あかね~二~
僕と男友達数人は、なぜか、ゼンマイ式の自動車のおもちゃを学校に持ち込み、廊下でレースをして遊びはじめた。
「それ学校に持ってきていいの?」
中島が遊ぶ僕らに近づいて、声をかける。
「ん、アカンとは言われてないし」
僕は中島に返しながらも、車のおもちゃを後退させ、ゼンマイをギリギリまで巻く。
「家でやればいいんじゃない?」
まじめなところが多い彼女は、それでも言う。とがめているのではなく、僕が面倒に巻き込まれるのを避けたいようだった。
「家でこんなん、できるわけないやん」
そう言って、僕は友達らと目を合わせ、車から手を離す。猛烈な加速をしたそれらは、勢いよく自分たちのクラスの脇を走り抜け、隣のクラスの途中まですっ飛んでいった。
見ていた中島が驚く。
「ええっ! あんなに走るの?」
「な、家ではできへん。外でもムリ。学校しかない」
「そりゃ、そうだよね」
中島はメチャクチャに笑っていた。冷たい廊下なのに、窓から差し込む夕日がとてもあたたかく感じた。外から聞こえる、新幹線の音だけ、やかましかった。
それでも、数日後には学級会で僕らの遊びが問題視される。まあ、おもちゃの持ち込みは禁止なのだから、そうなる。
すると、中島が手を挙げた。まじめな彼女はどちらかというと規律を順守するタイプだった。でも、違う。
「別にそんなに悪いことでもないと思います。放課後の少しの時間しか使ってないし、どれだけ走るかを実験しているだけだからです」
クラスのみんなに向かう中島の横顔を見ながら、彼女がただキレイなだけの子じゃないのだと気づいた。僕の擁護をしてくれている部分はある。けど、それだけじゃない。止まることなく、どこまでも走っていく車の光景に、何かを感じてくれた気がする。
だから、僕も手を挙げる。
「学校で迷惑かかるようなことはしてません。授業中に出したり、学校でやることの妨げになることもしてません。誰かにぶつけたり、危険なこともしてません。スケールスピード時速400キロメートルと書いてあったんです。F1よりも速い景色になるはず。それを確かめてみたかったんです」
あくまで科学なのだ。大人だったらそう言えただろう。でも、そこまでは出てこない。
「家でやればいいと思います」
学級委員みたいな子たちが、やはりそこを突いてくる。でも、中島が笑ったように感じた。だから、彼女に言ったのと同じ意味の言葉を、さらにかみ砕いて説明する。
「家に30メートルの廊下がある人は、家でやればいいと思います。でも、僕らの家にそんな廊下はありません。外でやることも考えましたが、アスファルトやコンクリの上って、すごい凸凹してる。小さな模型にとっては、巨岩がゴロゴロしてる荒野みたいなもんで、まっすぐ走らないどころか、吹っ飛ぶだけ。できるところは学校しかなかったんです」
あまりにもっともなことを言う僕に、斜め後ろで中島が吹き出したようだった。30メートルの廊下や、荒野で車が吹っ飛ぶ光景が浮かんだのかもしれない。彼女は僕の話が楽しいとよく言っていたのだ。
僕の友達だけでなく、まじめな中島までが加勢するので、なんとなく、別にいいのではないか、という空気がクラスに流れ出す。
これはイカン、と思ったらしく、先生が立ち上がる。
僕の話に比べて、先生の言うことはつまらなかった。ただ、規則だという土台の上で、だから守らなければならないと言うだけ。ならば、その規則は何の上にあるかを、僕は聞きたかった。でも、それを先生が語ることはない。
まあ、予想通りの結果になった。別にショックでもない。学級会が終わると、中島がやってきて声をかけてくる。
「惜しかったね」
「ありがとうな。味方してくれて、なんか楽しかった」
「残念じゃない?」
「F1以上のスピード、一緒に見れたやん」
僕の答えに中島が笑う。
「すごかったよね」
その笑顔がとてもキレイだったから、僕は調子に乗ることにした。
「でも、ウイリー走行まだ試してないんよなあ。後でやろうか?」
「え、でも、怒られるよ」
中島が不安そうに僕を見る。
「今日決まった規則やん。施行は明日から」
そう言って、僕らは終会に備えて一度離れた。そして、帰宅の時間になっても、なんとなく粘り、人が少なくなった時間を見計らって廊下に出た。悪友たちは帰ってしまったので、僕と中島だけだった。
「本当は後ろに10円刺すんやけど。おもりになれば、なんでもいい」
そう言って、先日の時速400キロメートルとは違うタイプの車に、キーホルダーの輪っかを突っ込んだ。
ギリギリとゼンマイを引いてスタンバイする僕。立っている中島を見上げると、好奇心いっぱいの目があった。
「行けっ!」
僕が手を離すと、車は前輪を上げたまま、ものすごい勢いで加速する。まっすぐ進むそれは、ただひたすら走り、先日よりも、ずっとずっと遠い場所へ至る。
「ははは、はは! スゴイ。何あれ、あはは」
中島の笑いが弾けた。
「ホンマの車やったら、ありえない光景やな」
「ムリムリ。絶対死んじゃうよ。あはは」
よっぽどおもしろかったらしい。中島の笑いが止まらない。だから、僕はとても誇らしい気分になった。大好きな女の子を笑顔にできたんだから。