01 ケガ→幼なじみ
久々の連載投稿です。できるだけ続けたいと思います!
「もー、本当に心配したんだからね!」
「わかってるって……」
俺、馬原夜道はベッドの上で上半身を起こしていた。本当は立ち上がりたいのだが、それは許して貰えないというか、できない。何故ならつい昨日、足の骨を折ったばかりだからだ。
「でも結果オーライだろ? 誰も大怪我してないし」
「それはまぁ……って、ヒビ入っただけでも充分大怪我だよ!?」
下校中、向かってくる車に気付かず道路を渡る小さな子どもという、ある意味ベタな光景を目撃。気付いた時には走り出していた。そこからはよく覚えていないが、気付いた時には仰向けで空を見上げていた。周りがガヤガヤうるさくて仕方なかったし、呼吸もなんとなく苦しかった。
どうやら俺は子どもに飛びかかり、一緒に転がるようにして車を避けたらしい。幸いにして子どもは擦り傷で済んだらしく、めでたしめでたしと思っていたら俺は足の骨を折っていることが発覚。正確にはヒビが入っただけらしいので入院も手術も要らないそうだが、ギプスをはめて自宅で安静を強いられることになった。
「夜くんは無茶するんだから……うう……」
「ごめんって……泣くなよ天ちゃん……」
そしてさっきから俺の横で説教と心配を繰り返している女子。長い黒髪に整った顔立ちと、背は低いがスタイルはよく、総合的に美少女と言える彼女。俺の幼なじみ、鳥飼天日だ。
家が隣同士、同い年で小中と同じ学校、今年入学した高校も一緒と奇跡的な付き合いをしている。ちなみに恋人ではないが、仲はいい。昨日事故にあった時も彼女と一緒に帰る途中だった。
「とりあえず無事だったんだから、な?」
「うん……でもこれで良かったよ、二つの意味で」
「おう……って、二つとは?」
やっと泣き止んでくれたと思ったら、何か意味深な笑みを浮かべている。嫌な予感がしなくもない。
「だって、骨折してるってことは当分走れないでしょ? 無茶せずに済むからね」
「な、なんてこった……言われてみれば確かに……嘘だろ……」
俺は布団に突っ伏すしかなかった。というのも、俺は走ることが大好きだからだ。自分の足で走るのも好きだし、自転車も好きだ。早くバイクや車も運転してみたいと思ってる。とにかく速さを体感するのが好きというか……要するにスピード狂なんだろう。自覚は全然無いけど。
「というか、走れなくなって喜ぶとか鬼か!」
「夜くんが悪いんでしょ! 走りたいなら公園とか競技場とか安全な場所を走ればいいのに道路とかあちこち走り回るから……!」
それを言われると弱い。あの時も反射的に動いてしまった訳だし。だが性分というか……どうしても思い立ったら走りたくなる質なのだ。
「とにかく、今は安静にしててよ?」
「仕方ないな……」
幸か不幸か昨日は一学期の終業式、つまり今日から夏休みだ。登校の面倒は無くなったし、言う通り安静にしとこうかな。
ベッドに寝転ぶと、天日は安心したように部屋を出ていった。自分の家に帰ったのだろう。
……五分で飽きた。時刻は昼前、しかも外は初夏にふさわしい青空が広がっている。こんな時にじっとしてなど居られない。走るのは無理でもせめて散歩に行ってくるか。
ベッドで苦戦しつつ着替えたら、松葉杖を突いて立ち上がる。意外といけそうだな。いざ自由に歩き回ろうと、自室のドアを開けた次の瞬間……。
「(ニコッ)」
「うおおおぉぉぉ!?」
……ドアのすぐ前に天日が立っていた。無意識に後ずさりしようとしたが、足はギプスで固定されている。そのせいでバランスを崩しかけた。それを予期していたかのように、素早く天日が両手で支える。
ホッとしたのも束の間、ふと見上げて息を飲む。間近で見る天日の顔は笑顔なのに圧が凄かった。幼なじみだからわかる。何度も見てきたこの顔は、怒っている時の顔だ。
「ねえ夜くん?」
「お、おう……何かな……というかなぜ扉の前に……」
「安静にって言ったよね? なんで外に出てるの?」
「そ、それは……」
話を逸らそうと疑問をぶつけてみたが、それを無視して逆に質問を返された。言い返せない気迫を感じる。いや待て、まだ誤魔化す方法はあるはずだ。
「ちょっとトイレに……」
「それ、よそ行きの服だよね?」
二秒でバレた。……初めから読まれていたな、これは。
「なんでわかった……?」
「ああ言ったけど、言葉通り夜くんが大人しくしてるとは、全く思わなかったから」
「全くって言い切ったよこの人。信用ないなぁ……」
どうやら帰った振りして見張っていたらしい。まさか五分も保たないのは予想を越えてたけどね、なんて言われつつ強制的に部屋に逆戻りさせられた。
「なぁ頼む。見逃してくれ。シャバの空気が吸いたいんだよ」
「シャバって言わないの。外の空気を吸いたいなら、窓開けてあげるから」
出し抜くアイデアが浮かばない。諦めるしかないかと項垂れていたら、それを見計らったかのようなタイミングで天日が口を開いた。そして何かを手渡してくる。
「はい、これプレゼントだよ」
「ん、何だこれ? ゲームか……『ワールドロード』……?」
取り出したのは一つのゲームソフト……そのパッケージだった。俺は普段ゲームはあんまりやらないが、一般的な知識くらいはあるつもりだ。パッケージデザインからすると、モンスターや魔法が登場するタイプのRPGらしい。
「ふうん……で、これが?」
「夜くんのことずっと心配して、ずっと考えてたんだよ私」
質問の答えとはややずれたことを言いつつ、語り出した。黙って続きを促す。
「色々調べてやっと思いついたのが、これなの。走りたいなら、ゲームの中で走ればいいんじゃないかなって」
それは俺も考えなかった訳ではない。VR技術が凄まじく発達した現代では、仮想空間での体験は現実とほとんど変わらないと言っても過言じゃない。
ただ、一つ問題があった。レースゲームも試しにやってみたことがあるのだが、どうしても馴染めなかったのだ。感覚的なことを上手く説明するのは難しいのだが、なんというか決められたコースを走るのが性に合わないのだ。あと、とある馬のキャラも言っていた台詞だが、誰かが自分の前を走ってるのも落ち着かない。そしてそもそも、これはレースゲームでは無さそうだが……?
「夜くんの気持ちは知ってるよ。要するに決められた道を行くのが嫌なんでしょ?」
「人を反抗期みたいに言うんじゃない。……それで?」
我が家は家族四人仲良しだし、親の言うことには割と素直に従ってる……はず。
「だから、自由に走り回れるゲームをすればいいんだよ。コースとかが無くてさ」
「ほう……」
盲点だった。確かに『走る』=『レース』しか思いつかなかった。考えてみれば別にレースに出たい訳じゃないし、普段から自由に走ってるしな。
「これならスピード違反とかないし、広いフィールドを走れるよ」
「なるほど、よし早速やるか。天ちゃんありがとう!」
「早っ! 勧めたのは私だけど、決断早すぎない!?」
「俺の座右の銘は『即断即決』だからな」
何事も早く、速く、疾く。早ければ早いほど良い。それが俺のポリシーだ。