05 クエスト→森林
「それでしたら、隣の建物で尋ねてみてはいかがでしょうか?」
「隣? こっちでは受けられないんですか?」
質問に質問で返すようで悪いが、なぜここではダメなのか違いがよく分からない。すると意外な答えが返ってきた。よくよく話を聞くと、実は隣には【技術ギルド】の建物があるらしい。大まかに戦闘職とそれ以外の生産職、補助職で管理が別れているそうだ。職業登録自体はどちらのギルドでもできるが、そこで就いた職業次第でどちらのギルドで仕事を受けるか決まるらしい。飛脚はもちろん技術ギルド所属だ。
という訳で戦闘ギルドを後にして大通りに出る。改めて戦闘ギルドの建物を見るとすぐ隣にそっくりなつくりの建物が並んでいる。高さも入口の形も窓の形もほぼ同じだ。唯一違うのは、戦闘ギルドは真っ白な外観だったのに対し、技術ギルドは黒っぽい建物だ。隣の建物なんて全然気づかなった。
気を取り直して隣の建物に向かう。中の造りは戦闘ギルドとほとんど変わらなかった。なんとなくこっちの方が人が少ない気がする。適当に空いている受付を見つけて話しかける。さっき一回やったから少しはスムーズにできそうだ。
「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」
「えっ?」
思わず声が出た。なぜなら今話しかけた人はさっき戦闘ギルドで職業登録してくれた人と全く同じ顔だった。……なんで?
「あー、その、飛脚のクエストを受けたいんですが」
「かしこまりました。あちらの右奥の壁に依頼書が啓示してますので、受けたい物を選んでこちらの受付までお持ち下さい」
動揺してしまったが、質問する気になれなかった。なんか迂闊に踏み込むの怖いしなぁ……。
気持ちを切り替えて、言われた所の壁を見ると掲示板のようにいくつもの紙がずらりと貼ってある。まさに掲示板って感じだ。
「んー、飛脚用は……?」
どうやら飛脚用のクエストがとても少ないようだ。まぁ人気無さそうだしなぁ……俺みたいな奴以外には。上から順に目を通すこと五分。ようやく三件見つけた。そのクエストをカウンターまで持って行く。
「これとこれとこれお願いします」
「……はい、受付完了です。クエスト失敗の場合、違約金を頂くこともありますのでご注意下さい」
充分注意しなければ。お金と経験値稼ぎが目的なのに、逆に損したら意味がない。
★★★
「とりあえずどれから進めるか……」
技術ギルドを後にして、大通りに出てからクエストを確認する。取って来た三件のクエストはまとめると次のようになる。
①王都→オリエン村へ手紙運搬
②オリエン村→オクシデ村へ荷物運搬
③王都→セプテム砦へ荷物運搬
どれも何かを運ぶというのは同じだが……どれからやるべきかな? せっかく王都にいるんだから、単純に考えて①か③をやるのが最短だろう。特にこだわりはないし、まあ順番に進めることにしようか。
「ありがとな、助かるぜ」
最初のクエスト。依頼書で指定された場所に行くと、三十代くらいのおじさんが待っていた。話によれば王都に出稼ぎに来ているおじさんらしく、依頼内容も村の家族に手紙を届けたいからとのことだった。
手紙を受け取り、すぐさま王都の外に出た。ちなみに目的地は俺がスタートした村とは別の村だった。俺がスタートしたのは王都の南、今回の目的地は王都の東だ。
「すぅー……ふぅぅぅ」
軽く深呼吸してから、柔軟体操で身体をほぐす。早く走りたいのはやまやまだが、これをやっとかないと。ゲームを始めた興奮ですっかり忘れてたが、本来は下準備をちゃんとしなければ最大のパフォーマンスを発揮するのは難しい。身体は早く走りたいとウズウズしているが、ここはぐっと我慢だ。……ゲームで柔軟体操って効果あるのかな?
十分後。ルーティンとも言える一通りの体操を済ませた俺は、王都を東門から出た。そしてメニュー画面からマップをあれこれいじり、目的地と現在地がカーナビのように常に視界の端に表示されるようにした。これで道に迷う可能性は無くなるな。
タッ、タッ、タッと一定のリズムでステップを刻み、徐々にリズム自体を早くしていく。そして東に向かって草原を駆け出した。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
息を乱さないように注意しつつも、ハイペースで速度を更に上げていく。段々周りの景色が流れ始めた。さっきから全然疲れた気がしない。もしやスキルの【健脚】と【走法・地走り】のおかげだろうか。
きたきた……! これだこれ! やっぱり風を感じるのは最高だな。目まぐるしく動く風景と肌に当たる風の感覚に、テンション上がりっぱなしだった。高速で走りながら、ふとマップをちらりと確認する。走り始めて約十分、既に目的地まで距離は半分を切っている。このペースなら直ぐに着くな。
「ん?」
と思っていたが、ブレーキをかけざるを得なくなった。もう少しで到着……と言ったところで、目の前に森が広がっていたからだ。左右を見回すが、道らしきものは見当たらない。
「どうしたものかなぁ……」
流石に最高速度で森の中に突っ込むのは無謀すぎるだろうな。しかし道が見当たらない以上はどうしようもない。不本意ではあるが、このまま速度を落として進むしかないだろう。
決断したところで、もう一度走り出す。とは言っても木が不規則に生えている為、全くと言っていい程まっすぐには進めない。常に切り返しを要求される複雑なルートだ。とはいえ、スキルのおかげかあんまり疲労感は感じないし、このまま進めるだろう。
「シャー!」
「おっ!?」
が、目の前に何かが立ちはだかった。その何かは俺よりもかなり小さい為、正確には立ちはだかったとは言い難いが。
現れたのは蛇だった。サイズは大型犬くらいで、全身は暗い緑色。口を大きく開けて唸り声を上げている。名前は【スプリングサーペント】だった。明らかに俺に向かって威嚇しているし、逃げ切れるかなぁ……。
「よっ! ……と、はっ! ……ちっ!」
試しにフェイントをかけてみた。右から抜く、と見せかけて左への急な切り返し。……ダメだった。俺の動きから目が離れない。まぁ、俺は移動しているが、向こうは頭を動かすだけだからな。当たり前か。
念の為に周りを見るが誰もいない……都合よく助けは望めそうもないか。どうする……!? 撤退すべきか? いやダメだ。もたつくとか、遅くなるとか、俺の最も嫌いな言葉だ。ゴールを目前にして別のルートを探すとか嫌すぎる。かと言って蛇と戦っても負けるだろうし……。こんな事なら攻撃スキルを用意しておけばよかった……いや待てよ?
「スキル……その手があったか」
俺はいったん蛇に背を向けて走り出した。と言っても撤退ではない。十メートル程離れたところで振り返り、再び向き合う。依然としてこちらを睨んでいるが、積極的に近寄って来る気配は無い。あくまで待ち構えるつもりか。
「じゃあまぁ……行くか!」
足元を見回し、なるべく一気に走れるルートをイメージする。そして構想が固まったところで走り出した。蛇の前を斜めに横切るようにして、ある程度距離を取りつつ森を突破する作戦だ。これならいける!
「シュウゥゥゥ……シャアアアッ!」
しかしそんなに甘くはなかった。チラリと横目で見た先、とぐろを巻いていた蛇は、唸り声を上げたかと思うと勢いよく跳躍していた。