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⑤陰キャの俺、女神の加護を受ける


「とりあえずあんたには簡単な精神干渉魔法を習得してもらうとするかい」


 エリステアがのんびりとした口調で告げる。


「精神干渉魔法?」


「まぁわかりやすく説明するなら、相手を自分の思いどおりに操る力のことさね」


 いぶかしげな様子の俺にエリステアが答える。


「それだけじゃあないよ。おおまかな設定だけを与えてやることもできるんさね」


 小首をかしげる俺に対してエリステアはさらに説明を続ける。


「まぁつまり、オマエはブタだって命じりゃあとはブタとして勝手に行動するってなことさね」


 エリステアは気だるそうに首をぐるぐると回しながら話をさらに進める。


「あとはそうさねぇ。発動条件や発動する日時指定に関しても自由自在に設定可能さ」


 エリステアの言葉が俺の頭の中にゆっくりと染みわたって行き、次第にそれはハッキリとした輪郭を形作って行く。


 簡単な魔法というが、それってもの凄い力なんじゃないだろうか。


 戸惑う俺の姿を見つめるエリステアの顔はなぜが少しばかり楽しそうだ。



 「言い忘れてたけどこの場所は次元の狭間。つまりあんたにとっては夢の中さね……そんでもってここでは時間の流れ方があんたの住んでる下界とはちっとばかり違うんさね」

 

 エリステアが重々しく語り出す。


 「時間の流れが違う?」


 俺は再び首をかしげる。


 「まあつまりあんたの世界の1時間がここでは10年ってことさね」


 「10年!」


 俺は思わず驚きの声を上げる。


 「まぁこれからだと……ざっと80時間、つまりここでの時間で換算すると800年間みっちり修行してもらうことになるってことさね。覚悟はいいかい?」


「ああ、もちろんさ」


 エリステアの確認に俺は力強く頷く。


「あんたは本当にこの“あかつきの激殺姫”エリステアの特訓についてこれるってぇのかい?」


 エリステアはドスの効いた声で再度こちらの真意を鋭く問いただす。


「覚悟はもうできてる。今さら引き返す道なんてないさ」


 俺は真っすぐにエリステアを見つめ即答する。


「そうかいじゃあまずあんたに女神の加護を与えるとするさね」


 完全に表情を消したエリステアが静かに呟く。


 ――――直後、俺の意識は真っ逆さまに闇へと落ちて行った。



 ☆☆☆☆☆☆



 気が付くと俺は木製の大きなベッドに全裸で寝かされていた。


 なぜか顔と体中がひどくベタついている。


 エリステアが真上から俺の顔を心配そうにのぞき込んでいる。


 「大丈夫かい?生身の人間には少しばかり刺激が強かったのかもしれないさね」


 俺はエリステアの手を借りるとベッドの上でゆっくりと体を起こす。


 とにかく倦怠感がひどい。  


 それに全身がひどい筋肉痛で突っ張っているようだ。


「まぁわたしにまかせるんさ。よおーく効く女神秘伝の特効薬さね」


 エリステアは軽く頷くと煤ちゃけた古着のふところから、新雪のように美しい白い粉を取り出す。


 それから彼女はおもむろにその粉を手のひらに乗せると自らの指先に灯した小さな炎で軽く炙った。


 エリステアの手のひらの上で白い粉が焼け、灰色の煙が立ち上る。


「さぁゆっくりと鼻から吸い込むんさ。ゆっくりとねぇ」


 俺はエリステアに言われるがままにその煙をゆっくりと吸い込んだ。


 最初は少しばかりむせて苦しかったが、俺は我慢してそのくすんだ煙を肺の奥へと深々と吸い込む。



――――次の、瞬間。


 俺の頭の中に閃光が走り、激しい火花が散った。

 

 それはこれまでに感じたことがない不思議な感覚だった。


 まるで自分が超人になったかのような万能感。


 そして頭の中がまるでさざ波ひとつない水面のように澄み切った超感覚。

 

 気付けば先刻までの疲れなどはすっかり吹っ飛んでいた。


――――まさに、明鏡止水の如くなり。




「よしっ。それじゃあさっそく修行開始さね」


 そんな俺の様子を満足そうな様子で眺めていたエリステアが力強く宣言する。

 


 いよいよ長く険しい俺の修行がその幕を上げる。


 



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