魔王辞めた
黒い雲が渦巻く空。荒れ果てた大地。おぞましい魔物の群れ。
この世は数百年、魔王に支配されていた。
魔王とは魔族の頂点。最も強く最も邪悪な存在。
「…ふぁーあ。今日も暇だな。」
そう。今、ソファーに寝そべりながらあくびをしている私が『魔王』である。
「魔王様。勇者一行が最後のダンジョンを突破したとの報告がありました。」
この魔族のくせにイケメンな男は、私の執事『ベリアル』である。
「あと数日で魔王城にたどり着くと思われます。魔王様、戦いの御支度を。」
「えー、面倒だしベリアルが追い払ってよー。」
私は面倒くさがりだ。
「嫌です。私も極力戦いたくないので。」
ベリアルも大概だ。
類友とはまさにこのことだろう。
「えー。じゃあわたしが戦うしかないのか。」
「そうですね。ちなみに配下の魔族は全員、実家に帰省し家族サービスを行っておりますので、この城には魔王様と私しかおりません。」
「なぜだ!?なぜ1人も残っておらんのだ!?」
「それは魔王様が一昨日、部下全員に長期休暇を与えたからです。」
「そうだった…。」
勇者はまだ来ないだろうと思って油断してた。
私はソファーに寝そべりながら頭を抱えた。
「それで魔王様、どうされますか?戦いますか?逃げますか?」
どうやらベリアルは戦う気など1ミリもないようだ。
しかし…
「私、強すぎるからさ、きっと今回も勇者達を一撃で倒しちゃうよ?どれだけ力をセーブしてもこの城吹き飛ばしちゃうよ?そしたらベリアル一人でこの城直さなきゃいけないよ?」
そう。私は超強いのだ。本気出したらこの世の半分が消失するくらいには強い。過去に一度、夏場の蚊にイラついて魔法で吹き飛ばしたことがあったが、その時は大陸の半分が消し飛んだ。それ以来、我が城には虫を寄せ付けないための不思議な煙の出るお香を無数に設置するようになった。
とにかく、私は強すぎるのだ。
そして、そのことを痛いほどよく知っているベリアルは頭を抱えていた。
「私ひとりでこの城を…?絶対に嫌だ。だって前直した時だって超魔力使ったもん。魔力使いすぎたら歩くのすらしんどくなって数週間介護されなきゃないじゃん。しかも今は魔王様と2人っきり…。魔王様に介護されたら私…っ。」
クールなベリアルがぶつぶつと独り言を呟いている。
「そこでベリアル。私が魔王として勇者と戦わずに済む方法を提案したい。」
いつもなら私の提案はベリアルに即却下される。無謀だといつもいわれる。しかし、今回ばかりはベリアルも勇者との戦いを避けたいはず。逃げる場所などないのだから私の提案を受け入れる他ないだろう。
「聞きましょう。魔王様の提案を。」
「まず、なぜ勇者は魔王を倒しに来ると思う?」
「それは魔王様が魔物を生み出して、生み出された魔物たちが人間たちの村を襲うので、元凶である魔王を倒せば魔物がいなくなるからです。」
「うん。半分正解で、半分間違いだ。」
私はソファーから立ち上がり、
「ついてこい。お前には特別に見せてやる。」
ベリアルと共に玉座の奥へと向かった。
玉座奥には大きな扉がある。
「魔王様。この扉は…。」
「まあ、見ていろ。」
私は扉に埋め込まれた赤い宝珠に手を当て、魔力を流し込む。その魔力に反応して、扉が重々しい音を立てながらゆっくりと開き始めた。
扉が完全に開くと、ベリアルに目配せして部屋の中へ進んだ。
無駄に広い部屋の真ん中には、台座に置かれた黒い水晶があった。その水晶は禍々しい光を放っている。
「この水晶が魔物を生み出しているのだ。」
「この水晶が、ですか?」
ベリアルは水晶を覗き込む。水晶の中には黒い雲のようなものがぐるぐると渦巻いている。
「この水晶は、私の魔力を吸収しその魔力で魔物を生み出しているのだ。だから、魔物を生み出しているのは私であって私ではない。つまり、この水晶を壊せば新たに魔物が生み出されることはなくなるのだ。ただし…。」
「ただし…?」
ベリアルは唾をゴクリと飲む。
「これを壊せば私の魔王としての力がなくなる、と言われている。」
「それはつまり…、死ぬかもしれないということですか?」
「その可能性はある。」
「ダメです!魔王様が死ぬなんて!」
ベリアルは今にも泣きそうな顔をしている。
「落ち着け。まだ死ぬと決まったわけじゃない。魔力がなくなるだけかもしれない。」
「でもその保証はどこにもないでしょう!だったら勇者と戦って城がなくなる方がマシです!」
ベリアルは私に背を向けてしまった。肩を震わせている。きっと涙を堪えているのだろう。
私はベリアルを慰めようと手を伸ばそうとした。
トン
水晶に手が当たった。台座から水晶がころころと転がって。
「あっ…」
ガシャーン
壊れた。
「「あーーーー!!」」
「どどど、どうするんですか魔王様!水晶壊れちゃいましたよ!」
慌てふためくベリアル。
「どうするったって壊れちゃったもんは仕方ないだろう!」
慌てふためく私こと魔王。
そうこうしているうちに、だんだん体が熱くなってきた。
「…あ、暑い…。」
「魔王様!大丈夫ですか!?」
ベリアルが駆け寄って来ようとしたが止めた。もしかしたら体が爆発するかもしれない。そうなればベリアルが巻き込まれてしまう。
「ベリアル…。今すぐこの部屋から出ろ。」
「嫌です!」
「体が暑くて堪らないんだ。もしかしたら、爆発するかもしれない…だから。」
「嫌です!」
「ベリアル!」
「絶対に嫌です!」
どれだけ言ってもベリアルは引き下がらなかった。
「馬鹿なヤツめ。」
「どんな事があっても私は魔王様と共にあります。」
「後悔しても知らんぞ…。」
その瞬間、私の体が白く輝き始めた。
私を形作る魔力が変形し、凝縮していくのが分かる。
それに比例するように体の暑さが収まっていき、意識が遠のいて行った。
どれくらい眠っていただろうか。
「…おうさ…。まお、様。…魔王様!」
ベリアルの声で眠りから目覚めた。
「…ベリアル。無事か?」
「…私は大丈夫です。」
「そうか。よかった。」
私はふぅーっと息を吐いた。
「しかし、魔王様の体が…。」
「私の体が、どうした。」
ベリアルは下を向いて肩を震わせていた。
もしかして…。
私は自分の腕や足を触った。よかった。ある。
…あ、れ?
ある。
ない。
ないものがあって、あるものがない
「ベリアル大変だ!」
私がベッドから飛び起きると、ベリアルは両手で顔を隠してしまった。
「私、女になってる!!」




