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第七話 再び、戻る世界(2)



 カーティスの居室に入ると、郷愁と後悔の念がせりあがってきた。


 ここは、私の部屋だったのに……。


 二度目は、この部屋で刺客に襲われたんだったな。


「アリシア。その椅子に座れ」


 テーブルの前の椅子を示され、私はそこに座った。


 机を挟んで、私の正面にある席にカーティスは腰かける。


「さて。人払いもしてあるから、心配はいらない。互いに、嘘はなしだ」


 カーティスは不思議な前振りをしてから、こちらを見た。


「はい……。もとより、嘘などつく気はありませんが」


「それなら結構。アリシア・ヴィア。君が時間をさかのぼったのは、何回目だ?」


 問われ、私は息を呑んだ。


「……何のお話か……」


「嘘はなし、と言ったはずだ。先にこちらの素性を明かそう。私は運命の女神フォルティナ様の使いだ」


「神の使い? て、天使……?」


 神々の使いは、天使と呼ばれる。背中に白い翼を背負った、美しい存在だという。もちろん、私は見たことがなかったが……。


 しかも、運命の女神フォルティナの使いとは――。


 大陸東部――つまり五王国全土で信仰されているアイテリア教の女神フォルティナは運命を司るためか民衆に人気があり、その人気は主神テラに次ぐとされる。


「人間にはわからなくても、神々は時間が巻き戻ったことがわかる。人間の世界と神の世界は流れる時間が違うから、と言えばわかりやすいか? 最近、何回も時間が巻き戻っていて、運命の女神であるフォルティナ様は、これを非常に嘆かれている。時間遡行が繰り返し起こり続ければ、いずれ世界にもひずみが生じてくる。そのため、私を派遣された。カーティス・アウルムは領地の邸宅で病気により死去したところだったが、彼の魂が出ていくと同時に私がカーティスの体に入った。だから、本来この体の持ち主は死んでいるはずなのだ」


 道理で、前回や前々回は立候補しなかったはずだ。カーティス・アウルムは死んでいたのだから!


「あなたは、どうしたいんだ? 時をさかのぼるのを止めさせたい?」


 私はおずおずと、質問を口にした。


「端的に言えば、そうなる。困ったことだ。エルフは摂理を守る生き物だから、時間遡行の魔法が使える者でも使うのを控えていた。だが、人間はそうもいかなかったようだな」


「あなたの口ぶりでは、人間のなかでは王子が初めての使い手みたいだな」


「そのとおりだ。エルフのなかでも、使い手がほとんどいないのが時間魔法だからな。だからこそ、こうして女神は頭を悩ませたわけだ。実際、君の生まれ年は前と変わっているな? 人間の運命に変化が生じ始めた。こうなると、次はどうなるかわからない。君以外のひとにも影響があるかもしれない」


 淡々とカーティスは語った。


 私が知りたいのは、ひとつだけだった。


「あなたは、私の邪魔をするつもりなのか?」


「……本来の運命……君が死に、サフィラス王子も死ぬ運命に戻すべきだ、と俺や女神が考えていると?」


「ああ」


「その道も考えたが、そうしたらサフィラス王子はあの魔法を使う。だから、二人が死なない道を探ると約束する」


「……は? でも、あなたは王子が魔法を知るのを邪魔することだって、できるじゃないか」


「ああ、君は勘違いをしているのか。時間遡行の魔法は、『習う』ものではない。先天的に習得しているものだ。使い手は、やり方がなんとなくわかるんだ」


 カーティスにそう説明されて、私はぽかんと口を開けた。


「じゃ、じゃあ、どうして王子はエルフに習いにいったんだ……?」


「たしかめたかったんじゃないか? 一回目――サフィラス王子が時間遡行の魔法を初めて使ったとき――は、エルフの世界に行っていなかったらしい。死を目前にして、手探りで魔法を行使したのだろう」


「そ、そうだったのか……」


 だとすると、二回目の世界でエルフの世界に行ったとき、サフィラス王子はあくまで確認していただけだったのか。どうして、それを言ってくれなかったんだろう。いや、王子も自信がなかったのかもしれない。本当に、あの魔法が使えるかどうか。


「だったら、私はあなたを味方として見ていいんだな」


「そうだ。そのために、サフィラス王子の専属護衛騎士の座を埋めておいたんだ。君は第二護衛騎士になるが、なるべく二人の時間を取れるように努力する。この世界において、君と王子の絆はまだ浅い。なんとかして深めるといい」


「そのことだが、カーティス……。私は、サフィラス王子が幸せであればいいんだ。たとえ、私との縁がなくなっても……。あなたという心強い専属護衛騎士がいるなら、私は安心できる。いや、第二護衛騎士にはなりたいし、ならせてもらう。でも、王子と仲良くならなくても……守れさえすれば、それでいいんだ」


 私が心情を吐露(とろ)すると、カーティスは息をついた。


「残念ながら、君だけが幸せになって王子が幸せになる運命はない。君たちの運命は絡まり合いすぎた。どちらかが死ねば、どちらかが死ぬ。そういう関係だ。だから、君こそが彼を守るべきなんだ。近しくなるため……できれば前のときのように、婚約まで結べれば上々」


「そうなのか。ふたりで幸せになるしか、ないんだな」


 嬉しいような、心苦しいような、複雑な気持ちだった。


「あと、俺は運命の女神の使いだから、必要以上には手を貸せない。わかるな?」


「わかった。でも、推薦はくれるだろう?」


「当然。剣の腕も合格、面談も合格。……さあ、サフィラス王子に会いにいくぞ」


 カーティスが立ち上がったので、私も慌てて立ち上がった。


 


「失礼します。カーティスです。第二護衛騎士候補の娘を連れてきました」


 と扉を叩いて、カーティスが呼びかけると中から「入って」と応えがあった。


 カーティスが入室し、私も続いて入る。


 サフィラス王子は何か書き物をしていたらしく、机に向かってペンを動かしていた。


 手を止め、こちらを振り返る。


 見慣れたはずの、青玉のような青い目。輝かしい銀の髪は前回見たときよりも長く、背中の真ん中あたりまで伸ばされている。


 サフィラス王子。私が二度も失った主君が、ここにいる。


 前回は、十四までも生きられなかった。


 感極まって泣きそうになったところで、カーティスがひざまずく。私も、彼にならった。


「アリシア・ヴィア。十二歳の少女としては、十分な剣術を身につけております。ヴィア侯爵の娘なら、家柄的にも問題ないかと。先ほど面談をしましたが、王子への忠誠心はずば抜けております。殿下さえよければ、アリシアを第二護衛騎士として迎え入れてほしいと存じます」


 カーティスがすらすらと私を紹介すると、王子は立ち上がってこちらに近づいてきた。


「アリシア・ヴィア。顔を上げよ」


「……はっ」


 見上げて、涙をこらえる。


「どうして、泣きそうになっている?」


 笑って、王子は私の目元に手を伸ばした。王子の指がかすめたまなじりが、熱い。


「王子に仕えられるかと思うと、感激して……。本当は、専属護衛騎士になりたかったのです。しかし、年齢制限で試験が受けられず、悔しい思いをしました」


「はは。そうか……。それほどまでに、私に仕えたいと思ってくれるか」


 王子は一つ頷いて、背を向けた。


「カーティスの推薦もあることだし、アリシア・ヴィアを第二護衛騎士にすることを了承しよう。カーティス、色々教えてやれ」


「はっ」


「殿下……!」


 私が言いかけたところで、カーティスが私の口をふさいだ。その手をはがそうとあがいたが、体格差と力の差がありすぎてどうしようもできなかった。


「まだまだ教えることがある。殿下に申し上げるのは、そのあとにしろ」


 警告を耳にささやかれ、私は抵抗を止めた。


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