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第七話 再び、戻る世界(1)



 目を覚ますと、目に入ったのは見慣れた天井。


 王都にある、別邸の自室だと把握して、寝台から飛び降りる。


 急いで姿見に、自分を映す。


「また、十二歳だ……」


 やはり、王子はまたあの魔法を行使したらしい。


 うまく、いかなかった……。


 私と王子は、前のときよりも早く死ぬ羽目になってしまった。


 またやり直せばいい、と気楽には考えられなかった。


 運命の強制力の強さを、考えてしまう。


 いや、それよりも王への暴露は王子が渋っていたのに、私が強要してしまったようなものだ。申し訳なくて、仕方がない。


 王があそこまで、サフィラス王子に愛情がないとは、知らなかった。


 次は、どうすればいい?


 ……とにかく、また選抜試験だな。訓練をしなければ。


 私は着替えて、部屋を出た。


 今度は兄上は来なかった。寝ながら叫んではいなかったらしい。


 


 朝食の席で、私は隣席の兄に尋ねた。


「専属護衛騎士の選抜試験はいつか、だって? 何を言ってるんだ、アリシア」


「す、すみません。ど忘れしてしまって……」


「ど忘れも何も、第一王子と第二王子に仕える専属護衛騎士は二年前に決まったよ」


 そう聞いて、私は血の気が引くのを覚えた。


『時をさかのぼる魔法を受けた者に、影響が出るらしいです。たとえば、アリシアの生まれ年が変わるとか……。最悪、アリシアが生まれない世界になるとか』


 まさか。生まれ年が変わった!?


 そういえば、十五にしては兄上が大人びすぎている。


「兄上……あなたは、いくつですか」


「ん? 十七だが。それも忘れたのか」


「は、はい」


 震える手で、私は厚切りのハムをナイフで切り分けた。


(二年、ずれている)


 それなら、護衛騎士が決まっているのも不思議ではない。


 護衛騎士を受ける条件のひとつとしてがあるのが、十二歳から二十歳の間の年であること――だからだ。


 今回の世界では、私は試験を受けられなかったのだ。


「サフィラス王子の専属護衛騎士は、どなたですか?」


「カーティス・アウルム。アウルム伯爵家の子息で、俺の元同僚だ」


 ウォルターでなくて、ひとまず安堵する。


 兄上の同僚……ということは、元騎士団か。


 騎士団も、十二歳以上でないと入れなかったはずだ。


「兄上と同じぐらいの年ですか」


「俺よりひとつ上、だったかな」


「そうですか……」


 カーティス・アウルム。知らない名前だ。前のときの立候補にはいなかったはず。


 ああ、どうしよう。王子の専属護衛騎士にもなれないなんて。


『それと、アリシア。もし今度時をさかのぼったら、護衛騎士を目指しちゃだめだ』


 という王子の言葉を思い出す。王子の願いが、今回の時間遡行に影響を与えてしまったのだろうか。それとも、ただのひずみなのだろうか。


 とにかく、今回またあの魔法を使われたら、次はもっと大きな影響が出ることが考えられた。


 私が生まれない、とか。


「兄上。私は、サフィラス王子に仕えたいんです。どうしたらいいでしょう」


「は? だから、第二護衛騎士を目指すって言ってなかったか?」


 兄は私を気の毒なものを見るかのように、見下ろした。


「第二、護衛騎士……」


 聞いたことはあった。私が務めていた専属護衛騎士の他に、王族は第二護衛騎士や第三護衛騎士を雇うこともできる。望めば、第四以降も。


 給金が桁違いな上に、専属護衛騎士の名誉に比べると第二護衛騎士は「傭兵」扱いされがちなので、なりたがる者は少ない。くわえて、身辺の警護は近衛兵や場合によっては騎士団から派遣された騎士で事足りるため、王族もあまり第二護衛騎士を取りたがらないと聞いた。


 だが、一番大事なのは第二護衛騎士でも王子の身辺を警護できることだ。


 専属護衛騎士のような選抜試験はなく、王族の承諾と専属護衛騎士の推薦があれば、第二護衛騎士にはなれる。


 そうか……。「私」が目指しているはずだな。


「……急がねば」


 つぶやき、私は紅茶のカップを口に運んだ。


 今は王子は十四のはず。ニクスの王女との婚約が決まる年だ。


 できればもう一度、私と婚約してもらいたい。下心がないわけではない。正直。


 しかし、それよりも――婚約者なら専属護衛騎士のいないところでも、内密の話ができるだろうという打算があった。


 今の専属護衛騎士カーティス・アウルムは、味方になってくれるかどうかわからない。王子の聖痕を知る者は少ないほうがいい。


「アリシア。大丈夫か? 今日は止めて、別の日にしてもらうか?」


 兄に問われて、私はきょとんとする。


「へ? 今日、何か予定があったのです?」


「それも忘れたのか!? カーティス・アウルムに会う予定なんだぞ。お前を第二護衛騎士に推薦してもらうために。カーティスが推薦するために試験をすると言っていた、と伝えただろう」


「……そ、そうでした! いえ、兄上。今日でいいです。カーティス様に会います!」


 私を差し置いて――年のせいで試験が受けられなかったのだが仕方ないが――専属護衛騎士になった男とやらの顔を、是非拝見させてもらおうではないか。


 明らかに私は、嫉妬していた。




 兄上は今日、私に同行するために休暇を取ってくれたらしい。


 ふたりで馬車に乗り込み、王城を目指した。


「優秀な男でな。しかし病気で一旦、自分の領地に帰っていたんだ。それなのに、いきなり専属護衛騎士の選抜試験に現れて、一番になってサフィラス王子を指名した」


「サフィラス王子を……。モーゼズ王子ではなく?」


「ああ。奇妙だろう? そんな妙なやつは、俺の妹ぐらいだと思っていたがな。サフィラス王子のカリスマ性に惹かれたんだろうよ」


「うんうん、それなら仕方ないな」


 第一王子ではなく第二王子を指名した私のような御仁、ということで私は嫉妬から一転、カーティスに少し好意を抱いた。


 しかし、おかしいな。前のときには立候補しなかったのに、今回は立候補したとか……。


 イシルは、あくまで時をさかのぼる魔法をかけた相手にひずみが生じる、と言っていたのではなかったか? 私の生まれ年が二年遅れたのは納得できるとして、今回に限ってカーティスが立候補したのは、なぜなのだろう?


 城の前に着いて、馬車から降りる。衛兵に兄上が何事か説明をして、書状を見せる。


 衛兵に通してもらい、私たちは待ち合わせ場所の中庭に向かった。


 そこには、護衛騎士の制服を颯爽と着こなした男が立っていた。黒い髪は腰のあたりまであり、(つや)やかだ。目の色は金緑色で、つりめと相まって、猫を思い出させた。


 背は、兄上より頭ひとつ分高い。文句なしの美丈夫だった。いかつい印象はなく、身のこなしはしなやかだ。


 王子と並べても見劣りしない、どころかタイプの違った美形が並んでさぞ眼福だろう。いや私は殿下一筋だが。


「ジャスティン。……と、これがアリシアか」


 カーティスは私を傲然(ごうぜん)と見下ろした。これ、とは随分な言いようだ。


「では、私の推薦に足るかどうか――試験を始めよう。剣を抜け」


「はっ」


 私は鞘から剣を引き抜いた。もちろん、刃をつぶした練習用の剣だ。向こうが抜いたのも、練習用の剣だった。


 剣を打ち合うこと、五回。そこでカーティスは「もういい」と言った。私はうろたえ、「もう一度!」とお願いした。


「焦るな。君の力量はこれでわかった、ということだ。十二歳の少女にしては、よく鍛えている。このあとは、面談だ。君のひととなりを見る」


「……わかりました」


 五回だけの打ち合いでわかるものなのか気になったが、私は剣を仕舞った。


 私にもカーティスが相当な剣の腕を持っていることは伝わったので、熟練者なら五回で十分なのかもしれない。


「ジャスティン、君は帰っていい。ここからは君は立ち会えないし、長引く」


「おいおい、カーティス。そしたら、妹を誰が送っていくんだよ」


「俺が送る。心配しなくていい」


 カーティスがきっぱりと答えたので、兄上も「わかったよ」と肩をすくめた。


「頑張れよ」と私に声をかけて、兄上は行ってしまった。


「ではアリシア。私の居室に」


「はい」


 私はカーティスの後を追って、城のなかに入っていった。


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