表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

第十三話 狙われし君(2)


 それから、王子は全て私室で食事を取ることにした。同席者は私と毒味係のイヴリンだけ。


 イヴリンが来てすぐ、それまで何も口にしていなかった私たちは、遅めの朝食をメイドに頼んだ。


 運ばれてきた香ばしいパンに、ミルク。


 パンはいくつか種類があったので、イヴリンがひとつずつ千切って、口に入れていった。


「……ごほっ」


「イヴリン?」


 私は席を立ち、咳き込んだイヴリンに駆け寄った。王子も、立ち上がって、顔を白くさせている。


「早速ですね。クルミのパンに、毒が入っておりました。これは食べないでください。他は、平気です。アリシア様、席に戻ってください。殿下も、座ってください」


 イヴリンに言われたとおり、私たちは元の位置に戻る。


 次いで、イヴリンは銀のカップにミルクを注いだ。朝食に銀のカップとは大げさすぎる気がしたが、イヴリンが「飲み物はなるべく、銀の杯で」と指示を出したのだ。銀は毒に反応するからだろう。


 イヴリンはくるくるとカップを回したあと、少しだけミルクを飲む。


「……ないだろうとは思っていましたが、ミルクに問題なし。飲んで大丈夫ですよ。パンはクルミのパン以外のものを、どうぞ食べてください」


 彼女に促されて、私たちはぎこちない空気のまま、朝食を始めた。




 それから三日が経った。毎日、朝食昼食夕食のどれかに毒が混入されていた。


「これだけ、毒を入れてくるということは、毒を入れやすい立場の者が王子の敵か敵の協力者です。怪しいのは厨房ですね。メイドは、入れ替わりますから。毎日、同じメイドが食事を持ってくるわけではないでしょう?」


 イヴリンの推理に、私と王子は顔を見合わせた。


「しかし、厨房にいるのは厳しい選考を受けて選ばれた者たちばかりなはず……」


 王子は渋い顔をしていたが、イヴリンは気にせず続けた。


「誰か、買収されたんでしょう。厨房を見張らせましょう。実行犯を突き止めれば、毒殺を諦めるかもしれません」


「……わかった。だが、見張らせるといっても、誰に?」


 私の問いに、イヴリンはにやりと笑った。


「こちらも、買収するんですよ」




 誰を見張り役にするかを話し合い、王子をはじめとした王族の食事を担当していない者に絞ることにした。


 彼らは、王族の食事には近づけない。したがって、彼らは犯人ではありえない。


 王族以外の食事を担当する者は、少なくない。メイドに下男、厩舎の馬丁など……城に勤める使用人は多いからだ。


 王妃の元に行き、メイドたちの食事を担当している男をひとり呼び出してもらった。


 王妃の部屋で、臆したように男は佇む。


「急に呼び出して、ごめんなさいね。実は最近、サフィラスの食事に毒が混入されているようなの」


 部屋の中央に座す王妃がゆっくり切り出すと、男はうろたえた。


「お、俺ではありません!」


「わかっています。あなたの担当は、メイドたちの食事でしょう。王族の食事には触れていないはず」


 王妃は、あくまで落ち着いた語調で話を続けた。


 彼女の隣に座る王子は、言葉を発しなかった。彼の後ろに立つ私は、少しハラハラしながら様子を見守る。


 王妃殿下に任せればいいとわかっていても、交渉がうまくいくかどうか不安だった。


「あなたには、厨房で不審な行動をしている者……もっと言えば、王子の食事に何か入れている者がいないかどうか、突き止めてほしいの。今のところ、わからない?」


「わかりません。スパイスや調味料を、ほんの少し入れるということは珍しくないですし。それが毒かどうか……」


 男は「すみません」と言って、うなだれてしまった。


「あなたも料理人でしょう。不必要な過程で入れている者が、必ずいるはずよ。突き止めたら、それなりの報酬を支払うわ。頼むわ」


 王妃の言葉に男は、膝をついて「わかりました。できるだけ、やってみます」とうなずいた。


 彼が退室したあと、王妃が長々とため息をつく。


「頼りないこと。彼が無理なら、他にもふたりぐらい雇いましょう」


「すみません、母上」


「あら、何を言うのサフィラス。母として、当然のことをしているだけよ。……それにしても、ウォルター。執念深い男ね。彼を殺せば、危機は去るのではなくて? ねえ、イヴリン?」


 王妃が声をかけると、それまで壁際でひっそりと控えていたイヴリンがぎこちなく微笑んだ。


「王妃殿下のご命令とあらば、毒殺もいといませんが……」


「さすがね、イヴリン。私は忠実なしもべを得たわ」


 王妃が声を立てて笑ったところで、サフィラス王子が口を開いた。


「しかし母上。どうして、毒味係を抱えていたのですか?」


「あら。私はペルナから嫁いですぐ、毒を盛られたことがあるのよ。毒味係だった侍女がひとり、死んでしまったの。だから、それからは専門の毒味係を雇うことにしたの。今は必要ないと思うけれど、一応ね……。イヴリンのように毒を慣らして育った者たちは、毒味で死ぬことがないから、悲しい思いをすることもない。……それで、サフィラス。どうするの。イヴリンに命じる?」


「……ウォルターほど用意周到な男が、毒味をさせないとは思いません。それに私は、ウォルターを殺して安寧を得るよりも、彼を国外にやりたいのですよ。それが、彼にとっては死よりも屈辱的なことでしょうし」


「あらまあ。性格がいいんだか、悪いんだか。あなたの考えは、わかりました。重々、気をつけて」


「はい、母上。……ありがとうございました。それでは、このあたりでおいとまを」


 王子はうなずき、さっと立ち上がった。




 その夜、私は「おやすみなさい」と王子に挨拶をしてから、いつものように王子のベッドの横に用意してもらった長椅子の上に身を横たえた。


 最近は、いつでも動けるように、シャツにズボンという寝間着にしては少し堅苦しい服で眠っている。


 抜き身の剣を右側に置いて、目を閉じたところで、王子の声が響いた。


「アリシア」


「……はい」


「イヴリンの作戦、うまくいくと思う?」


「さあ……。よく、わかりません。彼が、いい働きをすることを祈るしかありません」


「そうだね。君は、私の考えを甘いと思うかい?」


 ウォルターを殺さない、という王子の考えについて、問われているのだろう。


「正直、わかりません。元凶を絶つという意味では、ウォルターを討つのが一番手っ取り早いですし……。ニクスとの縁談話が進むのを待つ間、という猶予(ゆうよ)をウォルターに与えてしまっているのは、事実ですよね」


 ウォルターは、焦っている。だから、毎日毒を盛らせているのだろう。


「たしかに。だけど私は、父上の言葉が頭から離れないんだ。『証拠がない』……ってね」


「それは……そうですけど、ウォルター以外に誰がいるんです?」


「そう、ウォルター以外にいないから私も君もウォルターを疑っている。でも、これが完全に間違い、という可能性も完全にないわけじゃないよね」


「……はい」


 悔しいが、たしかにウォルターがやったという証拠はどこにもない。


「だからこそ、毒を入れている者を捕まえて、尋問するのではないのですか?」


「ああ。でも……おそらく、ウォルターの名前は出ないよ。用意周到に、誰かを雇って、その誰かがまた誰かを雇って……という風に重ねて、わからないようにしているはずだ」


「それなら、やっぱりウォルターを私に討たせてください」


「だめだ。ウォルターの罪を証明できない以上、君が捕まる」


「捕まっても、いいです」


 これ以上、王子が狙われなくなるのなら。私は喜んで、牢に入るだろう。


「アリシア。これは命令だ。ウォルターは、討つな」


「……かしこまりました」


 私は王子の専属護衛騎士。命令には逆らえなかった。


「それに、もし本当にウォルターじゃなかったら、君は無実のひとを殺すことになるんだ。証明できない以上は、こちらから動けない。悠長に見えるかもしれないけれど、縁談が進むのを待つのが一番いいよ」


「そうですね」


 同意しながらも、はがゆかった。


 モーゼズ王子が殺された以上、犯人はウォルターしかいないのに。


「さあ、寝よう。アリシア」


「はい」


 王子に促され、私は目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ