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第二話 私が時をさかのぼった世界



「――ウォルター! 止めろっ!!!!!」


 叫び声と共に、私は目を覚ました。


 ……はい?


 目に入ったのは、白い天井。ついでに、私はふかふかのベッドの上に横たわっていた。


「どうなってる?」


 背中は、もう痛くない。起き上がって、念のため、手を背中に伸ばす。血がつくどころか、傷らしきものすらなく、痛みは全くなかった。


 私はたしかに、ウォルターに背中を刺され、前に倒れて……最後に剣で首を斬られて殺されたはずだ。


 おかしいな、と思って手を見る。


 んん?


 私の手は、こんなに小さくなかったはずなのだが……。


 剣だこができていて、骨張っていて大きな手だと母が嘆くぐらいには、女性にしては大きな手だったはずだ。


 今見下ろしている手は、剣だこはできているものの、愛用の剣が握れるか心配になるぐらい、小さかった。


「……まさか」


 つぶやいて、私はベッドから下りた。部屋の片隅に立てかけてある姿見に自分を映して、私はもう少しで悲鳴をあげるところだった。


 見覚えがなかった、わけではない。私……だった。ただ、十二歳ぐらいの。


 まっすぐな、ダークブロンドは腰ぐらいまで伸ばされている。猫のようなつり目気味の、緑の目。痩せぎすの体。間違いない、昔の私だ。


 鏡の自分と手を合わせて、まじまじと私を見る。


 先日、十六歳になったばかりのはずなのに。


 そこで鈍い私も、ようやく状況が把握できた。……四年ほど、時をさかのぼったのだと。


「おーい、アリシア」


 扉ごしに響く声は、兄ジャスティンのものだった。


「すごい声が聞こえたけど、大丈夫か? 入ってもいいか?」


「兄上! 大丈夫だ! ちょっと待って!」


 慌てて部屋靴をはいて、扉まで駆ける。体が小さくなったせいで、感覚がいまいちつかめない。扉まで、こんなに遠かったかな。


 扉を開けると、背の高い兄が青い目で見下ろしてきた。


 私より明るい金髪を長く伸ばして、ひとつに束ねている。


 四年前だと、兄は十五歳のはずだな。


「ウォルター、って叫んでなかったか? そんなにライバルが気になるのか?」


「あ、ああ……。まあ、そうだな」


 そうか、十二歳のこの時点ではまだ王子の専属護衛騎士は決まっていなかったんだ。立候補したのが、私やウォルター……。ほかのひとたちについては、あまり覚えていない。


 ついでに、今はウォルターとも婚約者同士ではない。よかった。あんな男と知っていたら、婚約など受けなかったのに!


「アリシアも酔狂だよなあ。専属護衛騎士になりたい、だなんて。侯爵令嬢なんだから、おとなしくしてたら、いくらでもいい縁談があるってのに」


「うるさいな。兄上は保守的すぎる」


「俺は兄として、心配してやってるんだよ。専属護衛騎士なんて、体を張って命を守らないといけないんだぞ。……お前がやりたいって聞かないから、母上も父上も折れたけどさ……今からでも考え直して……」


「黙ってくれっ」


「その話し方も令嬢としてさあ……」


 このままではいくらでも愚痴を吐かれそうだったので、扉を閉めることにした。


「アリシア! すまん、言い過ぎた! 機嫌を直して、開けてくれ!」


「着替えるだけだ」


「そうか。じゃあ、先に食堂に行っておくからな」


 兄がそう言い残して、足音が遠のいていった。


 我が兄ながら、切り替えが早いな。


 ため息をついて、私は寝間着から着替えることにした。


 


 質素なドレスに着替えて、私は食堂に向かう。


 視線が低くなった以外は、記憶にある家と何も変わらない。


 食堂に入って、私は一礼する。


「おはようございます。父上、母上、兄上」


 家族に挨拶をしてから、いつもの席に座った。


「おはよう、アリシア。ん? なんだか涙ぐんでいないかね?」


 父が首を傾げる。


 しまった。平和な光景に感動して、つい泣きそうになってしまった。


「いえ、何でもないです」


「……実は今朝、アリシアは叫んでいたんですよ。悪い夢を見たようで。しかも、ライバルのウォルターの名前を……」


 こっそり、とは言いがたい声量で兄が母に教えていた。


「まあ。大丈夫なの、アリシア? 専属護衛騎士選抜試験が近づいて、神経質になってるんじゃないの? 今からでも、取りやめてもいいのよ」


 母は心配そうに、私を見てきた。


 元々、母上は私が騎士になることに反対している。ここぞとばかりにたたみかけられて、私は「いいえ!」ときっぱり答えた。


 冗談じゃない。私は、今度もなんとしてもサフィラス王子の専属護衛騎士にならなければらないんだ。


 そして、彼を救う。


 彼が死んだと聞いたとき、自分が死ぬかもしれないという恐怖を凌駕(りょうが)して、絶望した。


 なぜ、時間が巻き戻ったのかはわからない。


 だが、二度とあんな事態に陥らないようにしなければならない。


 そのために、私はどう動くべきなんだろう。


 堅いパンを千切って食べ、紅茶で流し込む。


 ふと、さっき母の言っていたことが気になった。


「兄上。専属護衛騎士選抜試験って、いつでしたっけ?」


 私の問いに、兄は露骨に眉をひそめていた。


「お前、大丈夫か? 昨日まで、指折り日にちを数えていたっていうのに」


「ど忘れしたんです!」


 必死に言い張ったが、兄だけでなく両親も私を不思議そうに見てきた。


 たしかに……私が専属護衛騎士選抜試験の日程を忘れるなんて、ありえない話だ。


 サフィラス王子を一目見たときから、彼に仕えると願って、かの日が来ることをずっと待っていたのだから。


「医者に診てもらった方がいいんじゃないか? ……試験は、明後日だよ」


「ありがとう、兄上」


 礼を言って、私は食事を再開する。


 明後日か……。あのとき、私は選抜試験で一位を取った。


 王子の専属護衛騎士を選ぶ試験なので、一位になったら誰に仕えるか選べる。


 私は当然サフィラス王子を選んだのだが、モーゼズ王子が面白くなさそうにしていたっけ。


 普通は第一王子を選ぶのが普通だ。次の王は、第一王子なのだから。


 あ、そうだ。試験のあとの祝賀会で、ウォルターに求婚されたんだったな。


 あのとき、私は「同じ王子の護衛騎士だし、ちょうどいいか」と思ったんだ。それに、ウォルターの家は公爵家で、うちは侯爵家。家柄からして、あちらが上なのでこちらからは断れない。


 ウォルターに求婚されないよう、動かないといけないな。


 試験は、きっとなんとかなるだろう。


 今の私には、四年分の訓練が秘められている。“かつての十二歳だった私”より、うまくやれるはずだ。


「今度はだんまりだわ。アリシア、本当に大丈夫なのかしら」


「緊張してるんじゃないか?」


 母と父の声を聞き流しながら、私はしっかりと食事を取った。


 


 朝食後、服を男物に着替える。チュニックの上に、短いベストを羽織り、細身のズボンをはいて、靴はロングブーツ。髪は邪魔にならないように、高い位置でひとつに結わえた。


 その姿で部屋を出て、廊下を歩いていると通り過ぎたメイドたちが黄色い声をあげていた。


「きゃあ、アリシア様よ!」


「素敵ね! 正に男装の麗人!」


 ……別に、男装しているつもりはないのだが。動きやすい服となると、自然と男物になるだけだ。


 護衛騎士の制服も、男物だった。珍しい女騎士に合わせて女性用の制服を作る手間はかけられなかったのだろう。そのせいか、密かに女性に憧れられているという噂を聞いたり、実際に手紙をもらったりしたが、私は特に反応しなかった。


 興味があったのは、サフィラス王子だけだったから。


「お前は病的だよ」と、兄上に言われたっけ。……以前の兄上に。私が十六のとき、兄上はもう結婚していた。


「混乱するな……」


 つぶやき、ようやく庭にたどりついたことに気づく。


 練習用の――刃を潰した剣を、腰にくくりつけた剣帯の鞘から抜いて、構える。


 特に何も考えず、素振りをしていく。


 教わったことを思いだし、練習して身につけた型を復習していく。


 そうやって動いていると、混乱している心も凪いでいく気がした。


「練習相手はいかが? アリシア」


 声をかけられて振り返ると、兄が立っていた。


「兄上。いいのですか?」


「どうせ休暇中で暇だしな。俺も、練習しておかないと団長にどやされる」


 兄は、王立騎士団に所属していた。十四のときに入ったはずだ。


 父上が引退して侯爵を継ぐまでは、騎士団に入っておくと言っていた。


「いいぞ。ところで、敬語になったりならなかったり……変だな」


 兄に不審そうに見下ろされて、私は焦った。


 そうだ。昔は敬語なしで話していたんだった。でも、兄上が結婚したあとは、私は敬語で話すようになった。両親の前では、敬語だったはずだ。


 言葉遣いも混乱していたらしい。


「やっぱり、調子が悪いんじゃないか?」


「そんなことはない。練習相手、お願いしよう」


「よし。来い!」


 私は小一時間ほど、兄と剣を打ち合った。十五の兄上とは、おそらく互角ぐらい。しかし、いかんせん力負けしてしまう。しかも、今の体は十二歳だ。十六のときの要領でやっていたら、体力が持たない。


 私が探り探り剣を繰り出していることに気づいたらしい。兄は、しばらくして「ここまで!」と叫んだ。


「……昨日までと、剣筋が少し違う。どうしたんだ?」


「少し、試したくなって」


「剣術の本でも読んだのか?」


「そ、そんなところだ」


 兄の勝手な解釈に、乗っかることにしておいた。


「ま、お前の自由だけどな。試験で勝ち上がるには、付け焼き刃の剣術よりも、慣れた剣術を使う方がいいと思うぞ」


「わかった。ありがとう」


「どういたしまして。じゃ、根を詰めすぎないようにな」


 兄上は手を振って、行ってしまった。


 私はその後も、なんとか十二歳の体で無理しないように、剣筋の復習をした。


 うん、多分大丈夫だろう。


 未来を変えるためにも、試験でつまづくわけにはいかない。


 ……サフィラス王子。絶対に、次こそはあなたを守ります。


 空を見上げて、私は主君を想った。


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