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第十二話 君と帰る故郷(2)


 ペルナの街道を、騎乗した私たちはひた走った。


 日が暮れてきたので、街道近くの宿の食堂で、夕食を取る。


「……すまない、アリシア。結局、私は運命に君を巻き込むことになるようだ」


 王子は林檎酒を飲みながら、眉を下げた。


「いいんですよ、殿下。発破をかけたのは、私ですし。きっと、私たちの運命に王位はついて回るものだったのでしょう。ウォルターが、あそこまでの野心家だとは思いもしませんでしたが」


「彼は、昔から王位を狙っていたのだろうか」


「正直、わかりません。騎士として勤め続けているうちに、野心が芽生えたのかもしれませんし」


 記憶にあるウォルターの言動を、思い出してみる。


 彼は野心を匂わせることもなく、モーゼズ王子に忠実に仕えていた。


 でもたしかに、専属護衛騎士をやるには身分が高いな――と思ったことを覚えている。


 名誉な職業だし、身分が高くて不利なことはない。だが、ウォルターは公爵家の跡継ぎで、ずっと王子を守り続けることはできない。


 専属護衛騎士が事情により続けられないときは、また新たな騎士を選抜するのが慣例だ。


 しかし、大体は生涯ずっと専属護衛騎士という場合が多いらしい。


 跡継ぎでない次男坊や三男坊の応募が多いのは、そのせいもあるだろう。


 ……それを言うなら、私もだが。


 実際、ウォルターとの結婚が決まっていたし。


 私たちはどちらも、専属護衛騎士を辞めることになっていただろう。


 しかし、私はサフィラス王子への異常なまでの敬愛があったからこそ、試験を受けた。


 ウォルターに、そんな敬愛の念があったとは思えない。結局、モーゼズ王子を殺したわけだし。あるとすれば、打算だ。


「やっぱり、最初から野心があったのかもしれません。私にすぐ求婚したのも、よく考えればおかしい。ウォルターは、第二王子の専属護衛騎士を婚約者にすれば、第二王子の情報を集められると思ったに違いありません。私への愛情も、おそらくなかった。ウォルターは、どうなっても私も巻き込んで殺すつもりだったのでしょう。私は、王妃になるには……問題はなくても、物足りないはずです」


 侯爵令嬢という身分は、王妃になるには不適格とはいかなくても、王ならもっと上の身分の女を娶ることができる。それこそ、他国の王女も候補にあがってくる。


 外交のことを考えるのなら、他国の王女というのはかなり魅力的だろう。


 そのことを話すと、王子は腕を組んで考え込んだ。


「君をあくまで情報源として見ていた、か……。ありえるね。となると、ウォルターは相当用意周到な男だということになる。気をつけて、かからないと」


 王子の懸念は、もっともだった。


 


 ペルナ王に発行してもらった身分証は、ラクリマ領主のもの。あながち嘘というわけでもない。


 王宮で発行してもらった通行証と、シルウァにいる遠縁を訪ねるため、国境を越えるという理由書も添えてあった。


 それらの書類を、シルウァとの国境にある門で見せる。


 あっさりと、どちらの国の兵士も私たちを通してくれた。


 ここは、ペルナに亡命したときに通った門ではない。あそこは南側にあるので、今回はシルウァの首都に近い北側を通ることにした。


 シルウァの街道を馬で進んでいると、得も知れぬ気持ちが湧いてきた。


 なんだかんだ、故郷が恋しかったのかもしれない。


 ラクリマ領の海辺の風景や、海風の匂いも魅力的だったけれど。


 大したトラブルもなく、私たちは首都に辿り着いた。


 馬から下りて手綱を引いて、歩く。見慣れた故郷の都の風景に、涙が出そうになる。


 そして――王城の前に、到着した。


 サフィラス王子の顔を見るなり、衛兵は驚愕(きょうがく)の声をあげた。


「サフィラス王子殿下!? 本物ですか!?」


「本物だよ。ついでに、彼女は第二護衛騎士のアリシア・ヴィア。父上――シルウァの国王に、取り次いでほしい」


 王子が堂々と告げると、衛兵はかしこまった様子で、城のなかに消えていった。


 


 私たちは、すぐに城内に通された。


 案内を務める衛兵は、背後の私たちをちらちら見ながら、進んでいく。


「謁見の間にて、陛下がお待ちです」


 衛兵は謁見の間の扉が見えたところで足を止め、「私はこれにて」と行ってしまった。


 扉を守る衛兵たちが、私たちをじろじろ見ながらも大きな扉を開けてくれる。


 王子は凜然とした様子で、謁見の間に足を踏み入れた。私も、彼に続く。


 玉座には、憔悴(しょうすい)しきった顔の王が座っていた。


 モーゼズ王子の死が、応えているらしい。


「……サフィラス、生きておったか」


「はい」


 王子が短く答え、私たちは玉座の近くでひざまずく。


「何があり、何をしておった?」


 王の問いは、簡潔だった。


「保養地に向かう途中で、賊に襲われました。そこで専属護衛騎士のカーティスを失いました。また、襲ってきたのがシルウァの騎士だったため、シルウァ内に敵がいると思い、私は身の危険を感じてペルナに亡命しました。ペルナ王に庇護を求めると、ある領地の領主としての地位を与えられました。今まで、そこで穏やかに暮らしておりました。しかし、今回……兄上の訃報を聞いて、ここに舞い戻ってまいりました。兄上がいないなら、私しか跡継ぎがいない。そう思ったからです」


「あいわかった。だが、お前の他にも王位継承者はいる。お前の方が、継承権は高いがな。私の弟や、姪の息子……。それは重々承知しているだろう、サフィラス。なのに、どうして危険を冒してやってきた?」


 王は鋭い眼光で、王子を見下ろした。


「此度の、兄上の暗殺に……私以外の王位継承者が関わっていると、推測したからです。そんな者に、王位はやれない。国を任せられない。父上、私も王子として帝王学を学んでまいりました。そこで王の心得は、学んだつもりです。卑怯者は、王になれない。国を治めることなど、できない」


「ふむ。弟は病弱で、王位は譲るだろう。なら、彼は犯人から外れるな。とすると、残すは姪の息子――ウォルターしか、いない。お前は、堂々と彼を非難するつもりか」


「はい。そもそも、ウォルターは兄上の専属護衛騎士。彼になら、殺す機会はたくさんあったでしょう」


「言うだけなら、何とでも言える。来い、サフィラス。どうやってモーゼズが死んだか、教えてやる」


 王は玉座から降り、王子を手招いた。


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