第六話 君が隠した真実(2)
予定のない日、王子は王都の散策に行くことになった。私以外の護衛は三人。
本当は、最初王子は「魔法で虚像を作って留守番させる」と言っていたのだが、私は止めた。
王に申し上げる前にモーゼズ王子に気づかれる危険は、できるだけ冒さないほうがいいと思ったからだ。
私たちは都の酒場に昼間から入り、私はこっそり他の護衛三人のエールのジョッキに眠り薬を盛った。
店員を呼んでチップを払い、「知人が酔っ払って眠ってしまったので、しばらくここで寝かせておいてくれ」と頼んだ。チップを受け取った店員はにこにこして、承諾してくれた。
いびきをかいて眠る三人を置いて、私たちは酒場を出た。
以前と同じ川辺で、王子とふたりで小舟を待った。
ぎい、と櫂をこぐ音で私は走り出す。
「殿下、この舟です。早く」
「ああ」
私たちは素早く、小舟に飛び乗った。
そのまま進むと、またもや霧が立ちこめてくる。
「どうやら、エルフの舟は私に野心なしと解釈してくれたらしいね」
王子はホッと息をついていた。
王になる、というのは私の提案だし王子の命を守るための案だ。王子に野心なしと判断されたのは、不思議でも何でもない。だが、王子は不安だったのだろう。
舟の上では、緊張を解いた様子を見せていた。
どのぐらい時間が経っただろう。小舟は岸に寄せられて、止まった。
私は骸骨の船頭にチップを渡してから、岸にあがった。王子も続く。
「ここが……エルフの世界か」
「ええ。さあ、王子。行きましょう。この森を抜けないと」
私が先導する形で、森に入る。
しばらく歩くと、あの村に出た。
私たちを見るなり、エルフたちが驚き、何事かを口走る。
「……あれが、エルフ。実物を見るのは初めてだけど、本当に美しい種族なんだね」
王子は感激したように、つぶやいていた。
「彼らと言葉は通じるのか?」
「ここには言語学者がいて、彼なら人間の言葉がわかるんです」
説明したところで、まるで聞いていたかのように公民館からイシルが出てきた。
「おや、アリシア。つい最近来たのに、また来たのか。……しかも、誰かを連れて」
「イシル。彼は私の仕える第二王子、サフィラス殿下だ。彼もエルフと話をしたいと言っている」
「王子様直々に来られるとは……。我ら一同、歓迎いたします」
イシルは慇懃に、頭を下げていた。
私が以前通されたあの広い部屋に案内されて、花のお茶を振る舞われた。
「して、王子殿下。何の用ですか?」
イシルが直接的に尋ねると、王子はじっとイシルを見つめてから口を開いた。
「時をさかのぼる魔法を教えてほしい」
「私は使えませんので、使い手を呼びましょう」
イシルは部屋の隅に控えていたエルフの女性を手招いた。
エルフ語でやりとりをしたあと、彼女は部屋を出ていく。
「もう少しお待ちください。その前に、王子……。あなたは魔法を使えるのですね」
さすがにエルフは見ただけで、王子が魔法使いであることがわかるようだ。
「アリシアに魔法をかけたのは、以前のあなたですか?」
イシルの問いに、王子は曖昧にうなずいていた。
「おそらく。他に該当者がいない。前の私は、ひとりでエルフの世界に来て、時をさかのぼる魔法を習ったんだと思う」
「今回も習うことに決めたのは、どうしてです?」
「失敗して、アリシアが死ぬことになったらまたあの魔法を使おうと思って……」
「そうですか。忠告しておきますが、時をさかのぼる魔法はエルフの間では禁術に等しい。色々理由はあるのですが、何度も繰り返すとひずみが生じるという言い伝えがある、というのが大きいです」
イシルの説明に、私も王子も驚いて身を強ばらせた。
「どういう、ひずみなんだ」
かすれた声で、王子が尋ねる。
「時をさかのぼる魔法を受けた者に、影響が出るらしいです。たとえば、アリシアの生まれ年が変わるとか……。最悪、アリシアが生まれない世界になるとか」
「そんな……」
青ざめた王子の手に、私は手を重ねた。
「私のことはいいんだ、イシル。それより、私は王子を生かす道を探している。最悪、私がいないことになっても仕方ないさ」
「その王子様の顔を見る限り、全然よくなさそうだけどね。君は王子を生かしたい。王子は君を生かしたい。……いずれにせよ、失敗しても何とかなる、と思わずに今の世界で対策を打つほうがいい。どういう影響が出るか、わからないからね」
イシルがそう諭したところで、エルフの女性が青年を連れて帰ってきた。
「ああ、彼が時をさかのぼる魔法の使い手だよ。通訳して、やり方を説明しよう」
親切に、イシルは王子に魔法の使い方を通訳して伝えてくれた。
十分ほどで、伝え終わったらしい。王子はイシルに向き直った。
「ありがとう、と伝えてほしい」
「はい。…………」
イシルが青年に王子からの礼の言葉を通訳して伝えると、青年はにこりと笑って頭を下げた。
そして、青年は女性と共に部屋を出ていってしまった。
「どうもありがとう。助かった」
王子はイシルにも礼を述べ、イシルは微笑んだ。
「どうか、その魔法を使うのが今回で最後であるように祈るばかりです」
イシルは――エルフだからだろうか、あまり時間をさかのぼる魔法を使ってほしくは、なさそうだった。
私たちはエルフの世界をあとにした。
馬で町に戻り、酒場を覗く。まだ、彼らは眠っていた。
多少乱暴に彼らの背中を叩くと、ゆっくりと目を開ける。そろそろ薬が切れる時間だったのだろう。ちょうどよかった。
「さあ、起きてくれ。王城に帰らなければ、日が暮れるぞ」
私が促すと、男たちは慌てたように立ち上がった。