第八話 君とまた向き合う世界(1)
こうして、第二護衛騎士として王子に仕える日々が始まった。
カーティスの采配なのか、専属護衛騎士だったときとそう変わらない頻度で王子に会うことができた。
違うのは、常にカーティスが傍にいることだ。
王子は私を、特別な目で見てはいないようだった。
前の世界で、告白めいたことをささやいてくれたのが嘘のように。
王子は私と事務的に接した。
仕方ないか。今の私は十二で、王子は十四。
たった二つといえど、この年代で二歳差は大きい。
王子から見れば、私はまだまだ子供だろう。
かといって、王子に迫る度胸も自信もなかった。
私は王子や城のメイドたちから、王妃の情報を集め続けた。
私が知っていたのと、大差のない情報だ。
王との仲は微妙。王子と毎日顔を合わせるわけではないが、会えばかわいがる。義理の息子モーゼズ王子とは距離がある。
王妃に聖痕のことを勝手に知らせるわけには、いかない。王子の許可が必要だ。
私があがいているうちに、日々は過ぎた。私は十三になり、王子が十五になった。
カーティスが、これ以上は縁談を引き延ばしにくいと嘆いてきた。
あと一年で、王子が十六になる。本来予定されていた死の年に――。いい加減、動かねばならなかった。
ある昼下がり、私はカーティスの部屋で、カーティスに秘密の相談をした。
「王子に聖痕があることを、私が知っていると明かしたい」
「どうやって知ったと問われるぞ」
「……時をさかのぼった事情は全て話す。もとより、事情を明かさなければ亡命という思い切った手には乗ってくれないだろう」
私と王子の距離は、縮まらないままだ。カーティスが積極的に、ふたりきりにしてくれたのに。
ふがいないが、これ以上待っていられない。
「わかった。俺も同席しよう。俺がお前を信頼しているなら、王子もお前を信じてくれるだろう」
カーティスは完璧に王子の信頼を勝ち取っているらしい。羨ましいやら、妬ましいやら。
「頼んだ。王子の予定が空いているときに、話しにいく。予定を知らせてくれるか」
「了解。日時は、おって知らせよう」
カーティスは気楽に請け負った。
あの会話から三日後、私は王子と話す機会を得た。
カーティスも同席し、私たちはテーブルを囲んで座る。
「カーティスが、君から大事な話があるって言ってたけど……何?」
王子は頬杖をついて、こちらをまじまじと見つめた。
「まず、とんでもないことを言いますので、信じられないと思うでしょう。でも、これは嘘ではありません。事前に、カーティスにも話してあります」
「アリシアの言うとおりです。俺は前もってアリシアの話を聞いて、信じました。アリシアは嘘をつく娘ではありません。だから、殿下もどうか信じてやってください」
カーティスの助け船に小さく「ありがとう」と礼を述べてから、私は話し始めた。
私が、二度も魔法で時間をさかのぼったこと。その魔法の行使者は王子だったこと。聖痕があると、知っていること。二度目の世界で王に聖痕のことを明かし、味方につけようと思ったら反対に裏切られ、ふたりとも殺されたことも……。
全てを語り終えて、私は息をついた。
王子は目を見張って、言葉をなくしていた。
「信じがたい話だ。でも……聖痕のことまで知っているとは。アリシア。私の聖痕はどこにある?」
「左の脇腹にございます」
即答すると、王子は額に手を当て、質問を重ねた。
「聖痕はいつ、現れた?」
「それは、詳しくは聞いておりません。しかし、数年前に着替えや入浴を手伝わせなくなったときあたりに現れたのでしょう。生まれたときには、なかったはずです」
「……どうやら、本当のようだな。聖痕のこと、今は他の誰にも言っていないね?」
王子は怯えたように、私とカーティスを詰問する。
誰にも言っておりません、と私たちはほぼ同時に答える。
「アリシア。私と君は、二度も死んだのか。そして君は、二年遅れで生まれることになった……」
「そうです。これ以上時をさかのぼる魔法を使えば、また違う影響が出るかもしれない。だから、殿下。今回で最後にしたいのです。私は二度も絶望感を味わった。それに今回は、あなたの専属護衛騎士になれなかった」
「……もちろん、そうしよう。二度も仕え、こうして第二護衛騎士になってくれたことを有り難く思う。アリシア、君の忠誠は本物だ」
「身に余る御言葉です」
胸がいっぱいになって泣きそうになったが、私は首を振って続けた。
「殿下。二回の人生を経て、わかったことがあります。モーゼズ王子と国王陛下は敵です。彼らに聖痕のことは、絶対に知られてはなりません」
一回目のとき、モーゼズ王子の裏に国王がいた可能性も否定できない。とにかくこのふたりは、王子にとっては身内でありながら毒薬に等しい。
決して、油断してはならない相手だ。
「しかし、殿下には味方が必要です。王妃殿下は、聖痕のことをご存知ですか」
「いや、知らないはずだ。聖痕は、私が七つのときに現れてきたから……。母親といえど、知らないだろう」
「そうですか。王妃殿下には明かし、ペルナに亡命するべきだと思います。いかがですか」
「だが……私には、ニクスからの縁談が来続けている。そろそろ受けてもいいか、と思っていたところだ。ニクスに行けば、兄上も父上も手を出せまい」
「ニクスへの婿入りを待っていたら、王子は処刑されます。間に合わないのです」
一度目の処刑のことを語ると、王子は表情を強ばらせた。
「私はペルナへの亡命を薦めます。王妃殿下に協力を請うのです。王妃殿下は、王子の味方ですよね?」
「……ああ」
王子はゆっくりとだが、うなずいた。
この反応なら、間違いない。国王について語るとき、王子はどこか自信がなさそうだった。あのときは私が押し切ってしまって、失敗した。王子の反応を信じるべきだ。
「わかった。母上に相談しよう。亡命には、君たちもついてきてくれるのか」
問われ、私たちは同時にうなずいた。
私はもとより、覚悟はできている。カーティスも、そうだろう。
「そうか。安心した。カーティス、母上との秘密の面談の手配を。父上には知られないように」
「かしこまりました」
カーティスは一礼し、早速立ち上がった。
「ここからは、アリシアともっと話してください。ほら、アリシア。しっかりしろよ」
私を激励して、カーティスは退室してしまった。
ふたりきりになって、私はおずおずと口を開いた。
「実は……私は、前の世界で王子と婚約しておりました」
「婚約? 本当に?」
「はい。実は、一度目の世界では私はウォルターと婚約しておりました。ウォルターは、選抜試験のあとに求婚してきたのです。二度目の世界では、それを避けようと思って隠れていたら……王子が自分と婚約すればいい、と言ってくれて。私を助けるためだけだと思っていたのですが、そのあと前から気になっていたと教えてくれて……」
甘い絆は、今はもうない。なのに、みっともなくも語ってしまう。また王子が、あのような目で自分を見てくれるのではないか、と期待してしまう。
「そうなのか……。今の君は、どうなんだ?」
「えっ。私、ですか。私は――王子をお守りできれば十分……と思っていたのですが、前回婚約者になれたものだから、少し、期待してもいます」
言ってしまってから、私は頬が熱くなるのを感じた。
私は何を言ってるんだ!
「そうか。嬉しいよ。ありがとう」
「……いえ」
感謝されて、落胆するのは筋違いだとわかっている。
「私が無事に亡命できたら、婚約しようか」
「……はっ。……は、はい!?」
突然の衝撃的な発言に、私は目をむいた。
「だって、君は二度も私のせいで死んだのに、こうやってまた助けようとしてくれるんだろう。報いないとね。それに、君のことは……第二護衛騎士だし年下だしで意識してなかったけど、好ましくは思っているよ」
「で、殿下。もったいのうございます。私は、見返りなんていりません」
「まあ、いいじゃないか。私の決めたことだよ」
王子はくすくすと笑って、私を困らせた。