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第十二話 君と帰る故郷(3)


 私たちは、王の案内でモーゼズ王子の寝室に通された。


 サフィラス王子と同じ部屋の造りになっており、書斎などの機能を持った私室とベッドが置かれた寝室がつながっている。


 私室と寝室は扉に隔てられているが、ここに鍵はかからない。


 ベッドには、黒くなった血の染みがこびりついている。


「寝ているときに、殺されたらしい。寝室の窓は、外に向かって開いておったそうだ」


 王は閉まっていた窓の鍵を開け、開け放った。


「ちょうど、こういう状態だ。朝、私が医師と共に駆けつけたときには、窓から風が吹き込んでいた。だから、私は王宮外に犯人がいると思った。雇われた暗殺者だろう。それなら、外国にいたお前とて怪しいのだぞ、サフィラス。外国からでも、暗殺者を送り込むことはできる。ペルナ王の協力があれば、もっとたやすかっただろうな?」


 王の語気が段々荒くなってきて、私はハラハラして王子の横顔を見た。


 彼の怜悧(れいり)な表情は変わらず、動揺していないようだった。


「父上。ひとつ、おかしなことがあります。窓は、私の部屋の窓と同じものですよね?」


「ああ……」


「それなら、外からは開けません。内側に鍵がついていますから。王宮の私室の窓は、全部そうなっているはずです。外から開けられないのに、どうやって暗殺者が侵入したのでしょう? 窓には割られた跡も、ありません。つまり、入り口はひとつしかない。出口として使った可能性はありますが……今は、それは考えなくていいでしょう。ここは三階で、衛兵も城の周りを巡回している。そうした危険を考えると、窓から出たとは思えないのですがね」


 サフィラス王子は、扉を見据えた。


「私の部屋と同じなら、寝室や私室の鍵を持っているのは本人だけですよね? あとは、執事頭が厳重に保存しているマスターキー。マスターキーは盗まれていましたか?」


「いいや。既に、そういうことは近衛兵が調べたからな。モーゼズが起きてこないとメイドが知らせにきて、私やウォルターや医師が駆けつけたときには扉が閉まっていたので、マスターキーで開けさせた」


「だとすると、誰かが兄上の鍵を持ち去ったのです。……ウォルターは、いつごろ兄上の私室をあとにしましたか?」


「夜だと聞いている。おやすみなさい、とウォルターが声をかけて『おやすみ』とモーゼズが返事をした。そのやりとりを、たまたま通りがかったメイドが聞いていたそうだ。ウォルターが立ち去る前に、モーゼズは生きていたのだ。ウォルターが犯人、というのはおかしくないか?」


 王はため息をついて、窓の近くに置いてあった椅子に座った。


「別に、おかしくはないですよ。ところで、兄上の鍵はどこに?」


「私室にある机の引き出しだ」


「……ウォルターなら何年も仕えていたのですから、鍵の置き場所ぐらいわかっていたでしょう。兄上の目を盗み、鍵を持ち去った。そうと知らない兄上は、なかから鍵をかけてベッドに行き、眠った。夜中に、ウォルターは鍵を持ってここから入ればいい。廊下を巡回する近衛兵のことは、事前に観察して調べておけば、見つからないように兄上の部屋に行けたでしょう。最後に、外からの犯行と見せかけるために、窓を開いておいた。鍵は駆けつけたときにでも(すき)を見て、引き出しにしまっておいた。どうですか?」


 王子の推理に私は拍手したくなったが、王は冴えない表情だった。


「それのどこに、証拠がある」


「ありませんね」


 きっぱりと、王子は認める。


「しかし、父上にはわかっていただきたい。そういうやり方をして殺せるのは、ウォルターぐらいしかいない、ということを。彼を次の王位継承者にするのは、絶対に止めてもらいたいのです」


「……お前を次の王にせよ、ということか」


「ええ。ウォルターは、私を刺客で襲い、兄上をも殺したのかもしれないのです。初めから、野心を持って王宮に来たと考えるのは、おかしいことではないでしょう? 私とて、危険の潜む王城に戻ると決めたとき、迷いがなかったわけではありません。ですが! 野心のために王族を殺し、あまつさえ主君と仰いだ者さえ殺す者を王にしてはならない――そう思ったから、戻ってきたのです!」


 王子の力強い言葉に、さすがに王も心を打たれたようだった。


「お前の言葉を、一考しよう。だが、さっきも言ったように証拠がないためウォルターは捕らえられない。このまま、ウォルターは堂々と王城に居続けるだろう。お前にとっては、かなり危険な状況となる。それでも、いいのだな」


 王にねめつけられても、王子は怯まなかった。


「今更、逃げるつもりもありません」


「よかろう。これから、お前が第一王位継承者だ。跡継ぎになるため、励め」


「努力します。――父上、兄上の墓に参ってもいいですか?」


「ああ、そうしてくれ」


 王は一気に、覇気(はき)をなくしたように見えた。


 


 私と王子は、王族の墓が並ぶ墓所へと足を運んだ。


 私も王子も、黒ずくめのコートとマントを身をまとっていた。


 王子が、先ほど庭師から手に入れた白い花を真新しい丸い墓石の前に置く。


「……兄上……」


 王子は言葉が出てこないようで、目を伏せて黙り込んでいた。


 私も黙って、心のなかで祈りを捧げる。


「仲良し兄弟とはいかなかったけれど、寂しいものだね。彼が暗躍していた結果なら、なおさら」


 王子のつぶやきに、私は何度もうなずいた。


 モーゼズ王子は、ウォルターに操られていたのだろうか。


 つけ込まれる隙のあるひとだったことは、たしかだが……。


「殿下。あの……あのことは、王に明かすのですか?」


 ぼかして聖痕のことを尋ねると、王子はうつむいていた。


「わからない。どう出れば、いいのか――。隠していた理由を、問われるかもしれない。兄上に消されるからだと思ったと話せば、王は私を疑うかもしれない」


「たしかに、そうですね……」


 難しい話だった。


「とりあえず今、私のことを信じて認めてくださったのだから、明かさないままでいいと思う。あれがなくとも、私が次の跡継ぎ筆頭になったわけだし。……行こうか、アリシア」


「はい」


 私たちは肩を並べて、墓所を歩いた。


 歴代のシルウァ王族が眠る墓所は、王族のためのものといえど、決して華美ではないが、よく手入れされていて清潔だった。


 なのに、どこか落ち着かない気持ちになるのは、土の中に遺体や遺骨が眠っていると想像してしまうからだろうか。




 墓所から戻り、私たちはサフィラス王子の部屋に向かった。


 長らく留守にしていたが、定期的に掃除されていたらしく、まるで昨日までここにいたかのようだった。


 王子は椅子に座って、私にも座るように促した。


「父上には話を通したから、君が繰り上がってカーティスに代わって専属護衛騎士になる。そのことは、いいね?」


「はい。名誉に思います」


「部屋は、カーティスの部屋に引っ越してくれ。メイドたちに手伝ってもらって」


「はあ……」


 といっても、私の荷物など知れたものだ。出発の際に、必要なものは持って出ていたし。


 ただ、カーティスの荷物はどうしたものか。


 私の浮かない顔に気づいたのか、王子が首を傾げた。


「アリシア?」


「ああ、いえ……。カーティスの荷物をどうしようかと思って。おそらく、そんなにたくさんはないと思うのですが」


「こちらで勝手に処分するわけにもいかないから、彼の荷物はまとめておいて。その間に、私がカーティスの実家に手紙を書く。引き取りにくるか、送ってくれと頼んでくるか――または、こっちで処分してくれと言ってくるかもしれない」


 王子のてきぱきした指示を受け、私はうなずいた。


 


 一週間ほどして、カーティスの実家から手紙が届いた。


 貴重品以外は処分してほしい、との旨だった。


 ざっと探したが、貴重品は見つからなかった。出発するときに、身につけて出たのだろう。


 カーティスの遺体が見つかったときに、彼が身につけていたものは実家に送られたらしいから、もういいだろう。


 メイドに手伝ってもらって、カーティスの私物をまとめる。


 といっても、彼は最低限のものしか置いていなかったらしい。彼の正体を考えると、当然かもしれないが。


 クローゼットのなかに、カーティスにしては小さめの騎士のコートを何着か見つけた。


「ああ……これは」


 きっと、もう着られなくなったが、処分するには惜しくて置いておいたのだろう。


 そのコートを手に取り、羽織って袖を通してみる。


 今の私に、ぴったりの寸法だった。


「アリシア様。それを着るのですか?」


 メイドに声をかけられ、私はハッとする。


「そうだな……。ちょうど、私の騎士コートは小さくなってきたから。カーティスのを、譲ってもらおうか」


「それでは、洗って手入れをしますので一旦こちらで回収します」


 メイドは騎士服を持って、一旦出ていってしまった。


 残された私は椅子に腰かけ、一息つく。


 別に、コートを引き継ぐ深い理由なんてないのだけど。


 私と王子を守って天界に戻ったカーティスに、見ていてほしいという思いがあったのかもしれない。


 

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