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主語述語ヨリオモイ  作者: かつらぎ
中学生編
8/40

真理~三~

 急速に仲がよくなった真理と僕は、よく話をするようになった。

「吉野君、こんなに髪切っちゃったけど、かっこ悪い?」

 肩口で髪を揃えていた彼女が、少しショート気味にしてきたときがある。もともと華やかだったのに、さらに光を放つ。時代なりに重い雰囲気のある制服なのに、軽やかさは群を抜いていた。

「似合うよ。ホンマ」

 僕は正直に言葉にしたつもりだ。でも、真理が許さない。

「だいたいでしか見てないやん。ほら、こんなに短くなったんよ」

 彼女は後ろ髪を見せるように、軽く身体を回転させる。少し高い感じの背丈に、ヒザ下のスカートが揺れる。キレイな長い手足。

「ホンマによく似合う。かわいい、って言えばいいか?」

「そう、それ言ってよ!」

 ふたりで笑う。


 ただし、真理は本当にキレイな女の子だった。だから、体育の時間なんかは、僕は正直に困っていた。当然、女子たちは体操服に着替えて授業に出る。無関心なら、どうとでもなるが、気になる女の子のそれは、中学男子には毒だった。

 それなのに、真理は僕の方に手を振る。まっすぐ伸びた長い脚に目が向けられない。何をしても恥ずかしくなる中学生なのだ。

「やっぱり、めっちゃ足速いよね」

 合間に声をかけてくる。直視できない。

 そして、マラソン大会などもある。短距離のスピードは負けた記憶がなかったけど、長距離走は向いてなかった。そんなわけで、チンタラ気味に走っていた。すると、先に終わった女子らが声援を送ってくる。中でも、真理の声がデカい。

「ヨシノーッ、ヨシノーッ!」

 聞いているこっちが、また恥ずかしくなる。だから、手を挙げて声に応じて、ギアを短距離モードに変える。数十人をごぼう抜きにする。長距離向きのトレーニングなんかしてなかったけど、スピードに乗ってしまえば、この程度の距離なら、走り抜けた。トップ集団でゴールに入る。

「スゴイスゴイ! 吉野君」

 走り寄ってくる真理を見て、ゼーゼーと息をしながら、さらに照れる。


 僕は真理が好きになりつつあることに気づく。夕方、近所の公園のベンチに座って、学生服のまんま、ぼんやりと考える。空が今日は茜色に染まってくれた。金網の向こうにある畑が、真っ赤に色づいていた。

(あかね、好きな人ができたかもしれない)

 そんなことを思う。

(雄君を好きになる人も、たくさんいるだろうね)

(いいのかな?)

 僕はあかねと話している気分で、問うてみた。

(わからないよ。でも、今度好きになったら、どうするんだっけ?)

(紙の上でもいいから、好きだって言葉を使うんだよ)

(そうだよね。そうする約束だったよね)

 そこまであかねと話して、僕は立ち上がった。

「うん、そうしてみる。どうせ上手にできないけど」

 思いを生きた言葉にしてみたかった。それでどうなりたいわけでもない。ただ、茜色が去ってしまったのに、なんで、紫色の空がこんなにキレイに見えるのかわからなかった。あかねを忘れたい気持ちなんか、ゼロなんだ。


 汚いヘタクソな字で、ラブレターを書いた。

(小西真理様 僕がどこの誰だかわからなくてごめんなさい。でも、僕はあなたの友達で、だけど、腹立つくらいにあなたが好きだとわかったので、こんなことを手紙にしています……)

 我ながら、ここまで醜いものなのかと、書いた便せんを見て思う。手で一生懸命隠していたあかねの姿を思い出す。

(難しいんだな)

(難しいんだよ。でも、字は別にして、雄君のはちょっと上手で、なんだかおもしろい)

(あかねは手紙書いてくれないの?)

(今、雄君に手紙書いて、何か戻るのかな)

(戻るよ。あかねが書いてくれたら、絶対に会いに行くから)

(そっか、じゃあ、また考えてみるね)

(また?)

(そうだよ。毎日、毎日、同じこと考えてる。だから、今日はもう、おやすみ)

 机の明かりだけが灯る中、何かが過ぎ去っていく気がした。

(ダメだよ。もう、これ以上遠くに行かないで)

(行かないよ。ずっと消えないし、忘れないよ)

 そんな声を聞いた。あかねも同じなのかな、と思う。だから、そのまま寝ることにした。手紙は明日、投函してやろうと決めた。


 数日後、クラスの中にいると、また、大きな声で呼ばれる。

「吉野くーん! ちょっと来てー」

 真理が呼んでいた。彼女の横にはいつもの平井と斎藤。

「モテるなあ。吉野は」

 近くの席の由佳が、いちいち声をかけてくる。

「そういうのではないと思うぞ」

「そういうのであると、女子にはわかるのだよ」

 由佳の憎まれ口を背に、僕は真理たちの方に向かう。

「ね、やっぱりかっこいいんよ。絶対!」

 真理が平井と斎藤に言う。

「ハイハイ、知ってます。わかってます」

 斎藤が笑顔でこちらを少し見てから、真理に返す。

「で、何?」

 真理がこっちを見て笑っている。

「吉野君て、好きな人いるん?」

 真理の声はいつもハッキリしている。周囲の何人かが、こっちを気にしているのを感じた。でも、そこで恥ずかしくなるのは、もういいやと思った。

「いるよ」

 まっすぐの答えに真理が微笑んだ。

「遠くにいる人? 案外近い人?」

 この子は差出人不明の手紙の主が、僕だとわかっているような気がした。キレイな顔がとても華やいでいた。

「両方やと思う」

 その答えに、真理が大きく笑った。

「そう言うと思った。じゃあ、信じていい?」

 何を信じたいのかわからない言い方だが、明るすぎる真理の目がまぶしい。座っているその姿もかわいいな、と思う。だから、言葉を返す。

「なんか知らんけど、信じたいものは、そうすればいいやん。俺もそうしてる」

 真理と目を合わせ、そのまま、軽く手を振って離れた。

(なあ、あかね。俺、少し上手になったかな?)

(なったよ。だから、なんだか腹が立つかなあ)

 頭の中に浮かんだ声に、僕はなんとなく笑っていた。もうすぐ、春が来る。



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