第七話 再び、戻る世界(3)
私はまた、カーティスの居室に案内された。
「いずれ、お前も王城に部屋を賜るだろう」
そんな説明が聞きたいわけではなかった。
私は、カーティスに食ってかかる。
「なぜ、言わせてくれなかった!? 私は王子に伝えないといけないんだ。聖痕のこと、それを知られて処刑される運命であること。陛下に申し上げても、なんにもならなかったどころか、死に急がせたことも!」
一気に言ってしまい、私はうなだれた。
何年も、出口の見えない迷宮でさまよっているかのような感覚だ。
「落ち着け。まだ、お前は殿下と親しいとは言えない。もう少し時を待て。お前にとっては、ずっと仕えていた主君でも、相手にとっては最近第二護衛騎士になった少女でしかない」
「……わかった。だが、急がないとニクスの王女との縁談が決まってしまう」
「それは、俺がなんとかして引き延ばそう。それよりアリシア、今回はどう出るつもりだ? 前回は失敗したのだろう」
「ああ。私は国王陛下のことを、よくわかっていなかった。陛下は、サフィラス王子にとっては敵に等しい。味方につけるのは不可能だろう」
死をもって、それを思い知った。
「モーゼズ王子がサフィラス王子の秘密に気づく前に、なにか手を打たないといけない。私はここに来るまでも、必死に考えていた。突破口があるとしたら、王妃だ。王妃も、息子のことはかわいいはず。味方をしてくれるはずだ」
「王妃にどう、手助けさせる?」
「……亡命だ。彼女の母国、ペルナに」
私の答えに、カーティスは呆れたようだった。
「それなら、ニクスに婿入りさせればいいのでは? 婿入りの時期を早めればいい」
「だめなんだ。前々回のときで、知っている。ニクスの王女は女王になってからじゃないと、結婚できない。ニクスのブランカ王女が王位を継ぐのは、まだ先だ。それまで、他国の王族は逗留できない」
なぜ知っているのかというと、ブランカ王女が「もっと早くに来てもらいたいのに、それはできない。もどかしい」といった文をよく王子に送ってくると王子が嘆いていたからだ。
「なるほど。それで、ペルナに亡命か……きっとそれも、茨の道だぞ」
「わかっている。カーティス。あなたから見て、王妃はどうだ? 王のように、サフィラス王子を見捨てたりはしないよな?」
「……二年ほど、サフィラス王子を警護していて――見る限り、王妃の愛情は深そうだ。だが、こればかりはお前が判断しろ。俺ができるのは手助けだけだと、言っただろう」
「わかった。私で、見極める」
今度こそは、失敗できない。王妃も味方になってくれないなら、八方塞がりだ。
だが、おそらく大丈夫なはずだ。王子は王妃とよくやりとりをしていたし、お茶会に同行させてもらったこともあったが、王妃は裏表のない性格をしていた。王とあまりうまくいっていないのは、はっきりものを言う性格だからだろう。
王妃は、現ペルナ王の妹で、兄妹仲も悪くなかったはず。王妃が逃亡を手伝ってくれるだろうし、亡命先としてはペルナが一番いいだろう。
もちろん、ペルナ王は他国の王子をなんの利益もなしに引き取ったりはしないはずだが……。
「ペルナだって、魔法使いが欲しいはずだ。そこを利用する」
王子はエルフでさえ使えない魔法が使えるほどの、魔法使いだ。国にとっては、喉から手が欲しいはずだ。
この国――シルウァでは、王位継承権の問題で、その力すらうち捨てようとする者ばかりだが。
「亡命なら、ニクスでもいいと思うけどな。さっきも言ったように、ブランカ王女を庇護者にすればいいんだ。掟など、王子が稀代の魔法使いだとわかれば、変えてくれるかもしれない」
カーティスは、ニクスにこだわった。
「ニクスは、ここに縁者がいない。いたとしても、王族から遠い貴族ばかりだ」
元々、ニクスは五王国のなかでも一番排他的な国だと言われている。サフィラス王子との縁談がまとまったのも、ブランカ王女が強く要望したからだという。
だからこそ、二国の架け橋になれると……一度目の世界で、王子は誇らしげに微笑んでいたのに。
「国内に協力者がいないと、亡命は難しい。国境まで、どうにかして行かないといけないわけだし」
私が息をついたところで、カーティスが笑った。
「なにがおかしい?」
「いや。お前は、自分の気持ちに気づいてないんだなと思って。……なんだかんだ理由をつけているが、お前は王子が他の誰かと結婚するのが嫌なんだろう」
「……っ、違う。私は、彼のことだけを考えて……」
本当にそうか? 本当に……彼のことを考えるなら、ニクスへの亡命も選択肢として入れるべきでは?
「まあいい。判断はお前次第だ、アリシア」
「…………」
答えられず、私は椅子に座って考え込んだ。
もう一度、考えてみる。ニクス。王女。ペルナ。王妃。
「やっぱりペルナに亡命の線で、いってみる。たしかに、私情がないとは言えない。だが、王妃の協力があるとないとでは大違いだ。王妃なら、ある程度国内の貴族にもつながりがあって、亡命もしやすいと思う。ブランカ王女の権力は、ここまでは届かない。王子が婿入りの日にちのめども立たないのに出発したがったら、モーゼズ王子が疑う可能性もある」
考えをまとめて口にしてみると、カーティスは頷いた。
「お前の作戦でいこう。私は口を挟まない」
あくまで責任は私にある、とばかりの言いかただった。
怖くない、と言えば嘘になる。だが、私は自分の作戦を信じることにした。