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最終話 君と幸せになる世界(2)


 それまでの日々が嘘のように、穏やかな時間が流れていった。


 王子は十八になり、私は十六になった。


 そろそろ結婚式を、という話になり、私の専属護衛騎士の任が解かれることになった。


「どうして! 私は王太子妃になっても、あなたを守るのに!」


「……落ち着いて、アリシア。王太子妃兼専属護衛騎士、というのはいくらなんでも無茶だ。王太子妃には、王太子妃の役目があり、仕事がある。専属護衛騎士は、また試験で選ぶよ」


 サフィラスになだめられて、私は腕を組む。


 この騎士服とも、おさらばか……。


「もちろん、君が武芸に秀でていて体が動かすのが好きなのは知っている。ずっとドレスで過ごせ、と強要するつもりはないよ。王太子妃のお役目がないときには、動きやすい服に着替えて剣の稽古をしてもいい。遠乗りは……護衛付きなら」


「結構、窮屈(きゅうくつ)なんだな」


「そりゃあね。未来の王妃なんだから。わかってよ、アリシア。それとも、身を引く?」


「とんでもないっ!」


 自由がなくなるのは嫌だが、サフィラスと結婚できなくなるのは、もっと嫌だった。


「……わかった。専属護衛騎士、結婚の前に退かせてもらう」


「うん。わかってくれて、ありがとう」


 サフィラスは、私の肩を叩いて微笑んだ。


 


 新しい専属護衛騎士の選抜試験が行われ、ヴァイン子爵の次男坊が見事、試合で優勝した。


 王子の隣で、闘技場で繰り広げられる戦いを見守っていた私は、勝ちあがったばかりの少年を見下ろす。


 年は、十五だったか。素直な、いい太刀筋だった。


 なにより、目がいい。


 サフィラスを見る目は、尊崇に満ちあふれている。


「彼をどう思う? アリシア」


 サフィラスにささやかれ、私は意見を口にした。


「いい騎士になるかと。それに、彼は信頼できそうだ」


「元専属護衛騎士の君が言うなら、問題ないね。さあ、行こう」


 サフィラスも満足げな表情をしていた。


 王と私たちは席を立ち、新たな騎士の元に向かった。


 


 結婚式の日取りが決まり、私は専属護衛騎士を辞任し、オスカー・ヴァインに専属護衛騎士の座を譲った。


 そして一旦、実家――というか王都にある別邸に戻ることになった。


「おかえり、アリシア! ……っていっても、また送り出さないといけないんだよなあ。ああ、辛い」


 玄関で私を迎えてくれたのは、兄上だった。


 母上も、駆け寄ってくる。


「おかえりなさい、アリシア……。まさかこのおてんばが、王太子妃になるなんてねえ。結婚式まで、ここでゆっくり過ごしなさいね」


 母上は娘が王太子妃になることが相当うれしいらしく、顔が緩みっぱなしだったが、私の服装を見て眉をひそめる。


「まあ、まだ騎士の服を着ているの? 早く着替えて。ドレスに慣れておきなさいよ。優雅な振る舞いも、私が結婚式までにみっちり仕込んであげる」


「……勘弁してくださいよ、母上」


「なにが、勘弁ですかっ。あなたは、王太子妃になるのよ!? ヴィア侯爵家の名にかけて、あなたを完璧な淑女(しゅくじょ)にしてから送り出さないと!」


「ぐっ。……兄上、助けてくれ」


「助けてやりたいが、そうもいかない。お前、城ではずっと騎士として振る舞っていただろ。この機会に、再教育を受けておけ」


 兄上は苦笑するだけで、助け船は出してくれなかった。


 一応、小さい頃にマナー諸々はたたき込まれているし、最近も誕生日式典などはドレスで出席したのだが……。


 仕方ないか。王太子妃、だものな。


 


 実家でゆっくりするどころか、城内以上に気の抜けない日々が続いた。


 立ち振る舞い、食事のマナー、優雅な話し方などを再教育され、疲れっぱなしだ。


 早く結婚式の日が来ないかな、と指折り数えて待っていた。


 


 いよいよ結婚式前日になって、特注していたウェディングドレスが届けられた。


 調整するので一応試着を、と仕立屋に言われたので、私は自室で母の助けを借りて、ドレスを着た。


 白いドレスはあまり華美ではなく、ほっそりとしたシルエットが印象的だった。


「まあ、何これ!?」


 母上が驚いたのは、細身の剣帯と剣が添えられていたからだ。


「これもドレスの一部だろう」


 私はドレスの腰元に剣帯を付け、剣を帯びた。


「どうだ? 母上」


「似合ってるけど……物騒だわ」


 母上は、正直だった。


「これで履き物がブーツなら、この服でも殿下をお守りする自信があるのに」


 にやりと笑うと、母上は私を「わけのわからないもの」を見るかのように凝視(ぎょうし)してきた。


 ふと剣を抜こうと柄に手をかけたが――剣は、抜けなかった。


「なんだ、この剣は飾り――偽物か。真剣じゃないとは」


「当たり前でしょう。結婚式に真剣を持ち込む花嫁が、どこにいますか」


 母上は呆れていたが、私は剣があくまで飾り物であることが少し残念だった。




 ドレスの試着を終えたあと、私は神殿に行って、運命の女神やその使い――カーティスだった天使に、感謝を述べた。


 更に、王妃殿下やモーゼズ王子殿下の魂が安らかでありますように、と祈っておいた。


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