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第十二話 君と帰る故郷(1)


 日々が過ぎていき、サフィラスは十六になった。


 今のところ、不穏なことは起こっていないので、安心している。このまま、彼が早く十七になるといい。


 私はぐんぐん回復して、剣を持つのにも問題はなくなった。


 とはいえ、庭で振り回すわけにもいかないので、自室で自主稽古をするぐらいだったが。


 あまりに長い間、剣を手にしていなかったので、なまりになまっている。


 なぜ練習しているかというと、いつ何時また私の剣が必要になるか、わからないからだ。


 ……まあ、私の騎士としての役目が果たす機会が来ないほうが、いいのはいいのだが。


「アリシア! 私だ。話したいことがある」


 サフィラスの叫び声と共に、扉が彼にしては激しく叩かれる。


「……どうぞ。鍵は、開いている」


 促すと、サフィラスは部屋に入ってきて、私の格好を見て目を丸くしていた。


「剣の稽古?」


「ああ。くさっても、私は騎士だから」


 サフィラスは「そう」とだけ、つぶやいた。


「話とは?」


 私が剣を鞘に収めようとしている間に、サフィラスは窓際に近づいた。


「……ペルナ国王から、手紙が届いた」


「陛下から?」


 国王直々の手紙? よほどのことが、あったのだろうか。


「シルウァの……モーゼズ王子が、亡くなったそうだ」


 振り返り、サフィラスは私に告げた。


 私は思わず、剣を取り落とした。


「モーゼズ王子が!? なぜ」


「暗殺者に殺されたという、うわさだ」


「じゃ、じゃあ……あなたは、どうするんだ?」


 モーゼズ王子が死んだ今、直系のシルウァ王族はサフィラスしかいない。


 帰って、王位を継ぐべきだろう。


 だから、ペルナ王も早く知らせてくれたに違いない。


「……どうすればいいか、途方に暮れている」


「でも、サフィラス! モーゼズ王子がいないなら、もう敵はいない! 陛下だって、あなたを認めずにはいられない!」


 私はサフィラスの顔をのぞき込んで、訴えた。


 彼の顔色は、やはり冴えない。


「兄上が殺されたということは……兄上を殺した者がいるんだよ、アリシア」


「あ……」


 そこで私も気づいた。


 一体、誰が。うろたえたとき、ふと思い出した。


「ウォルター!?」


 そうだ、ウォルターの母親は王の姪だった。現シルウァ王には年の離れた兄がいたが、彼は王位を継ぐ前に亡くなっている。ウォルターの母親は、彼の娘だ。


「そう。ウォルターには、王位継承権がある。彼の前に優先される王位継承者は叔父だが、彼は病弱だ。次に譲ると思う」


「だが、ウォルターはモーゼズ王子の専属護衛騎士だ……」


「だからこそ、主君を殺す機会はいくらでもあったはずだよ。父上も、ウォルターを疑わしいと思っても、処罰できないと思う。他に、跡継ぎがいないんだから」


「そんな……」


 力が抜け、思わずベッドに座り込んでしまった。


 もしかしたら私は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。


 モーゼズ王子が、王位継承権が優先される聖痕を持つサフィラスを邪魔に思って消したいのだと思っていた。


 だが、彼に吹き込む者がいたのかもしれない。


 それが……ウォルター。


 私は、とんでもない男と婚約していたのか。


「アリシア。私は、どうすべきだと思う? ここで平穏に暮らせると思ったけれど……」


「帰るべきです」


 私は立ち上がり、サフィラスを――いや王子を見つめた。


「そんな簒奪者(さんだつしゃ)に、シルウァを委ねてはいけない。殿下! 私は今一度、騎士に戻ります! あなたも、王子に戻ってください。幸い、ウォルターはあなたは行方不明だとばかり、思っているはず。あなたが帰れば、王位継承権はあなたに戻る。陛下も、今度ばかりは味方してくれるでしょう」


「本当に? 父上は、ウォルターを選ぶかもしれない」


「ウォルターを選ぶ理由が、ありません。だからウォルターは、あなたを消し、モーゼズ王子を消していったのです。失敗できないことは、私が誰よりわかっています。それでも――あなたは、帰るべきです」


 私が強く言い切ると、王子はうなずいた。


「君の言うとおりだ、アリシア。……一旦ペルナ王のもとに行き、それからシルウァに戻ろう」


「はっ」


 こうして、私たちの辺境での穏やかな暮らしは終わりを告げたのだった。




 王から呼び出しがあったので、しばらく留守にする――という言葉を残して、王子と私は旅立った。


 善良なひとたちに嘘をつくのは心苦しかったが、仕方ない。


 シルウァから連れてきた下男下女と御者には、もう戻らないことを話しておいた。彼らはこのまま、ここで暮らすのが安全だろう。


 ラクリマには、また王が領主にふさわしい者を派遣するだろう。


 私はもう猫をかぶる必要もあるまい、と思って男物の旅装に身を包み、馬にまたがった。


 メイドたちは目を丸くしていたが、「お気をつけて!」という言葉と共に見送ってくれた。


 私と王子は馬を急がせ、ペルナの王都に向かった。


 馬から下りて、馬の手綱を引いて雑然とした道を歩いていく。


 城に着くと、見覚えのある衛兵がサフィラスを見るなり、すぐになかに通してくれた。事前に王が、話を通してくれていたのだろう。


 すぐに謁見の間に案内される。


「サフィラス。手紙を読んだのだな」


 王は以前のように、謁見の間に併設された小部屋に通してくれた。


 軽食と酒が用意されていたが、王子も私も酒には手をつけずに水を飲んだ。


 王は、悠然と葡萄酒の入ったゴブレットを傾ける。


「それで、どうするつもりだ」


「シルウァに帰り、王位継承権を主張するつもりです。私がいない今、叔父上が第一王位継承者になっているはず。その間に、帰ります」


「まるで、お前の叔父も無事ではないような言い分だな」


「おそらく、無事だとは思いますが……。叔父はおそらく、次代に継承権を譲ります。叔父上は病弱で、普通にしていても長生きできないと言われていましたから。譲らなくても、彼はそのぐらい待つでしょう。不審死が相次げば、いくらなんでも王も動くかもしれないですし」


「彼、とは誰だ?」


 ペルナ王の問いに、王子は背筋を正して答えた。


「ウォルター・ファーマ。彼の母は、現王の姪。シルウァでは女性に王位継承権がないため、彼が叔父の次の王位継承者になります。彼は、兄上の専属護衛騎士でもありました。兄上を殺せるとしたら、彼ぐらいでしょう」


「ふむ。だが、そんなことはみんな考えるはずではないか? モーゼズ王子を殺した可能性が高い男に、王位をやるだろうか?」


「他に適格な男子がいない以上、父上は仕方ないと思うかもしれません……。証拠がないので、ウォルターの名前があがっていないのでしょうし」


「なるほどな。たしかに、私が受けた手紙のなかには誰が殺したかは書いていなかった。ところでサフィラス、お前はどういう名目で帰るつもりだ? 失踪していた間、何をしていたかを聞かれたらどうする?」


「ペルナの国境付近で刺客に襲われたため、ペルナに入りペルナ王に庇護を求めた……と話します。今回、モーゼズ王子の死で彼がもう私を狙わないとわかったので、帰ってきたと。聖痕のことも明かします。父上は、私を認めざるを得ないでしょう」


 すらすらと王子が答えると、王は感心したようだった。


「そこまで考えているのなら、大丈夫だろう。だが、気をつけろよ。お前はまた、権力の中枢に戻ることになるんだ。……此度(こたび)の件、静観する手もあるんだぞ。ラクリマ領は、よく治められていると聞く。私としても、有能な領主を失うのは痛い」


「……申し訳ありません、陛下。しかし、私は帰るべきだと思います」


「わかった。兵は貸せないぞ」


「心得ております」


「せめて、少し支度金を渡そう。私からは、それだけだ。互いに王としてまみえる日を楽しみにしているぞ、サフィラス」


「はっ。ありがとうございます。ご期待に添えるよう、尽力いたします」


 王子は凜とした声で答えた。

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