第六話 君が隠した真実(3)
城に帰ってすぐ、王子は国王に謁見を申し込んだ。
親子といえど、シルウァでは国王に謁見するのには手続きが必要だ。
幸い次の日は予定が空いていたらしく、王子と私は王の私室に通された。
部屋に入る前に、衛兵が私の剣を預かると言ってきた。私は抵抗せず、剣帯ごと剣を渡す。王子は元から帯剣していないので、その間、少し焦れたように扉を見つめていた。
「お待たせしました、殿下。行きましょう」
「ああ」
王子は覚悟を決めたように、扉の前に立つ。衛兵が恭しく、扉を開いてくれたので、王子と私は王の私室へと入る。
国王はナッツを食べながら、だらしなく寝椅子に寝転んでいた。
彼の傍には、壮年の騎士が佇んでいる。彼が王の専属護衛騎士だ。
「……おお、サフィラス。何か用があるらしいな」
王は座り直し、ナッツの塩にまみれた手を白いハンカチで拭っていた。
「はい、陛下。……お耳に入れたいことがありまして。実は、私は聖痕の持ち主です。数年前に気づき、ひた隠しにしておりました」
王子はコートを脱ぎ、シャツをはだけて印を見せた。
王も騎士も、驚いた顔をしている。
「サフィラス……! なぜ、黙っていた!」
「跡継ぎは兄上と決まっているのに、私が聖痕持ちとわかれば、いらぬ闘争を引き起こすかと思ったからです。しかし、私は父上に明かすことにしました。法律でも、聖痕の持ち主なら、長男より下に生まれた男児であっても王位継承権が回ってくると書いてあります。私は真実を伏せ続けるよりも、名乗り出ようと決意しました。兄上はきっと、怒るでしょうが……」
「…………」
しばらく、王は沈黙していた。
「少し考えさせてくれ。このことは、しばらく伏せておくように。エダートも、わかったな」
騎士にも呼びかけ、王は私たちに約束させた。
これで、終わり?
戸惑う私を王子が「行こう」と促し、私たちは退室した。
その夜、私は眠れないでいた。
王の反応が、気になっていた。数百年単位で現れていない聖痕の持ち主が現れ、どうしていいかわからなかったのだと思うが……。
ふと、私は気配を感じて枕元の剣を取り、鞘から引き抜いた。
暗闇のなか、誰かが剣を振りかぶる。よく見えないが、勘で避けて剣を相手の腹部に打ち込む。
「ぐあっ」
うめき声をあげて、誰かは倒れた。窓のカーテンを大きく開いて、月光を入れる。倒れていたのは、知らない顔だった。賊だろうか?
しかし、王城に賊が忍び込むとは何事だ。
血に濡れた剣を携えて、私は部屋の外に飛び出した。
城の廊下には一定間隔で松明が灯されているので、部屋のなかよりも明るかった。
寝間着のままだが、仕方ない。着替える暇はない。一刻も早く、王子の無事を確認しなければ。
大急ぎでブーツを履いてから部屋を飛び出し、廊下を走っていると、私の前に剣を持った三人の男が立ちはだかった。
その後ろに立っていた男が、「用心しろ」と警告する。この声は――国王だ。
「国王陛下! 何の真似です!? 私はサフィラス王子の専属護衛騎士、アリシアです! ヴィア侯爵の娘でもある!」
呼びかけると、王はくつくつと笑った。
「知っているよ。サフィラスの秘密を知った者は、殺すことにした」
「な、なぜ……」
「古代に定められた法律など、馬鹿らしい。跡継ぎはモーゼズだ。サフィラスが王になれば、ペルナが調子づく。王妃もな」
「そんな理由で!? 魔法を使える人間は、今や希少なのですよ!? 絶対に、魔法を使える王が王位につくほうがシルウァは有利になる!」
「その通り、希少だ。希少だが、必要というわけではない。私はモーゼズを跡取りとして、ずっと教育してきた。今更、サフィラスを跡継ぎにする気にはなれんよ。……サフィラスと護衛騎士のアリシアは今宵、賊に襲われて死ぬ。残念だ」
その王の言葉をきっかけにしたかのように、三人の男が私に斬りかかる。
多勢に無勢で、私は応戦して一人を返り討ちにしたが、その隙に胸を斬り裂かれた。
血を吐き、私は倒れる。
今こうしている間にも、王子も刺客に襲われているはずだ。……失敗だ。王には言うべきではなかった。王がここまで、モーゼズ王子を偏愛し、サフィラス王子に愛情がないとは思わなかった。
私の判断ミスだ……。申し訳ありません、王子。
まなうらに、王子の笑顔が浮かぶ。
『……そうだね。君は頼りになるな、アリシア』
そう言われて舞い上がっていた。
前のときと違った手段を取れば、未来はよい方に変わるとばかり思っていた。
サフィラス王子……と、渇いた唇が愛しいひとの名前を呼んだのを境に、意識をなくした。




