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第九話 君と逃げた先に(3)



 カーティスが合流することのないまま、私たちは街道を走り抜けた。


 いよいよ、国境にある門にたどり着く。門を守る兵士に、馬車の窓から王子が書状を見せる。


 地方貴族を装った、偽の身分証だった。ペルナ王の遠縁にあたる貴族への訪問を目的として取った、シルウァからペルナへの通行許可証も次いで見せる。


 私はどくどくする心臓を意識しながら、やりとりを見守った。


 シルウァ側の兵士はふたり。ペルナ側は、襲ってこないはず。ふたりなら、私ひとりでもどうにか相手にできる。


 いつでも抜剣できるようにして、気を緩めなかった。


「ペルナには、何の御用で?」


 兵士が事務的に問うてくる。


「書いてあるとおりだ。シルウァで開かれた夜会に来ていた、ペルナの貴族と気が合ってね。手紙を通して交流していたんだが、このたびペルナに招かれたというわけだ」


 王子が少し大人びた声音で答えると、兵士は馬車の窓のなかを覗き込んで王子をまじまじと見た。


 彼が王子と面識があったら、万事休すだ。……しかし、国境に配備される兵士は王の騎士団ではなく、それぞれの地方で集められた騎士団から派遣された者のはずだから、王城に来る機会は全くないか、あっても少ないはず。


 頼む。面識なし、であってくれ。


 出発前に、国境で王子の顔を隠す案も出たが、それだと怪しまれるだけだと却下されたのだ。


「……了解。通ってよし」


 許可を出されて、ホッとして私たちは馬を進める。


 門の向こうに出た途端、馬から落ちそうになるぐらい安堵した。


「身分証と、通行許可証を」


 ペルナの兵士に促され、王子はまた馬車から窓越しに手を伸ばして書類を見せていた。


 兵士の言葉は、少し訛っていた。ペルナ訛りか……。


 ここは、もう異国なんだ。


 私は空を仰ぐ。シルウァと何も変わらない、青い空だった。


 


 私たちは国境近くの宿に泊まった。


 カーティスらしき男が来たら、近くの宿にいると教えてくれと国境を守るペルナの兵士に頼んで。


 多めにチップを握らせたので、言うとおりにしてくれるだろう。


 夜になって夕食を取る。


 宿の食堂は、ひともまばらだった。


「……来ないな、カーティス」


 王子が痺れを切らしたように呟き、私はこんがり焼けた鶏肉を切り分けるナイフを止めた。


「どうしますか、王子。明日も待ってみますか」


「そうしたいところだが……。あまり国境近くにいると、危険だ。あのふたりがカーティスを負かし、城に戻って増援を呼ぶかもしれない。大きな軍勢は門で止められるだろうが、旅人に身をやつした騎士数人ぐらいなら、書類があれば通ってしまうだろう」


「そうですね――。わかりました。私たちは、ペルナ王の城に向かいましょう。カーティスは……カーティスを、信じるしかありません」


 拷問されていたらどうしよう、と手が震えた。


 いや、カーティスは天使だ。それに、捕まるのが一番怖いから、そのときは体から出ていくと言っていたではないか。いざとなれば、肉体を捨てるだろう。それは死ではない……悲しむことはない。


 バンッという音を立てて、男がひとり入ってきた。


 ペルナ側の国境にいた兵士のひとりだ。交代の時間なのだろう。


「はー、疲れた」


 男は、少し離れたテーブル席に座っていた。


「いらっしゃいませえ」


「やあ、アンナ。今日もきれいだね」


 接客に来たウェイトレスを褒めて、でれでれしている。


「ふふ。ご注文は? お疲れみたいね」


「麦酒と……今日のおすすめメニューを適当に。ああ、疲れたよ。立ちっぱなしの仕事だからな。……それに、何でもあっちで問題が起こったらしい」


「あっちって?」


「シルウァ側だよ。騎士たちが乱闘して、流血沙汰になったそうだ。騎士のひとりが、門の近くまで来たらしい。許可証がなくて、シルウァ側は通さなかったんだ。そしたら、男は立ち去ったと。ひどい怪我をしていたから手当てをしようとシルウァの兵士が呼び止めたらしいが、彼は行ってしまったらしい」


 そこまで聞いて、私は血の気が引くのを覚えた。王子の顔も、青ざめている。


 カーティスは、国境まで来たのか?


 いざというときのために、私もカーティスも身分証と通行証をそれぞれ持っていた。なら、そこまで来たのはカーティスじゃない?


 それとも、乱戦で落としてしまったのだろうか。


 とにかく、カーティスの合流は難しいだろう。


「殿下――」


 隣席の王子の耳に、私はささやいた。


「そのまま、食事を続けながら聞いてください。カーティスの中身は、天使です」


 私が声をひそめて告げると、王子は愕然としていた。


 下男と下女と御者には、聞こえていないようだ。


「いざとなれば、肉体を捨てるでしょう。それは、死ではありません。本来、カーティス・アウルムは死んでいるのです」


 私が簡単にカーティスのことを説明すると、王子の顔にいくぶん血の気が戻った。


「カーティスは待たず、ここで一泊し、すぐに城に向かいましょう」


 本当は夜通し駆けたかったが、夜はどの国でも野盗が出るので危ない。


 今の護衛は、私ひとりだ。無茶は避けたかった。


「……わかった」


 それだけ答えて、王子はなんでもない振りを装って食事を続けた。


 


 部屋は三部屋取った。


 下女が一人部屋を、下男と御者が二人部屋を使う。


 私は警護のために、王子と同室にしてもらった。私たちは二人部屋だ。


 ベッドはひとつしかないので、もちろん私は王子にベッドを譲った。


「広いから、ふたりでも眠れるのでは?」


「気にしなくて、大丈夫です。私は床に座ったまま、眠ります。何かが起きたらすぐ、動けるように」


 王子に心配されたが、私は安心させるように微笑んだ。


「殿下は、ゆっくりお休みください。念のため、剣や荷物は枕元に」


「わかった。おやすみ、アリシア」


「おやすみなさい、殿下」


 挨拶をしたあと、私は部屋に置いてあった燭台の火を消す。


 窓から月明かりが差し込んでいるので、まだ明るい。


 私は床に座って、ベッドにもたれかかり、剣を抱くようにしてうつむいた。


 今からでも、カーティスが合流してくれればいいのに。


 いつしか、私はカーティスにかなり頼っていたらしい。


 また、逆行した世界のなかでひとりぼっちになってしまったみたいで、心細くて仕方がなかった。



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