第十三話 狙われし君(4)
城に戻って、エルマーの妻の件を王子と王妃に報告する。
王子も王妃も、痛ましそうに眉をひそめて私の行動をねぎらってくれた。
報告を終え、私は王子と一緒に部屋に戻った。
夕食の時間になって、食事が運ばれてくる。
「しばらく毒の心配はしなくていいと思いますが、イヴリンにはこのまま仕えてもらいましょう。油断したすきに、また毒を混入されてはかなわない」
私が助言すると、王子は神妙にうなずいた。
温かな夕食が、メイドの手によって並べられていく。
その間に、イヴリンが「失礼します」と言って入ってきた。
食事が全て並べられたあとすぐ、イヴリンはパン、料理、葡萄酒の毒味をした。
「どれも問題なし。この前から、毒が入っていませんね。実行犯を捕まえたのは、大きかった」
イヴリンは微笑み、私たちに食べるよう促した。
私はパンを千切り、ため息をつく。
「どうしたんだい、アリシア」
王子に問われ、私は答えた。
「後味の悪い事件だと思って」
そこで、ぽかんとしているイヴリンに気づき、説明した。
「嫌な予感がして、昨日エルマーの家を訪ねたんだ。そしたら、エルマーの妻は首をつろうとしていた。必死に説得して、思いとどまらせ……実家に帰る支度を手伝った」
「それはそれは……」
イヴリンは、何を言っていいかわからなくなったらしく、そこで言葉を切っていた。
彼女をちらりと見て、思い出したように、王子が口を開いた。
「オリーヴ・カロンについて、母上の使ってる情報屋に調べてもらったけど……挨拶しにいったのは、エルマーの家にだけみたいだ。夫は姿を見せていないし、一時的にあの空き家を利用していただけだろう。あそこは前の住人が引っ越したあと、ずっと空き家になってた。オリーヴ・カロンは、多額の金であそこを買い取った。あの家の管理人も、契約のときオリーヴにしか会っていない。夫は行商に出ていると言っていたし、金に目がくらんだせいもあるのか、疑わなかったそうだよ」
オリーヴの情報を聞いて、ますますゆううつな気持ちになる。
「初めから、エルマーの妻を狙っていたんですね」
「だろうね。エルマーが言っていたとおり、エルマーの妻は過去、何度か賭博に手を出していたらしい。夫が止めたこともあり、最近はおとなしくしていたみたいだけど」
「厨房で働く者とその身内のことを、ざっと調べたんでしょうね」
私は納得し、葡萄酒をあおった。
今日の酒は、やけに苦く感じる。
「本当に、嫌な事件だったよ」
王子がぽつりとつぶやいて、私とイヴリンは同時にうなずいた。
時が過ぎ、王子は十七になり、私は十五になった。
王子が十七になれたことに安堵していた、ある日のこと。
朝食後、王子に王からの手紙が届いた。
いぶかしげに手紙を開いた王子は、内容を見て喜びの声をあげた。
「ブランカ王女と、ウォルターの婚姻が決まった!」
「……いやったあ! やりましたね、王子!」
私は思わず王子に抱きついてしまい、強く抱きしめ返される。
「これで、ウォルターは国外だ! ……ああ、やっと平和な日がやってくる」
喜び、抱き合う私たちは、扉を強く叩く音で我に返る。
「――誰?」
王子が私から腕をほどいて、冷静な声で問いかける。
「王妃様に仕えるメイドです。大変です! 王妃様が、朝食後に毒で倒れました!」
その知らせに、王子は青ざめ、私は悲鳴を押し殺した。
ベッドに横たわる王妃は、青白い顔をしていた。
私と王子の朝食後、王妃のところに戻ったイヴリンが苦しむ王妃を見てすぐに吐き出させ、毒の種類をすぐに突き止めて毒消しを処方したため、彼女は即死には至らなかった。
……が、かなり強い毒だったらしく、彼女の命の時間はあまり残されていないとイヴリンは泣きながら語った。
イヴリンを王子につけていたことを見越しての、仕打ちだろう。
王妃は王位継承には関係ない。ウォルターの腹いせとも言えた。
あまりの非道に、涙が止まらなかった。
王妃は、近寄るサフィラス王子の姿を見て微笑んだ。
「サフィラス、話は聞いた?」
驚くほど、しわがれた声だった。毒は、彼女の喉を焼いたのだろう。
「はい。イヴリンから」
王子はうなずき、王妃の手を取った。
「……そう。あの子が言うから、間違いないと思うわ。私の命は、もうすぐ終わる。サフィラス。あなたの絶対の味方が、減ってしまうわね」
「母上……」
王子は涙をこらえているのか、うつむいていた。
「サフィラス。運命は、バランスを取ろうとする、と聞いたことがあるわ。あなたが死なない分、誰かが死ななければならなかったのかもしれないわ」
「そんな……」
「大丈夫。母は、幸せよ。あなたが殺されなくてよかった。きっと、ウォルターは復讐のつもりでしょう。でも彼は、この国を去る。心置きなく、立派な王になりなさい」
「はい……母上」
そう答えたところで、王妃は目を閉じる。
すぐに、苦しげな寝息が聞こえてきた。
「サフィラス殿下。まことに、申し訳ございません。王妃様を、お救いできませんでした」
後ろに控えていたイヴリンが、ひざまずいて頭を下げる。彼女の声は、涙混じりだった。
「……仕方がない。君は、精一杯やってくれたのだろう。母上が、信頼していた毒味役なのだから。罪は、私にある。母上が狙われること、予想もできなかった……! 予想できていたら、新たな毒味係を自分で雇って、君を母上の傍に帰せたのに!」
王子は珍しく大声を出して、両手で顔を覆っていた。
「…………」
私は、何も言えなかった。
三日後の夕方、息子に見守られて王妃はこの世を去った。