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第十三話 狙われし君(3)


 雇った料理人の男は、三日後に王妃のもとを訪れた。


 私と王子とイヴリンはすぐに王妃に呼び出され、王妃の待つ部屋に入った。


 男はおどおどしながら、王子が入ってくるなりひざまずこうとする。


「そのままで。話を聞こう」


 私も王子もイヴリンも、立ったままで彼を見やる。


 王妃だけは、ゆったりと椅子に座っていた。


「しばらく観察していたら、王族の料理番のひとり……エルマーが、隙を見て調味料らしきものを入れていることに気づいたんです。なんだか、後ろ暗そうな感じがして。多分、エルマーだと思います」


「ご苦労。報酬は、エルマーを尋問したあとに渡すわ。下がって」


 王妃に命じられて、男は「失礼します」と挨拶してから出ていった。


「さて。ここからは、アリシアに任せればいいのかしら?」


「ええ。任せてください」


 私は心持ち胸を張って、言い切った。


 


 王子を王妃の部屋に残し、私は厨房に向かった。


 王妃様のところなら、私という護衛がいなくても王子も安全だろう。


 厨房の入り口近くにいた男を手招き、「エルマーという男を呼んでほしい」と頼むと、彼はすぐに「エルマー! 騎士様がお呼びだぞ!」と声をかけた。


 エルマーは顔面蒼白になり、私のところにやってきた。


 これは、当たりのようだ。


「な、何用ですか」


「……ここで話もなんだ。庭へ行こう」


 彼を中庭に連れ出し、私は単刀直入に尋ねた。


「サフィラス王子の食事に毒を盛っていたな?」


「…………」


「答えろ!」


 抜剣し、彼の喉元に突きつける。


「王族への殺害容疑で死罪は免れえないところだが、雇い主を言えば恩赦(おんしゃ)を頼んでやる」


「ゆ、許してください……。どうしても、金が必要だったんです。家内が賭博(とばく)で、大金をすってしまって。困っていたところに、家にいきなり覆面の男が来て、毒を盛る仕事をすれば金をくれると言って前金に大金を置いていったんです」


「賭博……お前の妻が?」


 女が賭博とは――ないわけではないが、珍しい。


 どうも、そのあたりからして罠だった気がする。


「お前の妻は、普段から賭博をやるのか?」


「いいえ。昔はやっていたのですが、やめさせました。でも最近、仲のいい女友達に誘われたそうです」


「その女友達の名前は?」


「オリーヴ・カロン」


「彼女の素性について、知っていることは?」


「よく、わかりません。妻の方が、知っているかと」


「そうだろうな。エルマー、お前の沙汰(さた)は王次第だが、もう厨房では働けないと思え」


 私は衛兵にエルマーを渡し、「地下牢へ連れていってくれ」と頼んだ。


 エルマーは逆らう気力もないらしく、衛兵に腕を引かれるがまま、ついていった。


 悪いことをしていた、自覚があるせいだろう。


 ウォルターも、人選を間違ったとしか思えない。


 ため息をつき、私はさらなる調査のために歩き始めた。




 厨房の仕事仲間に、エルマーの家の場所を聞き出し、私は馬に乗ってそこに向かった。


 王都の中心街より、少し外れたところにある住宅街だった。


 高級住宅街ではないが、通りも家々もきれいにしてあるし、家も立派なものが多い。


 さすがは王宮勤め、といったところか。


 私はエルマーの家に行き、扉の叩き金を鳴らした。


「……はい。どなた?」


 痩せた女が出てきて、私はわずかに身じろいだ。


 彼女もきっと、依頼について知っているのだろう。夫の行く末が気が気でなく、痩せてしまったに違いない。しかも、原因は自分にあるのだし。


「私は王宮に勤める騎士だ。名前は、アリシア・ヴィア。あなたの夫・エルマーは捕らわれた」


 そこで、さっと女の顔が青ざめる。


「原因は、わかっているようだな。あなたの賭博のせいで、夫はとらわれの身になったようなものだ」


「…………」


 言い返す気力もないらしく、彼女はうつむいた。


「調査に協力してくれるなら、恩赦を頼んでやることもできる」


 私の言葉に飛びつくように、彼女は顔を上げた。


「何をすれば、いいのですか!?」


「オリーヴ・カロンという女に、賭博に誘われたと聞いた。彼女について、詳しく教えてほしい。仲の良い友人だそうだな?」


「――友人といっても、最近ここに引っ越してきたからよろしくね、と挨拶に来られて……話すようになったんです。だから付き合いも短くて、詳しいことは知りません。彼女の夫は、商人だそうですよ。見たことはありませんが」


 それは、いかにもきなくさい。


「最近か。彼女の家はどこだ?」


「あそこです」


 彼女の指さした先は、住宅街の端っこにある家だった。


「どうも。彼女を訪ねてみる」


「あの……夫は、どうなるのでしょうか」


「家でしばらく、沙汰を待つんだな。いずれ、知らせが来るだろう」


 不安そうな彼女にそう言い残して、私は教えてもらった家に、馬の手綱を引きながら急いだ。


 そんな予感がしていなかったわけではない。


 家の扉の叩き金を鳴らしても、誰も出てこない。


「――失礼!」


 一応断って、扉を蹴破る。


 なかには、誰もいなかった。ひとの住んでいる気配もない。


「用意周到なことだな、ウォルター!」


 思わず叫んでしまった。手がかりは、ここでふつりと消えたのだ。


 


 誰かに仕組まれた罠であろうとはいえ、王子に毒を盛った罪は簡単にあがなえるものではない。


 三日後、エルマーは十年の禁固刑を言い渡された。


 これでも、減刑するように王子が王に進言して、こうなったのだ。


 進言がなければ、もっと長い年月捕らわれの身になるか、死刑か……だったろう。


 もう、近衛兵の誰かがエルマーの妻に知らせにいっているはずだ。


 そう思いながら、私は書き物をしている王子の傍の椅子に座って、まどろんでいた。


 嫌な予感が、背筋を駆け抜けた。


「……待てよ」


「アリシア?」


「殿下。しばらく、王妃殿下のところにいてもらえますか。気になることがあるんです」


「いいけど――」


 戸惑う王子を押し切り、私は王子を王妃の部屋に送り届けた。


 それから城の厩舎に行って自分の馬を出し、騎乗する。


 あれほど、思いつめた様子だった彼女がどうするか――。


 杞憂(きゆう)であればいい。杞憂であってくれ。


 願いながら、私は馬に声をかけて急がせた。


 


 たどり着いた、エルマーの家。私は馬から下りて、叩き金を何度も鳴らした。


 誰も、出てこない。


「失礼する!」


 蹴り破ったところで、私は愕然とした。


 梁に縄をかけて、エルマーの妻が首をつっていたのだ。


 足下に椅子が転がり、じたばたしている。まだ、生きている!


 私は慌てて椅子を起こし、その椅子に乗って(はり)から垂れる縄を剣で断ち切った。


 落ちた彼女は、倒れ込んでゴホゴホと咳き込んでいる。


「大丈夫か」


 背をさすり、声をかける。


「大丈夫じゃないわ。どうして、死なせてくれなかったの」


「……考え直してくれ。エルマーは、あなたが死んだと知ったら、より絶望するぞ」


 私の言葉に、彼女はハッとしたようだった。


「あなたがすべきことは、彼を待つことだ。贖罪(しょくざい)のためにも」


「でも、私はもう王都にはいられないわ。エルマーが牢屋にいるから、私が働かないといけないのに。エルマーのうわさは、あっという間に広がったわ。誰も、こんな私を雇ってくれないわ」


 王都は広い……とはいえ、王子の毒殺犯のうわさは広がらずにはいられないだろう。


「あなたの実家はどこだ」


 聞くと、西にある遠方の村だと答えた。


「そこなら、うわさもついてこないだろう。そこで、エルマーを待つんだ」


「出戻りだって言われるわ」


「そのほうが、まだマシだろう」


 私が言い聞かせていると、彼女は不思議そうに私を見上げた。


「あなた、いくつ?」


「十四だが」


「……見えないわ。もっと年上に見える」


 そこで、彼女は初めて笑顔を見せた。


 ああ、そうか。私は実際は――二十歳近くになっているはず、なのかな。


 だから、老成して見えるのだろう。


「さあ、立って。支度を手伝おう」


 私の申し出を、彼女は断らなかった。


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