第三話 私が婚約を回避する作戦(1)
そうしてやってきた、専属護衛騎士選抜試験の日。
私は順調に、勝ち上がっていった。
「ヴィア家の令嬢は、とんでもないおてんばだな」
「全く。結婚相手には困りそうだ」
円形闘技場の観客席から、ひそひそ話が聞こえてくる。
大きなお世話だ。私は、結婚などしなくてもいい。サフィラス王子を守れればいいんだ。
一試合終わったところで、私は一礼する。相手もおざなりに一礼して、退散していった。
ふと、今まで見なかった方向を見やる。見れば、気が緩んでしまうと思ったから……。
王より一段低い席に座った、ふたりの少年。右側にいるのが、サフィラス王子だった。
水色がかった銀色の髪は肩まで伸ばされ、蒼い目は宝玉のよう。繊細な硝子細工のような顔立ちは文句なしに、美麗だ。白い肌もなめらかで、彼の高貴さを引き立てている。
ああ、相変わらずお美しい。
私の守る、サフィラス王子。
同い年なので、今の彼も十二歳のはずだ。
八歳のとき、初めて王城で開かれるパーティに出席し、彼を見た。そのとき、私は一目で……彼を崇拝したのだ。
パーティのあとに兄上に話すと、「一目惚れの間違いじゃないのか?」と怪訝そうに言われたのだが……。
断じて一目惚れではない。崇拝だ。信仰だ。
あの未来で――彼が死んだなんて、信じられない。許せない。
「おい」
声をかけられてハッとし、私はこれからの対戦相手に向き合う。
「ウォルター・ファーマ」
あのウォルターが、にこやかな顔でこちらを見ていた。
憎い。傷を負って倒れた私を見下したやつが、目の前に立っている。
ここでウォルターを斬り捨てれば、未来は変わるのだろうか? いや、わからない。
ウォルターは、第一王子もしくは誰かの命を受けていた可能性がある。その場合、ウォルターを殺したって何にもならない。
「双方、礼! 試合、始め!」
審判の声で、私たちは一礼し、刃を潰した剣を構えて睨み合った。
「まさか、女が勝ち上がってくるとはな」
「とんだおてんばで悪かったな」
「いや……悪くない!」
会話を交わしながら、ウォルターは打ち込んでくる。素早く剣を受け流し、こちらも攻撃に転じる。
長期戦となると、体力の劣るこちらが不利。だから私はいつも、短期決戦を常としていた。体の軽さと素早さを利用し、何度も何度も剣を打ち込んでいく。
相手の攻撃は受け流し、どうにか隙を見つける。私はウォルターの渾身の一撃を、地面を転がってよけたあと、剣を投げつけた。剣は狙い通りウォルターの手にあたり、彼は剣を取り落とす。その間に立ち上がって疾駆し、剣を拾ってウォルターの首に刃先を突きつける。
「勝負あり! 勝者、アリシア・ヴィア!」
審判の声が響いて、喝采の声がとどろく。私は拳を突き上げた。
「さすがアリシアー! 俺の妹ー!」
兄上の声は、歓声に紛れていても嫌になるほどはっきり聞こえてきた。
「双方、礼!」
審判に指示されて、私もウォルターも互いに一礼する。ウォルターは悔しそうだった。私が体験した四年前も、同じ表情をしていた。
結局、戦うことに夢中で策を練る余裕もなかった。私の記憶している限り、私は同じ勝ち方をしたはずだ。
落ち着け。ここから、変えていけばいいんだ。
「アリシア・ヴィア。見事であった」
観客席から、王と王子たちが下りてきた。
私とウォルターはひざまずき、彼らの到着を待つ。
「優勝者のアリシアよ。そなたは、どちらの王子を守りたい?」
王は形式的に言葉を紡いだ。
尊すぎて、サフィラス王子を見られないので、隣のモーゼズ王子を見上げる。
サフィラス王子より頭ひとつ高い彼は、年は二つ上。黒髪で目はサフィラス王子より薄い青だ。
やや痩せぎすなところを除けば、モーゼズ王子も整った容姿を持つ少年だ。ただ、隣のサフィラス王子がいかんせんまぶしすぎる。
モーゼズ王子は、いらだっているようだった。
早くしろ、どうせ俺を選ぶのだろう……とでも、言いたげだ。
私はサフィラス王子の方に視線を向けて、深々と頭を下げた。
「サフィラス王子を、この命をかけてお守りしたく存じます」
私の言葉に、王が一瞬「……っ」と詰まっていた。予想外だったのだろう。
専属護衛騎士選抜試験で勝ち上がった者は、みな第一王子を指名すると聞いている。
当たり前だろう。シルウァ王国の王位継承権は長男が最優先。ちなみに女性に継承権はなし。つまり将来の王は、第一王子なのだから。
王子が王になったあとも、専属護衛騎士はそのまま仕えることができる。
未来の王を守りたいと思って、この試験を受ける者がほとんどだ。
「……わかった。アリシアは、サフィラスに! それでは、ウォルターはモーゼズに!」
王が戸惑いを押し込めたように大声で叫ぶと、拍手喝采がとどろいた。
モーゼズ王子はどこか悔しげな顔をしており、サフィラス王子は不思議そうに私を見ていた。
その後は、専属護衛騎士決定の祝賀会だ。
私は闘技場から出るなり母に拉致……いや連れ去られ、王城の一室を借りて、着替えることになった。
目の色に合わせたのか、若草色のドレスを着せられて、胸元には銀とダイヤモンドでできたペンダント。靴は薄紅色のハイヒールだった。
ついでに、化粧も施される。顔がべとべとする。
姿見に映った私は、別人のようだった。
「母上。派手すぎじゃないですか?」
「全っ然、派手じゃありません。むしろ、地味なほうよ」
そう言って自分の顔を扇であおぐ母上は、真っ赤なドレスだった。うん、母上のが派手だな。
「これからは護衛騎士になって、男物の制服しか着ないんだから。こういう機会に、思い切り着飾っておきなさい。殿方にもアピールを忘れずに!」
「はいはい……」
生返事をして、ようやく解放された私は部屋を出る。
……あ、そうだ。
このあと、私はウォルターに求婚されたんだった。
祝賀会の挨拶が終わったら、どこかで隠れておこう。
「アリシア? 何を、出入り口で突っ立っているの。行きますよ」
「は、はい!」
母上に促されて、私はようやく足を進めた。