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第五話 時をさかのぼる魔法(2)


 この建物は公民館だと、イシルは説明してくれた。


 イシルはここで、語学を教えているらしい。研究室もあるそうだ。


「語学って、エルフ語?」


「そうそう。正しいエルフ語の授業とか、古代エルフ語とか教えてるよ」


 イシルは、会議などに使うらしい、大きなテーブルのある部屋に連れていってくれた。


「さあ、好きなところに座って」


 私が扉近くの席に座ると、イシルは私の近くの席に座った。


 エルフの女性が入ってきて、私とイシルの前に木製のカップを置いてくれた。


「これは?」


「花茶だよ。甘くておいしいから、飲んで飲んで」


 イシルに促され、私は温かいお茶をすすった。


 ホッとするような甘さだった。


「さて、アリシア。君は何か知りたいことがあって、ここに来たんだろう?」


 イシルに問われ、私は大きくうなずいた。


「時をさかのぼる魔法について、知りたいんだ」


 そして私は、自分の身に起きたことを全て語った。


 話を聞いたイシルは、腕を組んで考え込んでいた。


「時間をさかのぼる魔法か……」


「エルフなら、使えるんだろう?」


「ああ。しかし、全てのエルフが使えるわけじゃない。それほど高度な魔法だし、僕らは時間遡行(そこう)の魔法は使わないという掟を持っている」


「なぜ?」


「簡単なことだ。過去を変えまくっていたら、世界の理が崩れる」


「でも、エルフは……私たち人間に世界を取られたじゃないか。その過去を変えようとは、思わなかったのか?」


 直球の質問をしてしまったが、イシルは嫌な顔は見せなかった。


「人間が、あの大陸を支配する運命だったのだろう。ひとりふたりがさかのぼったところで、運命は変わらない。それにエルフは長い目を持つ。こうして自分たちの世界がある以上、それほど口惜しいとは思わない。エルフ狩りに遭った仲間も、救えるだけ救った。死んだ仲間もいたが、それは仕方のないこと」


 イシルは淡々と、語った。


「人間と私たちの考え方は違う。不老不死だからかな……。それより、君が体験した魔法だが……さっき言った掟を破るエルフはいない。だから、君に魔法をかけたのは、エルフではありえない」


「でも、たまには掟を破るエルフもいるのでは?」


「それはないと思う。……時間遡行の魔法には、代償が必要だから」


「代償って?」


「……命だよ」


 命、と聞いて私は沈黙した。


「それに、エルフはこの世界から出ないようにしている。君に、エルフが関与したとは考えづらい」


「待ってくれ。人間でも、時間遡行の魔法を使えるのか?」


 恐る恐る問うと、イシルはうなずいた。


「先祖返りして、エルフの血が濃く出た人間ならありえる。さっきも言ったように、エルフでも使えない者がいるほどの魔法だ。しかも、命がけ。……おそらく、君を救いたいと思った人間が君を過去に戻したんだ」


「…………」


 そこで、私は該当者がひとりいることに気づいた。


 いや……でも、まさか!


「時間遡行の魔法は、自分にはかけられない。第三者にしか、かけられないんだ」


 イシルの話を聞いて、疑いが確信に変わる。


 そこで私はふと、イシルの手の甲に花の模様が刻まれていることに気づいた。


「イシル。それは……刺青か?」


「ああ、これはエルフなら誰でも持っている印だ。人間でも、エルフの血が濃く出たらこの印が発現するという」


 イシルの持つ花は、薄紅色だった。


「それは、手の甲に出るものなのか」


「いや、色々だ。私のように、目に見えるところに出ているのは、珍しいほうだ。大体、胸やお腹や背中などの目に触れない場所に出るんだ」


「……なるほど。見当がついた。どうも、ありがとう」


「もういいのかい? なら、今度は僕の質問に答えていってよ。新しい語彙が増えているかもしれないからね。ああ、あと……ここから帰ったあと、ここに来たことは極力言わないように。野心のない、敵意のない人間と交流したいのはやまやまだが、あまり来客が多いと疲れるのでね……。エルフの世界は、伝説上のことだと思わせておいてもらいたい」


「承知した」


「さて、質問を始めようか」


 イシルはごそごそと懐を探り、古びた本を広げてめくった。半分ほど白紙なところを見るに、あれに書きつけていっているのだろう。




 私はイシルの質問に答えたあと、帰ることにした。


 新しい語彙があったらしく、イシルは感激していた。よかった。少しでも役に立てて。


 私はイシルをはじめとするエルフたちに見送られ、川岸に歩いていった。


 あの小舟が、同じ場所で待っていた。


 そういえば、なぜ船頭を骸骨にしているのか聞くの忘れた……。


 少し後悔しながら、私は小舟に飛び乗った。




 小舟はまた、悠々と川を進んでいく。


 すぐに霧が立ちこめ、また視界が利かなくなった。


 座ってぼんやりしながら、私はつらつらと考える。


 私の考えが当たっているなら……私に魔法をかけたのは、あのひとだ……。


 あとひとつ、疑問が残っている。でも、それは図書室の本のどこかに書いてありそうだ。


 明日は早起きして、図書室に向かおう。


 そう決めたところで、霧が晴れて川岸に着いた。


 帰りのほうが早かった気がする。


「ありがとう」


 私は船頭に銀貨を渡して、岸にあがった。


 空はもう、赤くなっていた。早く帰らないと、城に着くまでに日が暮れてしまう。


 すうっ、と息を吸う。


 ……人間の世界に、戻ってきたんだな。


 馬は誰かに盗まれたりすることもなく、つないだ場所で待っていた。


 手綱をほどき、騎乗する。


 さて。ここから、私がどう動くか――だ。


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