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第十一話 私のかかった病(1)


 きっと、心労がたたって一時的に弱っただけなんだろうと思っていた。


 心身共に丈夫な私にしては、かよわい理由だが、初めて死にかけたあの日から、ずっと気を張り詰めていたんだ。そういうこともあるだろう、と楽観的に考えていた。


 しかし私の体調は一向によくならず、一日のほとんど眠って過ごすという日々が続いていた。


「アリシア。おはよう。今日の体調は、どう?」


 ベッドの傍の椅子に座ったサフィラスが私の手を握って、心配そうに問いかける。


 今は何時だろう、と首をめぐらせる。おはようって言ってたし、窓から差し込むのは、朝日だろうか。


「おはよう……。今日も、なんだかすごく疲れている……」


「全然、よくならないね。医者も、これで三人目だというのに、みんな原因がわからないって言う。……やっぱり、試してみようか」


 サフィラスは立ち上がり、机に置いていた本を手に取って、戻ってきた。


「それは?」


「魔法の本だよ。何冊か、この城の図書室にあってね。祖先に魔法使いがいたのかな。……私が知らない魔法が載っている本も、あった」


 サフィラスは私に向かって手をかざし、呪文を唱えた。


 何が起きているのだろう。


 わからないまま、サフィラスのほうを見ていると、彼の前に魔法陣が浮かび上がった。


「……君の胸に、黒い影が見える」


 サフィラスはつぶやき、手を下ろした。魔法陣は、どこかにかき消える。


 どうやら、透視魔法だったらしい。


「あの影は、なんだろう。医術魔法の本に載っていると、いいんだけど」


 サフィラスの声を聞きながら、私はまたうつらうつらしはじめた。


「アリシア」


 声をかけられ、目を開ける。


「さっきの影の正体が、わかったよ」


 サフィラスは、さっきと違う本を手にしていた。


 いつ、それを取りに行ったんだろう。一瞬眠っただけだと思ったのに、長い時間眠ってしまっていたらしい。


「影の正体……?」


「そう。魂に強い魔法を浴び続けると、罹患(りかん)する病だ……。魂が負荷に耐えきれなくなり……」


 そこまで読んで、サフィラスは言葉を詰まらせた。


「死に、至ると……」


 私はそれを聞いても、あまり驚かなかったし、悲しい気持ちも湧いてこなかった。


 ああ、そうなのか……と、ぼんやり思うだけで。


 きっと、強い魔法とは時間遡行の魔法のことだろう。私は、二回それを浴びた。


 もし今回失敗してまた時間遡行の魔法をかけられていたら、世界のひずみ云々の前に、私の魂が耐えられなかった可能性が高い。


 それなら……今回でサフィラス王子が、平和に生きられる世界にできただけでも、よかった。


 私がそのことをとうとうと語ると、サフィラスは首を振って、目元を拭っていた。


 あのサフィラスが、泣いている……?


 私の死を、いたんでくれる?


 それは、(くら)い喜びだった。サフィラスと共に生きることはできなくとも、悲しんでもらえるような存在にはなれたわけだ。


「アリシア。この本には、治療法なしと書いてある。だけど、教えてくれたね。君は、エルフの世界に行ったことがあると」


「ああ。二回目のとき……エルフの世界を、訪れた」


「行き方を教えて。エルフを訪ねよう。エルフなら、なにか知っているかもしれない」


「なにも、特別なことはしていない。伝承通り、ひとけのない川のほとりで待っていたら、エルフの世界に渡る小舟が来た。野心を持っていたら迎えが来ないらしいけれど……前のとき、私たちはふたりともエルフの世界に行けた。問題ないかと」


「わかった。よさそうな川辺を、探してみる。――その前に、朝食を持ってこさせるよ。少しでもいいから食べてね」


 サフィラスは私の髪を撫でてから、退室した。


 しばらくして、メイドが「失礼します」と言って朝食の載った盆を手に入ってくる。


 パンにスープにミルク、といった簡素な朝食だった。


 私はパンをスープやミルクにつけてふやかし、どうにか口に入れて嚥下(えんか)した。


 訓練のせいでいつも腹を空かせていた自分が嘘のように、食欲が湧いてこなかった。


 無理矢理腹に詰め込んだものの、半分も残してしまった。


「もう食べられない。悪い……」


「いえ。具合が悪いのですから、お気になさらず。アリシア様、なにかあったらすぐにベルを鳴らしてくださいね」


 メイドは親切だった。


 この城で働くひとは、新しい主人やその婚約者に対して、とても温かに接してくれる。


 彼女に「ありがとう」と言うと、にっこり笑って盆を手に出ていった。




「アリシア」


 サフィラスの声で目を覚ます。部屋が暗い。もう、夜が来たらしい。


 彼はベッドの傍の椅子に座っており、私の目が開いたのを確認して地図を広げた。


「エルフの小舟を待つのによさそうなところを、見つけたよ。明日、早速行こう」


「明日? 早いな」


「早いほうがいいだろう?」


「家臣は、心配しないのか?」


「君にきれいな空気を吸わせたいから、遠乗りに行くと言うよ。私も剣は使えるし、護衛はいらないと断る」


 護衛なしの遠乗りなんて、王子時代には許されなかっただろうな……。


「王都に行って、治療法が載っている本を探そうかとも、思ったんだけどね。エルフのところに行ったほうが早いと思って」


「それは、そうだな」


 人間が知っていてエルフの知らない魔法関連の知識なんて、ないだろうし。


 サフィラスは、焦っているように見えた。


 それだけ、私が弱ってしまっているのだろうか。


 


 翌日、私たちは遠乗りという名目で城を発った。


 私はひとりで馬に乗る体力がなかったので、サフィラスの前に乗せてもらう。


 馬は草原を駆けていった。


 抱きかかえるようにして乗せてもらっているので恥ずかしいが、赤面するほどの元気もない。


 しばらくうとうとしていると、「アリシア、着いたよ」と声をかけられる。


 サフィラスに手伝ってもらって、馬から下りる。


 辺りを見渡す。森の傍に、川が流れていた。


 サフィラスが木に馬の手綱をくくりつけているのを見て、既視感に襲われる。


 前の世界で、私もよく似たところでエルフの舟を待ったんだったな……。


 あのときは、伝承が本当かどうかもわからないから、不安で仕方なかったっけ。


「アリシア、座っておきなよ」


 サフィラスは地面に、丈夫そうな布を敷いた。


 有り難く、私はその上に腰かけ、サフィラスも隣に座る。


 その姿勢のままではいられず、首が揺れる。


 心得たようにサフィラスは私の頭に手をやり、自分の肩にもたせかけてくれた。


「……すまない」


「いいんだ。私こそ、ごめん。私は――おそらく、知らなかったんだと思う。時をさかのぼる魔法は、君を救うためだけにかけたはずだ」


「そうだろうな……」


 前の世界で、「もし今度時をさかのぼったら、護衛騎士を目指しちゃだめだ」と言われたことを思い出す。


 サフィラスはいつも、私のことを考えてくれた。自分だけが助かろう、なんて思いもせずに。


 最初のときは、サフィラスも私にも婚約者がいたけれど。もしかして、あのときも憎からず思ってくれていたんだろうか?


 どのぐらい、待っただろうか。


 ぎい、ぎい、という(かい)の音で目を覚ました。


「アリシア。来たよ。あれだね?」


「ああ……」


「よし、行こう」


 サフィラスは私を抱き上げて、小舟に近づいていった。




 小舟に乗ったあとも、サフィラスは私を抱いたままだった。


 体を冷やさないようにか、自分のマントでくるんでくれる。


 なんという贅沢……と思いながらも、私は眠りの世界と(うつつ)の世界を行ったり来たりしていた。


「ああ、着いたみたいだよ」


 サフィラスに返事もできず、私は眠気に負けた。


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