方に差し掛かっている。昼食取ってからプレイしていたが、いつの間にか数時間経っていたようだ。
「ガンガン進めたいけど、あんまりぶっ続けでやるとそれはそれで天ちゃんに怒られるだろうなぁ……」
続けたい気持ちをグッと抑えて、一旦ログアウトすることにした。
★★★
「あ、お疲れ夜くん」
「天ちゃん……何故俺の部屋に居る?」
意識が現実世界に戻ってくる。目を開けてすぐ見えたのは、ベッドのすぐ横に座る天日の姿だった。まさかプレイ中の数時間、ずっと隣にいたのか……?
「ううん、私もついさっきまでワードやってたの」
「ワード?」
「ワールドロード、略してワードなんだって」
「なんか書類とか作れそうだな」
「あはは、それで夜くんも終わったかなー、って様子見に来たんだよ」
偶然タイミングが合っただけか。ならいいんだが。
「どう夜くん、少しは進んだ?」
「おう、とりあえず職業に就いてクエスト受け始めたところかな」
体を起こしてベッドの上に座り、天日の方に向き直る。ギプス付きだとやっぱ不便だな……。
さっきまでの体験を話すと、天日はいつも通り笑顔で聞いていた。
「うんうん、楽しんでるようで良かったよ。それで何の職業に就いたの? やっぱり夜くんの事だからスピード系だよね。盗賊とかかな?」
「飛脚だ」
言った瞬間目を丸くして驚いていた。予想外のリアクションだ。
「……Pardon?」
「何故英語……? だから飛脚だって」
「ひきゃく」
まるで初めて聞いた単語のようにオウム返しされた。その後数秒フリーズしていたが、やがて口を開いた。
「ええ……そんな職業あったんだ……何をする職業なの?」
「なんか引いてないか? ……まぁいいや。そりゃ飛脚と言ったら、荷物を迅速に運ぶ仕事だろう」
迅速に、というのが特に重要な点だ。
「夜くん……それって楽しいの? なんか一人だけ違うゲームの話してない?」
「してない。俺の目的は自由に走ることだからな」
別に職業にこだわりはなかった。ただ一番速く走れそうなのを選んだだけだ。
「まぁ、夜くんが楽しんでるならいい……のかな?」
「おう、心配するな。さっきまで走り回ってエンジョイしてたから……っとそうだ、思い出した」
せっかくなので天日に相談してみることにしよう。さっきクエストしたところからずっと考えてた。やっぱりモンスターがあちこちにいる環境上、戦闘せずに避けて進むのは難しいのかもしれない。蛇はなんとかやり過ごせたけど、毎回そう行く訳じゃないだろうしな。
だから戦闘スキルが要るかも……と思っていた。ポリシーを曲げるようでなんか納得いかないが、要は使い方だ。そんな内容を話した。天日は静かに頷きながら聞いていた。
「という訳なんだが、どうだろう? どんなスキルを取ればいいかな?」
「なるほど……つまり走ることがもちろん最優先だけど、モンスターとか障害を避ける為の戦闘スキルってことだね?」
「理解力がすごい」
長年幼なじみやってるからだろうか。……読心術とか使えたりしないよな?
「それならいいアイディアがあるよ! 『蹴撃』系スキルを取るのはどう?」
「ええ……暗殺とかはちょっと……」
「襲撃じゃないよ!? 私が言ってるのは蹴撃。蹴り技の方だよ」
「蹴り技……?」
格闘技とかか? 普段から走り回っているし、確かに人より足腰には自信がある。でもあんまり喧嘩とかしたことないから、蹴りがどのくらい威力あるか知らないんだが……なんで蹴り技?
「『蹴撃』系スキルは名前の通り足を使って攻撃するスキルなんだけど、一部のスキルには使うと体が勝手に移動するスキルがあるんだよ」
「わかったぞ。つまりそのスキルは戦闘だけでなく、移動にも応用が効くってことだな?」
「流石夜くん! 急カーブとか切り返しとかのステップに使えるんだよ」
直線で走れば最高速度に到達するのは簡単だ。しかし現実的にずっと真っ直ぐに走り続けるのは不可能だ。目的地に辿り着くには必ず曲がることが必要となる。ドリフト走行とか、曲がる時にスピードを落とさない工夫はあるが……減速ゼロはやっぱり無理だろう。
俺はそれを不満に思っていた。自分の意思じゃないのにスピードを落とさなければならない状況そのものに、だ。
だが、もしもスキルでそれをカバーできるとしたら? 可能性の広がりにワクワクせざるを得なかった。しかも懸念していた邪魔なモンスターのことも排除できるなら一石二鳥だろう。
「天ちゃん……ナイスアドバイスだ」
「えへへ、気にしなくていいよ。私としては夜くんと早くゲームで遊びたいし」
「しかし、蹴り技に詳しいってことは……もしや天ちゃんは格闘家を選んだとか?」
正直天ちゃんのイメージと全く合わないけど、可能性が無いとは言えないからな。ゲームだからこそ、普段やらないことをしたい人もいるだろう。
「ううん、この前PKと戦った時に、そういう人がいたから」
「どういうプレイしてんだ?」
違う意味で予想外の発言に首を傾げざるを得なかった。PKって人間を狙う人だよな……?
「仕方ないんだよ。友達とパーティ組んで進めてたんだけど、あちこち連れ回されてるうちに、偶然出会っちゃって……」
「俺が言うのもなんだが、友達は選んだ方がいいぞ」
なんか振り回されてばかりだなと思う。バツが悪そうに誤魔化す天日だったが、俺の指摘には反論する。
「夜くんだって人のこと言えないでしょ。いつも教室で地原くんと悪巧みしてるし」
俺の数少ない友人であり、同じクラスメイトの名前を出してきた。確かによくあいつとつるんでいるが、悪巧みはしてないつもりなんだがな。
★★★
夕食を済ませ、ギプスをつけて悪戦苦闘しながら風呂に入った。待ちに待ったゲーム再開だ。
ログインすると体が軽く感じる。やっぱり歩けるというか、走れるのはいい。早いとこ現実でも走りたいものだ。
まぁそれはさておき、天日のアドバイスに従ってスキルを取ってみるとしようか。何もないところからスキルが取れるのかというと、実は当てがある。初期スキルだ。
最初にキャラメイクした時、スキルは五個選んで取得できるとなっていた。しかしあの時は取るものが思いつかず、結局【速度上昇】と【アクセル】だけを取った。つまりあと三個スキルを取る余地が残っている訳だ。
「蹴り……蹴り……お、あった! これこれ」
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【フライングキック】
分類:戦闘スキル
効果:前方に飛び上がり、蹴りを繰り出す。
取得条件:初期スキルから取得
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見つけてすぐ取得した。とりあえず使い心地を試してみるか。村の広場まで移動し、近くに人がいないことを確認した。ポツポツと人は通るものの、わざわざ俺の近くを通る人はいない。大丈夫そうだな。