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短編集「人生」  作者: 八丈くるる
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あなたに伝える言葉は


 春が夏を喰らった。

 気付いた時には夏はどこにもいなかった。年を重ねる毎に段々と夏は喰われていった。一時期は夏が捕食者であっただろうに、気が付けば夏はふたつき、ひとつきと姿を見せなくなっていた。春風ばかりが吹いている。

 生態系なんて当たり前に狂ってしまった。そちらの話に精通しているわけではないため素人目でしかないが、連日ニュースで問題提起しているために、その異常性はしかと理解している。

 しかしこれは問題なのだろうかとは考えてしまう。

 今までだってそうだったのではないだろうか。映り変わらぬものなんてない、というのは生きていれば嫌でも理解できることのはずだ。まさか自分達以外はそうではない、なんて言いやしないだろう。彼ら自然にとって、今は移り変わりの刻なのだろう、そう考えればなんだって問題にはならないだろう。

 人間というのは、些か支配欲に塗れすぎなのではないだろうか、そう思ってしまう。

 夏がなくなって不都合なことが起こることは残念だとは思っている。しかしながら私としては今の方がよっぽど心地の良いものに感じる。

 今や夏の気候を欲する植物だって人の技術で立派に育てることができるだろう。そういう話もよく聞く。

 閑話休題。春が夏を喰らってしまったことの問題なんてどうでもいいのだ。私は問題だとは思えないのだから。

 こんなことに時間を割くのならばもっと、今この現状をどうにかすることが先決なのだ。

 眼前には頬を僅かに紅く染め緊張した面持ちで私の言葉を待つ少女がいる。

 所謂告白というやつだ。私に好意を持つなんてなんとも物好きなものだと、普段なら思ってしまうのだろうが、しかし今はそちらよりも重要なことがあるのだ。

 私は女だ。

 いやなんだ、そういう人がいるのは理解しているし、特別嫌悪しているわけでもない。ないのだが、しかし、話には聞きながらもまあ縁のない話だろうから、なんて考えていたのだ。はて、実際はどうだろうか。私は同性に好意を持たれていたらしい。

 友人には男勝りだと言われたことがある。赤の他人には男性と間違われたことがある。そういったところが性別の差を曖昧にさせたためだろうか。

 もちろん迷惑とは言わない。しかし困ってしまう、というのはどうしようもない事実だ。

 だから口から出てきた言葉は酷く単純なもので、「私、女だよ?」なんて。そんなことは相手も理解し、私よりも考えていただろう。

 私に告白をしてくれた彼女は「分かっています」と、至極当たり前の答えを返す。上手な言葉が分からない、と口を閉じたままでいたせいか、彼女を不安にさせてしまったのだろう。震えた声で「め、めい、わくでしたよねっ、ごめんなさい」と逃げてしまいそうになってしまった。

 そんなつもりはないのだ。だから、彼女の手を掴んだ。

 ただ、私自身なんて残酷なのだろうと思ってしまうが、これから彼女が聞く言葉は彼女にとっては何度も予想しながらも聞きたくのない言葉だろう。

 私は今現在恋というものはしていない。しかしもしするのだとしてもそれは女性ではだろう。彼女ではないだろう。

 ゆっくりと、彼女に自分の気持ちを伝える。

 彼女の苦しそうな顔。泣きそうな顔。諦めたような顔。無理に作った笑顔。全てを理解していた顔。

 私は間違えてしまっただろうかと思いながら、それでも彼女に嘘をついてしまうのはより残酷なのではないかと、いらぬ思慮だったのかすら判断のつかないことを考えてしまう。

 「あの、ありがとうございました」そう言って目の前から走り去る彼女の背を見て、私は溜め息をこぼしてしまった。

 なんとも気持ちの悪い感覚だ。

 何が正解だったのか分からない。間違っていたらどうしよう。不安ばかりだ。私はどうすれば良かったのだろう。

 例えば告白されたのが男ならばどうなっていただろうか。受ける、断るは別として、私はどんな言葉を伝えただろうか。どんなことを考えていただろうか。

 最近では同性恋愛への理解だのという話は時折話題になる。ただ、結局人は雌雄同体の生物ではないのだから、同性恋愛というのはどう足掻いても、普通、にはならないだろう。普通、として扱ってやるのが正しいのかもしれないが、果たして私はそれができただろうか。

 彼女にとって私の言葉はどう聞こえたのだろうか。私の我儘でしかないけれど、どうか自分の全てを拒絶されたと感じていなければいいのだけれど、と考えてもどうにもならない。

 正しさを求める必要はないのだろうけれど、間違ってはいけないのだろう。

 私はあれでよかったのか、そればかり考えてしまう。

 ああ、なんだか胸が痛い。





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