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短編集「人生」  作者: 八丈くるる
5/5

傍観


 愚か者達ばかりが集まっている。

 一体彼等はその行為にどんな快楽を得ているのだろうか。一体彼はどんな喜劇を起こしてしまったのだろうか。

 案外どこでも見るつまらない光景だ。国や人種、年齢も関係ない。ありきたりな人間の真っ黒な部分が浮き彫りになっているだけの光景。

 誰かはそれにいじめ、だなんて簡単な言葉を作った。しかしこれはどこからどう見ても虐待でしかない。

 一人の少年に、殴る、蹴るの暴力。金の無心。パシリ。暴言。彼等は犯罪でしかないことに気付いていないのだろうか。いや、そんなことはないだろう。仮にも高二だ。ならば犯罪行為も構わず行える無鉄砲ななだけか。

 さて、果たして悪人は彼等だけだろうか。

 俺を含む傍観者。彼等は自分達が悪人でないと思っているのだろうか。自分は何もしていないから大丈夫、だなんて思っているのだろうか。何もしないことが自らが悪人である証拠だというのに。

 彼が今のようないじめを受けたのは最近の話で、つい一週間前。彼も彼等もなんともまあ被害者と加害者として板についてる。

 結局いじめられている彼はなんの行動も起こしはしなかった。

 俺は彼と彼等の間に何があったのか知らない。彼等のいじめは行き過ぎたものだとは分かるが、それでも彼が何の抵抗もしないものだから、彼は一体何がしたいのか分からなくなる。助けて欲しいのか、このままでいいのか。

 もしかしたら彼は何か重大な過ちを起こしてしまった。それを彼等は目撃する。その口止めとしてこうして理不尽な上下関係ができている。そんなことがあったのなら彼への助力は余計なお世話というものだろう。ここまでされても何もしないのだから。

 まあ、その可能性は低いだろうけれど。

 そんなことを考えていると、隣の席から不意に溜め息が聞こえた。そうしてすぐ、「馬鹿みたい」と呟く声が続いた。

 隣の席にいる彼女の方を見やると、それに気付いた彼女は頬杖をついて睨んできた。


 「何?」


 機嫌の悪そうな声だ。というか彼女、秋谷奏はいつもそうだ。いつも機嫌の悪そうな声をしている。まあ元からそういう声だからどうしようもないけれど。


 「いや特に。声が聞こえたから反射的に」

 「あっそ」

 「あっそ、って。か弱い男子にもう少し優しくはできないものかね」

 「うざ。あんたか弱くないでしょ。⋯⋯か弱いってのは七海みたいなのじゃなくて御手洗みたいなののことでしょ」


 そう言って彼女は今現在進行形で起こっているいじめの中心にいる人物を見る。

 確かに彼は側から見ても弱々しい。細身の体やオドオドとした性格。いじめを受けている現状。どこから見てもか弱い人間であるだろう。


 「⋯⋯そんなか弱い御手洗を助けはしないんだ」


 意地の悪い質問だ。しかし簡単に返されるだろう。俺と彼女の立ち位置は同じなのだから。


 「⋯⋯七海だって助けないじゃん」

 「それを言われたら耳が痛い。でも、か弱いって言ったのは奏だろ?」

 「⋯⋯ま、どうでもいいし。いじめる奴等も、いじめられる奴もどっちも馬鹿なだけ。関わるだけ無駄」


 棘の強い言葉だが、彼女の言葉には同意できるところはある。

 彼女のような対応も正解であらずとも間違いではないと思う。ただ、それでも悪人にはなってしまうのだろうが。


 「でも意外だった。七海なら助けると思ったのに」

 「⋯⋯なんで?」

 「私は助けたのに」


 そう言ってこちらを見つめる彼女の頬は少し緩んでいるように見えた。


 「そりゃあ大切な友達だったし、助けを求めてた。御手洗はただのクラスメイトでしかないし、助けも求められてない」

 「⋯⋯七海ってさ、今楽しい?」


 唐突な話題の変化に驚いて反応が遅れてしまうが、彼女の言葉を頭で反芻しようがこの口が動くことはなかった。気の抜けた格好をしている彼女だが、その目は真剣なように見える。一体どうして突然そんなことを聞いてきたのだろう。

 もちろん楽しい、なんて答えればいいし、そう思っているのは確かであるはずなのにどうしてかこの口はその言葉を出すことを躊躇った。


 「⋯⋯なんでそんなことを?」


 その代わりに出た言葉がそれだった。


 「七海は私と違って優しいから」


 優しい人だからいじめを見ていて辛く感じている。そう思っているのだろうか。


 「優しいのは身内にだけだ」

 「知ってる。だから⋯⋯何かの弾みで私に何かないか心配なんでしょ?」


 図星だった。

 何も言えないでいると、彼女は「自惚れてるかな」なんて照れた様子で微笑む。


 「⋯⋯やべえ。今めっちゃ奏を抱き締めたくなった」

 「やめてよ恥ずかしい。せめて家で⋯⋯あっ、そうだ。今日ママが家に連れて来いってさ。おばあちゃんから野菜色々貰ったからお裾分けだって」

 「ん、そうか分かった」


 俺としてはせめて家での続きが聞きたかったのだけれど、聞いても答えてはくれないだろうな。

 そんなことを考えていると、昼休憩の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 「次って何だっけ」

 「現代文。覚えとけよ」


 そんな会話をしながら俺達は授業の準備をする。楽しそうに御手洗をいじめていた奴等は各々自分の席に戻っていく。どうしてこういうところはちゃんとできるのにいじめをしてしまうのか。




 放課後、部活が終わり玄関に行くと奏がスマホをいじって待っていた。


 「お、やっときた」


 俺に気付いた彼女は顔をあげスマホをカバンにしまった。


 「悪い。思ったより部活が長引いた」

 「んじゃ、いこ」


 そう言って彼女は俺の隣を歩く。


 「そういえば野菜って去年と同じやつか?」

 「トマトがピーマンになってた。他は同じ」

 「トマトやめたのか。美味かったのに」

 「トマト作ったはいいけどそんな好きじゃないからいいや、ってさ。なら最初から作る必要なかったんじゃないかって思うよね」


 去年のトマトは家族にも好評だったためとても悲しいものだが、まあお裾分けしてもらってる立場で文句も言えまい。


 「あとおばあちゃん言ってたよ。タイミングが合えばまた七海と話したかったって」

 「それは嬉しいことで」


 そんな会話を続けながら彼女の家へと向かっていると、正面にふらふらと揺れながら歩いている少年がいた。


 「⋯⋯御手洗」

 「こっぴどくやられたみたいね」


 特別追いかけるつもりで歩いたわけではなかったが、ふらふらと歩く彼の隣にくるのに時間は掛からなかった。

 俺達に気付いた御手洗は「⋯⋯南くんに秋谷さん」と俺達の名前を呟くだけで、ふらふらな調子で歩いていく。


 「病院に行った方がいいんじゃないか?」


 御手洗は何の反応もしなかった。

 意地になっているのか、それ相応に事情でもあるのか。彼の事情はどうであれずっとこのままであるというのならば、彼へのいじめがなくなる前に事切れる方が早い気がする。表面上ですらこれなのだ。内側はもっと傷付いてしまっているのだろう。


 「⋯⋯御手洗は何でいじめをどうにかしようとしないの?」


 隣にいる奏が言ったその言葉に御手洗は嘲笑し、「できたらもうやってる」とだけ呟いた。


 「はあ? あんたは他人に助けを求めることもできないの?」

 「⋯⋯僕を助けたせいであいつらに目をつけられたら大変だ」

 「そんなのっ──ぃた!」

 「奏。熱くなるな」


 このまま会話を続けさせれば奏が彼を殴ってしまいそうだと、軽く頭を小突いて無理矢理会話を止めてやる。

 しかし御手洗の言葉に言いたいことがあるのは俺も同じだ。彼はそれを優しさだと勘違いしているのだろうか。他人を思いやる気持ちは大事だとは思うが、その他人も同様に他人を思いやる気持ちを持っていると、そうは考えていないのだろうか。


 「別に親ぐらいならいいんじゃないのか?」

 「⋯⋯心配をかけたくない」


 こいつには心底呆れてしまいそうだ。隣からも溜め息を吐く音が聞こえる。

 なんだこの男は。勘違いにも程がある、というか周りが見えてなさすぎなのではないだろうか。


 「心配をかけていないと思ってんのかお前は」

 「お前には関係ないだろ」

 「お前は自分の親を過小評価しすぎじゃないか? 親なんだから息子の様子がおかしいことぐらい気付くだろ。気付けないのならお前の親は相当なクソ野郎どもだな」

 「⋯⋯の、僕の両親を悪く言うな」


 どうやら彼の怒りを買ってしまったようだ。しかし実際思ってしまったのだから、訂正するつもりはない。ここまで傷付きふらふらになってる息子に気付けない時点でクソだろう。彼の親が気付いていないかは知らないけれど。だから可能性の話で留めたのに。彼の怒りは少しずれている。


 「⋯⋯七海。もういいでしょ。いこ」


 冷静になった奏は彼との会話を諦めたのか、俺の手を引いてそう言ってくる。

 しかし言いたいことはまだ言い切っていない。俺は「もう少し話をする」と彼女に言うと、溜め息を吐かれたがどうやらもう少し待ってくれるようだ。


 「⋯⋯で、御手洗。お前は両親に心配かけたくないんだろ? それなら尚更言った方がいいだろ」

 「⋯⋯こんなこと」

 「言えないならお前は親を信用していないってことになるけど、いいのか? 心配かけたくないくらい大事な両親なんだろ?」


 そういうと彼は何も答えず俯くだけだった。


 「迷った時点で答えは分かったもんか。⋯⋯ま、いじめを止めるなら警察に行くのが一番だと思うぞ。学校に相談しても多分そんな効果ない。じゃ。いくか奏」


 そう言って俺達はまた元の歩幅で歩いていく。

 彼は何も言わず、ただ静かにその場に佇んでいるだけだった。


 「御手洗ははどうするんだろ」

 「さあな。どうにかするつもりがあるなら変わるだろ。少なくともあいつは殴られたりしてるんだ。犯罪にはなる」

 「⋯⋯そっか。あ、そういえば七海は家に連絡したの? うちに来ると大体ご飯食べさせられるじゃん」

 「一応行く事は言った。飯食うかどうかは⋯⋯まだ分からんだろ」

 「もうご飯食べる気で来ればいいのに」

 「最近はそう考えてる」


 そんな会話を重ね、俺達は奏の家へと向かうのだった。




 翌日。御手洗は昨日と変わらぬようにいじめられていた。



傍観するのも悪人ではあると思います。

七海くんはそう思っている上で何もしていないようですけど。


僕はとんでもない悪人です。




あと御手洗くんは証拠でも取ってるんじゃないっすかね。


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