第五話 時をさかのぼる魔法(1)
王子の誕生日が過ぎ、ついでに私の誕生日も過ぎた。
私は王子から紅玉のペンダントなんて、素晴らしいものをいただいてしまった。
もったいなくてつけられなくて、机の引き出しにずっと仕舞ってある。
そのことを話すと、王子はがっかりしていた。
「着ければいいのに。アクセサリーは、着けるためのものだよ」
「普段着けるには、いかんせん高級すぎまして。このとおり、騎士の服では隠れてしまいますから。またパーティなどがあれば、ドレスと共に着用させていただこうと思っております」
私の堅い返事に、王子は益々がっかりしたようなため息をついた。
「次は、指輪にしようかな。それなら毎日着けられるよね」
「とんでもない! 私は日常的に訓練するので、指輪が傷ついてしまいます」
「利き手じゃないほうに着ければいいんじゃないの」
「私は、利き手じゃない左手でも訓練を行っております。右手がやられて戦えない、なんて事態にならないように」
「…………頼りになるね」
王子は感心した言葉とは裏腹に、困ったように額に手を当てていた。
相変わらずの平穏な日々を送っていたが、私はその実、頭を回転させて「あの未来回避」について考えていたのである。
あのパーティのあと、ふと思ったのが「ニクスの王女が嫉妬でサフィラス王子を殺そうと企んだのでは……」ということだった。
しかし、あの未来では婚約が決まるのだ。なら、王女が黒幕ではありえない。
ずっと好いていて、ようやく縁談もまとまった王子を殺すなんて、つじつまが合わない。
むしろ、この世界で気をつけるべきだろう。
だが、それよりもやはりあの未来で「サフィラス王子を罠にはめて殺そうとした」者を突き止めるのが先だ。
私は未来を変えていっている。だが、あの未来にたどりつかない……という保証は、どこにもない。
色々考えたが、「やはり魔法かな」と思い至った。
私に時をさかのぼらせた人物なら、何か知っているのではないか……と、そう思えた。
少なくとも、あの現場の近くにいたのだろうし。
そういうわけで、私はエルフに会うことにした。
簡単に決めたが、準備が大変だった。
まずは、「エルフの世界行きの船が出そうな」川を下調べした。町中の川は論外。人気のないところに流れる川を地図で探して、見当をつける。
そして王子が外出しない日に事前申請して休暇を取り、私は馬に乗って城を出て、城下町に向かった。
騎士の制服では目立つので、庶民の男性が着る服を町で買って、服屋で着替えた。着てきた服はチップを渡して、預かっていてもらうことにした。
その服に、持ってきたフードつきのマントを羽織る。
店の外につないでいた馬に再び乗って、私は町を出た。
街道を駆けること小一時間。
街道から抜けて、しばらく草原を走る。
森の傍で、さらさらと流れる川を発見した。
私は馬から降り、馬の手綱を木の枝にくくりつけた。
「……さて」
川辺に近づいて、空を仰ぐ。
本当に、エルフに会えるのだろうか。
野心はないと思うけど……。未来を変える、というのも野心に含まれたら終わりだ。
まあいい。迎えが来なかったら、帰ればいい。
何時間、そこで座っていただろう。
半分眠っていたところ、ぎい、と何かがきしむ音で目が覚めた。櫂がきしむ音だ、と気づいて顔をあげる。
黒いフードつきのローブで頭も顔もすっかり隠した者が、小舟をこいでいた。
彼か彼女か――は、何も言わない。
「待ってくれ。エルフの世界行きの船だろうか?」
立ち上がって問うと、船頭が振り向いた。
私はもう少しで、腰を抜かすところだった。ローブの中身が、骸骨だったからだ!
骸骨なのに、言葉は通じたらしい。こくり、とうなずく。
エルフの世界どころか死者の世界に運ばれそうだが、仕方ない。
私は勢いよく大地を蹴って、小舟に飛び乗った。
ぎい、ぎい、という音と共に小舟は川を進んでいった。
どのぐらい、経ったのだろう。
一時間ぐらいしか経っていないような、もう一日経ってしまったような、不思議な感覚だった。
小舟に座り、私はぼうっとしていた。景色を見ようにも、いつしか霧がたちこめていたのだ。
ぎい、という音を立てて小舟が岸に近づいていく。
岸? 着いたのか……。
「あ、ありがとう」
船頭に礼を言うと、微かにうなずいていた。船賃はいらないのだろうか。
要求されなかったから、いいか……と思いながらも、やはり落ち着かなくて銀貨を船頭に渡した。
骨の手は、銀貨をしっかりと受け取っていた。
私は船から降りて、岸に上がった。
さっきまでの霧は何だったんだ、と言いたくなるぐらい晴れている。
高い青空に、深そうな森。見渡しても、家はなかった。
本当にここに、エルフがいるのだろうか。
森に入るしかないか。
覚悟を決めて、私は森へと歩を進めた。森は視界が利かない上に獰猛な動物がひそんでいる場合が多いので、すすんで入りたくない領域だった。狩りもあまり好きではないし。
土を踏みしめ、進んでいく。
しばらく歩いたところで、開けた場所に出た。
小さな村のようだ。
「……う、わあ」
絵本や図鑑でしか見たことのなかった、種族がそこにいた。
尖った耳以外は人間とほぼ同じ見た目だが、恐ろしいほどの美形ばかりだ。ついでに背が高い。
髪は金髪や銀髪ばかりで、目の色は人間では珍しい紫や赤までいて、色とりどりだった。
私が呆けていると、エルフの少女が私に気づいたらしく、叫んだ。
「――――――――!」
あっという間に私は、背の高いエルフの青年たちに囲まれることになった。
みんな、何を言ってるかわからない。
あ、もしかして。エルフの言語って違うのか。
「申し訳ない。エルフ語はわからないんだ。誰か、人間の言葉がわかるひとはいないだろうか」
私がそう申し出ると、話が通じないことがわかったらしい。
青年のひとりが、私の肩をぽんと叩いてから、大きな建物に向けて歩いていった。
エルフの村に、ひときわ大きな建物か。村長の家かな。
しばらくして、青年は銀髪の青年エルフを連れて戻ってきた。
そのエルフの髪は他の者と同じように長く、腰あたりまで伸ばされていた。
青い目もあいまって、なんとなく王子を思い出してしまう。
「はじめまして。――通じているかな?」
「は、はい。通じます!」
ようやく言葉が通じたことが嬉しくて、私は大声を出してしまった。
「私は言語学者のイシル。久しぶりのお客さんだね。私の人間の言葉は、時代遅れになっていないかな? この前来た人間と話したときに、知識を更新したきりなんだ」
「全然、時代遅れじゃないです」
割と最近、ここを訪れた人がいたのだろうか。でも、久しぶり、って言ってたし……。
「それなら、よかった。あなたの名前は?」
「はっ。私は、アリシア・ヴィア。シルウァ王国ヴィア侯爵の娘にございます。今はサフィラス王子の護衛騎士でもあります」
私は一礼し、名と身分を名乗った。
「そう、アリシア。よかったら、家のなかでお茶でも飲みながら話そう。あ、剣は一応預けておいてくれるだろうか。君があの小舟に乗れたなら、野心や害意がないとはわかっているけど」
「はい。当然の用心です」
私は剣帯ごと外して、手を差し出した青年に預けた。
「敬語じゃなくていいよ。さあ、こっちに来て」
とイシルにいざなわれたのは、あの大きな建物だった。