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第十四話 あいつとつける決着


 王子はしばらくひとりにしてほしいと言って、寝室にこもってしまった。


 王子の私室で、私はぼんやりする。


 葬儀は明日執り行われる。王妃の喪に服すため、慶事の(たぐ)いは延長される。ウォルターの婿入りも、同様だ。


 王が急がせていたらしいので、本当なら来週にもウォルターは発つはずだった。しかし、来週では急すぎるのでニクスに使者を送ってウォルターの出立は遅らせることになったそうだ。


「どこまでも、狡猾(こうかつ)な男だな」


 まさかこの延長までも、見通していたというのか。


 私の敵は、恐ろしい。


 そこで、私はハッとした。


 今、王子をひとりにしている。危険だ。好機とばかりに、刺客を送りこむかもしれない。


「殿下!」


 私は寝室へとつながる扉を強く叩いた。


「……アリシア? 悪いけど、今日はひとりにしてほしいんだ。眠るのも、君は自分の部屋で……」


「そうしたいのは山々ですが、ウォルターはこれを狙っているかもしれないんです!」


「狙っている? 何を」


「王子がひとりになる瞬間を、です」


「君には念のために警護してもらっていたけど、ここは三階だし衛兵も城の周りを巡回している。心配いらないんじゃないか」


 王子は、モーゼズ王子暗殺を行った者は扉から入り、扉から出たという推理をしていた。鍵を盗まれなければ大丈夫だと思っているのだろう。


 慎重で聡明な王子らしくない。王妃の死で動揺しているせいだろう。この動揺こそが狙いかもしれない。


「プロの暗殺者は、私たちの想像の上をいきます! もしものときのために、私を入れてください! ……お願いします、もうやり直せないんです」


 私が必死に懇願(こんがん)すると、ようやく王子は扉を開けてくれた。


「ありがとうございます。……その、邪魔はしませんから。私はいないものと思ってください。思い切り、泣いてください」


 部屋に入って、私は長椅子の上に座る。


 王子は私の傍に寄ったきり、動かなかった。


「……殿下?」


 見上げると、王子が眉をひそめた。


「泣いてくださいって言われたけど、反対で――泣けないんだ。とても悲しいのに。私は、冷たいのだろうか」


「悲しすぎると、涙が出ないこともあると聞きました。王子が冷たいわけじゃありませんよ」


 努めて優しい声で言うと、彼は私の横に座った。


 王子は私の肩に額をつけるようにして、抱きしめてくる。


「ごめん。しばらく、このままで」


「はい。いくらでも」


 王子の背に手を回して、私は目を閉じた。


 王妃が死んだ。


 この事実は、私をも打ちのめした。もう、王宮に完全な味方がいないことになる。


 陛下は……わからない。モーゼズ王子が亡くなり、ウォルターがおそらく犯人――という推理を聞いたので、ウォルターに与することはないと思うが。


 なにせ、前の世界で私は王の命令で殺される現場にいた。


 彼を信じることは、できそうになかった。


 ウォルターがこの国を出るまで、安心できない日々が続くのか。


 ため息をついたとき、ふと思いつく。


 待てよ。ウォルターは今まで、慎重な行動を取っていた。だが、もうその必要はないのではないだろうか。


 思い至って、背筋に冷たい汗が伝う。


 ウォルターは公爵家を継がずに、ニクスに婿入りすることになる。


 なかなか話が進まなかったことからして、ウォルターは乗り気じゃないのだろう。


 ウォルターが欲しているのは、あくまでシルウァの玉座だ。


 ニクスに行けば野望破れたりどころか、公爵位も継げずに外国に行くことになる。


 ニクスの女王は権力が強く、王配(おうはい)はほとんど政治に口を出せないと聞いた。ウォルターは、不服に違いない。


 ……ならば。


 ウォルターは、次にどう出るか?


 わかってしまった。




 深夜、窓が割れた。


 入ってきたのは、黒いローブに身を包んだ人物――体型からして、男。フードに隠されて、その顔はわからない。


 彼は王子のベッドに走ったが、その前に私が剣を構えて立ちふさがった。


 最近、寝るときに着ていた服装ですらない、騎士の制服を身にまとって。


 勝負に出るなら王妃の死で動揺している今日に違いないと思ったが、当たりだったようだ。


「残念だったな。ウォルター」


 名を当てると、彼は笑った。


「なぜ、わかった」


「あなたには、もう失うものがない。だから、自ら王子を殺しにやってきた。正に、いちかばちか。暗殺者を雇うことも、考えただろう。だけど、あなたはどれだけの時間の猶予があるかわからない。延長されたとはいえ、ニクスへの婿入りは決定事項。焦って、王子が油断しているであろう今日の間に邪魔な王子を殺そうと、やってきたんだろう? あなたなら、衛兵の巡回時間も容易に把握できるだろうし」


 私は剣先をウォルターに向けたまま、話した。


「サフィラス王子は、どこにいる?」


「教えてやるほど、親切ではない」


「アリシア。……俺に、つかないか」


 とんでもない提案に、私は眉をひそめる。


「俺は、王になる。お前は王妃になれるぞ」


()れ者! ……もとより、私はサフィラス王子と婚約している。お前の手を取らずとも、王妃なる」


「サフィラスは世間知らずだ。俺のほうが、いい王になれる。強き王になるぞ。周りの諸国を攻めて、アイテール帝国の版図(はんと)を復活させる! そして、シルウァ大帝国を作る!」


 ウォルターの大望に、私は失笑する。


「黙れ。王位を簒奪(さんだつ)しなければ王になれない男が、夢を語るな」


「かたくなだな、アリシア」


「当たり前だろう。私の忠誠も、愛も、サフィラス王子に捧げた。貴様は敵だ、ウォルター! かかってこい!」


 挑発すると、まんまとウォルターは踏み込んできた。


 剣戟(けんげき)の音と共に、刃が三度、交わり会う。


「俺についたら、助けてやったものを。……お前は殺す」


「何度も、お前に殺されてきた。今更、怖いものか」


 つばぜり合いでの会話で、ウォルターは不思議そうに眉をあげた。


 まあ、知らなくて当然だ。私だけが三度の人生を体験したのだから。


「わけのわからぬことを! はっ!」


 ウォルターの剣は、重い。私は剣で受け流して、後ずさった。


 今のウォルターは十七で、私は十五。年齢差に体格差、男女差が加わり、力で勝つのは不可能だった。


 だが、私はウォルターの太刀筋をよく知っている。対して、ウォルターは私のそれを知らない。


 この世界では、私とウォルターは試合で当たっていない。更に、前の前の世界では、私とウォルターはよく一緒に稽古した。


 だからこそ、読める。


 ウォルターが横にないだ剣を屈んで避けて、刃を打ち上げる。


 ウォルターが、たたらを踏んだ瞬間、私は剣を一閃させる。


 彼の胸元に、血がほとばしる。


「……ぐ、あっ……」


 更に――私たちは、策を練っていた。


 ウォルターが構え直そうとしたとき、ウォルターの後ろから人影が現れ、彼の手の甲を斬って剣を落とさせる。


 剣を拾う間もなく、ウォルターは人影に腕を回され、首元に剣を突きつけられた。


「……サフィラス、王子……」


 ウォルターは振り向き、王子を信じられないものを見るかのように、見つめていた。


「これでおしまいだ。ウォルター」


 私は剣を収めて、告げた。


 王子には、あらかじめ部屋の見えづらいところに潜んでいてもらった。


 ウォルターが入ってきたとき、対峙するのは私。不意をついて、彼を取り押さえるのは王子の役割。


 私はウォルターに負ける気はしなかったが、念のための措置だった。


 ウォルターが落とした剣を拾い、私は月明かりに刀身をさらした。


 刃の色が、変だ。……どうやら、毒が塗ってあったらしい。相変わらず、用意周到なことで。


 私は、机の上にあったベルをけたたましく鳴らした。


 すぐに、衛兵が飛んでくるだろう。


「やっと、私が勝ったな。ウォルター」


 勝ち誇って言ってみたが、ウォルターは眉をひそめるだけだった。



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