最終話 君と幸せになる世界(1)
ウォルターは駆けつけた衛兵に捕らえられ、牢に入れられた。
ウォルターの父親ファーマ公爵は必死に嘆願したそうだが、ウォルターの罪は重すぎた。
厳しい尋問により、ウォルターは全ての罪を告白した。
モーゼズ王子の殺害、サフィラス王子の毒殺未遂、王妃の毒殺、そしてサフィラス王子の部屋に押し入った暗殺未遂――。
なお、王妃の毒殺はメイドのひとりを買収して行ったらしい。このメイドも捕らえられた。
ウォルターの家が王家に連なる大貴族であっても、これだけの罪を犯していたら減刑は不可能だった。
ウォルター・ファーマは処刑されることとなった。
処刑の日、私と王子は王子の部屋にいた。
「殿下。処刑場には、行かないのですか」
「私に行く義理はない。それに、憎い敵でも誰かが死ぬところを見る趣味はなくてね」
王子は椅子に座って、本を読んでいた。
集中できないのか、さっきからページが進んでいない。
私は窓際に立って、処刑場である広場のほうを見ていた。もっとも、ここからは見えないのだが。
ガラス越しに、歓声が聞こえてくる。
ウォルターの処刑は、公開処刑だ。シルウァでは珍しいことでもないが、ウォルターほどの高貴な身分の者の処刑はまれだし、また、今回は王城の広場が一般開放されたので、たくさんの民衆が集まったのだろう。
「君こそ、どうなの?」
「え?」
「君は何回もやり直した。何度も、ウォルターにしてやられたってことだろう。処刑を見にいきたいと思っても、私は君を残酷だとは思わないよ」
暗に、行ってもいいと言ってくれているのだろう。
「……いえ、結構です。たしかに、ウォルターは憎い。でも、忍んできたあいつと戦い、下し――牢に入れ、罪を認めさせた時点で、私の復讐は成ったようなものです。騎士失格かもしれませんが、血を見るのも好きではありません」
「血を見るのが好きじゃない? なら、君はどうして騎士になったのさ」
「サフィラス王子殿下に、お仕えするために」
そのためになら、血にまみれてもいいとさえ思えたから、私は剣を取った。
私の答えに照れたように、王子は微笑んだ。
「最高の返答だね、アリシア。落ち着いたら、結婚式を行おう。そのとき、君には剣を帯びていてほしいな」
「ウェディングドレスに剣、ですか。似合いませんよ」
「似合うよ、君なら」
想像するとおかしくて、少しよどんでいた気持ちが晴れた。
「ところで、殿下。王妃様が、言っていましたよね。運命はバランスを取ろうとする……と。あれについて、考えていたのです」
本来なら、死した命は私と王子。
それが運命を変えることによって、変わった。ひとりは王妃で――
「王妃様がひとりめとして、もうひとりはモーゼズ王子だったのでしょうか? だとすると、ウォルターは?」
「……ああ、そのことか。本来、死んでいた私と君が助かったことで命を失うことになった『ふたり』は、母上とウォルターだと思う」
「モーゼズ王子は?」
「兄上は、元の未来でも死んでいたのだと思う」
「あ、そういえばそうですね」
いつかも、そんな話をした気がする。
「ウォルターは自業自得だとして、母上には本当に申し訳ないことをしたと思っているよ。私の身代わりになったようなものだから」
王子はうつむいたが、すぐに顔を上げた。
「でも、母上は私に立派な王になれと言ってくれた。母上の期待に応えるのが、なによりの供養になると思う。……アリシア、協力してくれるよね」
「当然。私は、あなたの専属護衛騎士ですから」
ひざまずいて胸に手を当てると、王子が立ち上がって近づいてきた。
「それにくわえて、王太子妃――としてね」
「……あ」
「忘れてた、とか言わないでよ。というか、もう臨戦態勢は解けたのだし、前のように敬語なしでしゃべってくれないかい?」
王子に手を伸ばされて、その手を取って私も立ち上がった。
「努力します。……いや、努力する」
「うん、そうして」
手を握り合ったまま、私たちは歓声が大きくなったことに気づく。
ウォルターの処刑が、行われたのだろう。
震える手を、王子がしっかりとつかんでくれていた。
ウォルター・ファーマ、処刑。
息子を失っただけでも大きな罰になったと思ったのか、王はそれ以上ファーマ公爵家の罪を追求しなかった。
だが、残されたファーマ家の男子二名の王位継承権は取り上げられた。