最終話 君と幸せになる世界(3)
いよいよ当日。
王城から、馬車が迎えにきた。
ドレスを着込んだ私は、父母と兄と共に馬車に乗り込む。
「まー。アリシアったら。着飾れば、こんなに美人だったのねえ。これからは、城のメイドが毎日身支度してくれるだろうから心配いらないでしょうけど、ちゃんとするのよ」
「……はいはい」
相変わらず、母上は一言多い。
城に着くと、私は騎士に連れられて神殿に直行。
家族は、のちほど親族席に座るため、ここで別れた。
私が神殿のなかに入ると、ひとりの青年が待っててくれていた。
離れていたのは少しの間だけだったのに、既に懐かしい。
彼は振り返り、微笑む。
「花嫁アリシア・ヴィア様のお着きです!」
サフィラスの傍に控えた神官が、外まで聞こえそうな大声で言う。
「さあ、アリシア様。王子殿下のおそばに」
手招かれて、私は王子の隣に立つ。
王は既に、近くの席に座っている。本来なら、王妃様もいただろうに。彼の隣に座るはずの女性がいないことが、悲しかった。
向き合ったところで、衛兵が参列客を案内して神殿のなかに入れた。
私の家族は、私たちにほど近い席に座る。
参列客の多くは、私が剣を帯びていることに驚いているようで、ひそひそ話をしている。
着席を確認したところで、神官長が「これより、王太子サフィラス・シルウァ殿下と、アリシア・ヴィア嬢の婚礼を執り行う! 結婚に異議のある者は前へ! ない場合は、拍手を!」と叫ぶ。
神殿は、拍手で満ちあふれた。
「それでは、指輪の交換と宣誓を」
私たちは指輪を交換し、それぞれの左手の薬指にはめた。
私の結婚指輪は、白金に青い石がはめ込まれていた。
王子の指輪は、金に緑の石だ。
互いの髪の色や目の色に合わせた宝石や貴金属の指輪を贈ると幸せな結婚生活が送れる、という言い伝えがあり、私もサフィラスもその言い伝えを信じて指輪を選んだ。
……まあ、私の髪はダークブロンドなので、指輪に使われている金の色とはかなり違うのだけれども。
そういや、ブランカ王女に枯れ葉色とか言われたっけな。
余計なことを考えているうちに、神官長が「誓いの口づけを」と促した。
私が身を固まらせるのをよそに、サフィラスは私のうなじに手を当てて顔をあげさせ、唇を重ねた。
私は静かに目を閉じる。
拍手喝采が、聞こえる。
騒がしいのに、どこか静謐な気持ちになった。
ああ、ここまで来られたんだな。幸せすぎて怖いな――。
互いの顔が離れて、サフィラスは余裕で微笑んでいたが、私は照れ笑いを浮かべそうになるのをこらえていた。
「これにて、結婚の誓いは完了。アリシア・ヴィアはアリシア・シルウァとなり、王家に入る。神々を敬虔に崇め、国民には国母として慈悲を見せよ」
神官長の言葉で我に返り、私は客席のほうを向いた。
「……これで、婚礼の儀は終わりだが。私――アリシア・シルウァから、一言」
私が偽物の剣の柄をつかんで告げると、客席は大いにざわついた。
衛兵や王以外は帯剣していないから、騒ぐのも当然だろう。
「落ち着け。王太子妃の持つ剣は、偽物だ」
王が朗々とした声でいなすと、人々が落ち着き始める。
「私はこれまで、専属護衛騎士として王子を守ってきた。これからは王太子妃となるので、以前のようには守れない。だが、私はできる限り、剣をもって戦い、王族を守る王太子妃であることを望む。風変わりな王太子妃になることを、許されよ!」
私の言葉に場内は騒然としていたが、王が拍手を始めたので、ためらいがちな拍手へと変わっていった。
「……まさか、最後にあんなことを言うなんて」
婚礼のあとの宴会で、主役席に座ったサフィラスが、葡萄酒の入った杯を片手に、つぶやく。
「偽物とはいえ、せっかく剣を持たせてくれたから、何かやりたかったんだ。まずかった?」
私の問いに、サフィラスは笑っていた。
「君らしくて、いいんじゃないかな。……どう思った? オスカー」
サフィラスは、傍に控えるオスカーに尋ねる。
「はっ。僕の立場がないような気がしましたが……勇ましい王太子妃がいてもいいと思いますし、アリシア様の剣が錆びるのは惜しい。殿下が許される限り、騎士としても活躍されてもいいのではないかと思いました」
オスカーの生真面目な返答に、サフィラスは苦笑する。
「一理あるね。君は三度目も人生を駆け抜けて、私を助けてくれたのだし」
サフィラスは声をひそめて、私に笑いかけた。
「この前も言ったように、王太子妃の役割が優先。いい?」
「もちろん、わかってる」
「それではあらためて――」
サフィラスが杯をかかげたので、私も応じる。
「君の労力と此度の成功に乾杯。今度こそ、一緒に幸せになろう」
サフィラスの口上で杯を合わせ、私たちは笑い合った。
(完)
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
評価・ブクマやご感想などいただけると、今後の励みになります。