第十三話 狙われし君(1)
カーティスの部屋の片付けを終え、私はカーティスの部屋だったところに引っ越した。
引っ越し直後、部屋を訪れた王子を歓待し、メイドにお茶を頼む。
小さなテーブルをふたりで囲んだところで、私は周りを見渡した。
「アリシア?」
「……いえ。一応、確認を。誰かが入ってきたら困る話をしようと思いまして」
「大丈夫だと思うけど。何?」
王子に促され、私は立ち上がり、王子の傍にひざまずいた。
彼は何事か、と言わんばかりに眉をひそめる。
「殿下。私に、ウォルターを討つよう命令を出してください」
「……どうして」
「ウォルターが生きている限り、王位を奪おうとすることは必至。私は王子の騎士として、彼と戦います。……殺します」
「だめだ」
「どうして!」
「君では、ウォルターには勝てない。二歳差は、大きい」
自身も剣をたしなむ王子だからこそ、できた判断だろう。
「それに、ウォルターは王族の血を引く次期公爵。殺せば、禍根が残る」
「ですが、生かしたままでは、サフィラス殿下の命が危ないのですよ!?」
「そんなこと、わかっている。アリシア、落ち着いて。とにかく、座って」
王子になだめられ、私は席に戻った。
「私も、策を練っていないわけではないよ。ウォルターは、ニクスにやろうと思う」
「ニクス? そんなこと、できるのですか」
「ニクスの王女との結婚話が来ていたが、私はシルウァ王になることが決まったから受けられなくなった。だから、代わりに主君を失ったウォルターを……という話を進めても、おかしくはないはずだ。ファーマ家には、次男も三男もいる。公爵も、跡継ぎを惜しんだりはしないだろう」
「なるほど。でも、それは殿下の一存では決められませんよね」
「もちろん。父上を説得する必要があるけど、おそらく大丈夫だろう。父上も、ニクスとの縁は欲しいはずだ。それに、今の父上には覇気がない」
それは、私も感じていたことだった。
「兄上を失って、相当な打撃を受けたらしい。私の主張に、反対しないと思うよ」
「なら……いいのですが。あの、殿下。変なことを聞いてもいいですか?」
私の質問に眉を寄せながらも、王子は「どうぞ」と言ってくれた。
「前の未来と、その前の未来……。私とサフィラス王子が生きられなかった世界でも、モーゼズ王子は亡くなったのでしょうか」
「そんなこと、わからないけど……ウォルターの目的から見れば、兄上を生かしておく理由もない、どころか邪魔だろう。兄上は、いずれウォルターに殺されたと思うよ。どちらの未来でも」
「やはり、そうですか」
「……兄上も、救いたかった?」
問われ、私はうつむく。
「モーゼズ王子がウォルターに操られていたと考えたなら、そうですね。でも、私は彼をずっと敵だと思っていました。国王陛下も……。今更、ですね」
つぶやき、私は紅茶のカップに口をつける。
こくり、とひとくち飲む。紅茶はぬるくなり始めていた。
瞬間、私は違和感を覚える。
舌がしびれる。これは毒だ。幸い、王子はまだ茶にも菓子にも手をつけていない。
「殿下っ! 紅茶を飲まないでください! お菓子も……」
そこまで叫んだところで、私は昏倒した。
目が覚めて、私は天蓋をぼんやり見つめた。
薄暗い。もう、夜なのだろうか。
私が起き上がると、傍にいた人影が私の顔をのぞき込んだ。
「アリシア、よかった。目が覚めた?」
「殿下。私、毒を飲んで……どうなりましたか」
「すぐに吐かせ、医者を呼んだ。幸い、少ししか飲んでいなかったし、すぐに吐き出させたから、あまり効かなかったみたいだ」
「お手をわずらわせて、申し訳ありません」
「何を言ってるんだ、アリシア。君が飲まなきゃ、私が飲んでいた。こちらこそ、ごめん」
「いえ。……私は専属護衛騎士として、もっと注意すべきでした。まさかウォルターが、こんなにも早く手段を講じているとは思わず。その油断を、悟られたのでしょう」
私は拳を握りしめた。
「これからは、私が必ず毒味をします」
「君がやらなくてもいい。誰か信頼できそうな毒味役を、手配してもらおう」
「しかし、殿下!」
「君は、私の騎士であると同時に婚約者だ。婚約者に毒味をさせる馬鹿はいないだろう」
「婚約は、まだここでは認められていないのでは?」
「君が倒れている間、父上と話したよ。渋い顔をしていたけれど、アリシア・ヴィアは私が襲撃に遭ったときに助けてくれた恩人で、恩に報いるためにも結婚したいと話したら、なんとか納得してくれた」
王子はため息をついて、私の手を握った。
「君の騎士としての矜持もわかるが、ここは退いてほしい。私たちのために」
「……はい。しかし殿下。ウォルターの協力者がいて、暗殺者を城内に引き込むかもしれません。今日は無理でしょうが、明日の夜からは私を寝室に置いてください」
「――わかった。正直、誰が味方で誰が敵になるか、わからないからね。私ももちろん、剣を近くに置いて眠る」
「はっ。ありがとうございます。そうしてください」
「今夜は、ここで過ごすよ。弱った君を狙う者がいないとも、限らないからね」
王子は、淡く微笑んだ。
帰ってきたんだ、と今更実感する。誰が敵で誰が味方かわからない、王城に。私たちは、ふたりぼっちのようだ。
私は体がだるくなってきたので、また横たわった。
「おやすみ、アリシア」
額に、王子の唇が触れて。私は意識を手放した。
翌日、王子は王妃に相談しにいった。
王妃はすぐに、自分の毒味係だという少女イヴリンを貸してくれることになった。
王妃の部屋から出て、私は毒味係の少女を見下ろす。
大きな黒い目に、堅い黒い髪。痩せ細っていて、王城に暮らす者とは思えなかった。
「その……あなたの健康は、大丈夫なのか?」
私が問うと、イヴリンはこくりとうなずいた。
「小食なんです。痩せているのは元々です。お気になさらず。ちなみに毒で体を慣らしていったので、大概の毒は少量なら私には効きません。毒味役には――自分でも言うのはなんですが、適任かと」
少女は、はきはきと答えて微笑んだ。
「毒で体を慣らすなんて、穏やかじゃないね」
王子が首を傾げると、イヴリンは恥ずかしそうにうつむいた。……そこは、照れるところなのか? いや、王子のまばゆさに圧倒されているのかもしれないな。
従者馬鹿なことを考えていると、イヴリンが口を開いた。
「私の里は、小さな村で……みんな、子供の頃から毒の訓練をするんです。そうしたら、有力者に雇ってもらえるから。私の兄弟姉妹も、貴族のおうちで仕えていますよ。毒味係だけじゃなくて、毒や毒消しを扱う役目を負ったり。大きな声じゃ言えませんが、暗殺者として雇われることも」
「なるほど。あなたと同郷のひとが、今回絡んでいるかもしれないのか」
私の発言に、イヴリンは気にした様子もなくうなずいた。
「毒のことを任せるなら、ウェネの里の者を……という情報が広まっているぐらいですから。不思議では、ありません。昨夜、アリシア様に盛られた毒は紅茶に入っていたのですよね。紅茶は苦みがありますので、毒を入れやすい。変色しない毒も、いくつか知っております。どれもウェネ出身でなくとも、手に入れられるような毒です。……まあ、とにかく私に毒味は任せてください」
イヴリンには、自信があるようだった。




