母の
今もマザコンって言うのでしょうか
「で、誰の子だって?」
リビングのテーブルでコーヒーを一口飲んでから切り出した。自覚はある。今の俺の顔は相当、怖いだろう。母は目を細て笑っている。
「え?言ってないっけ?」
とぼけられた。
「あー、聞いてないねぇ」
目線が鋭くなっているな、と分かってはいるが、止められない。怒りしかない。俺の可愛い母を孕ませた奴を、許せない。
俺が一才を迎える前に離婚した母は俺を一人で育ててくれた。高校は頑張って家から近い公立に入った。私立で特待生枠を狙っても良かったが、私立はどこもアルバイト禁止。自分の小遣いくらい自分で稼ぎたい。母は働かなくていい、勉強と遊びをしっかりしろと言うが、お弁当屋と作家の二足の草鞋で稼いでいる母に少しでも楽させたい。
とにかく、俺は母を大事にしたい。
それなのに、母から衝撃的な発言だ。
「あんたの担任」
「はあ?」
呆れ果てた顔で母を見た。
「いつの間に?っていや、聞かない、待て、今お腹は何ヶ月だよ」
「二ヶ月ならないくらいかな」
「分かるの早くね?」
「いや、この歳になっても、コンスタントに生理が来るからさ、今月来てないなぁと思って検査薬使ったらビンゴ、みたいな」
「みたいな、じゃねぇよ、どうすんだよ。ってぇか、担任には知らせたのかよ?」
「んにゃ」
「はぁ?なんでサッサと俺より先に知らせねぇんだ」
「いや、どうしようかなぁと、思って」
「?何を?」
「認知?」
「は?」
「だって、先生って一匹オオカミっぽいじゃない?たった一回致したことで、家族になって?なんて言えないかなぁ?迷惑掛けるかなぁって思ってさ。このままシングルマザーで行こうかなぁとか。」
ふ、巫山戯るな!
「阿保か、母よ。一回とか回数とか関係ねぇんだよ。男が致した結果、出来ちまったなら、責任取らせてやれよ。知りませんでした、産まれてましたって男には最悪なんだよ。相談くらいしてやれよ、そんな頼りない奴とやっちまったのかよ。それなら、俺は母を見損なうぞ。惚れたからやったんだろ、あ?違うのか?俺の母はそんな節操のない駄目母だったのかよ?」
目つきが半端なく、やばい。
「ん〜、連絡先知らないし?」
はあ?
「なんだ、それ?どうやって会ったんだよ!」
「怖いわぁ、たまたま偶然、飲み屋で会ったの。お世話になりますから始まって、色々とね話してたら、気づいたら、先生の家だったのね」
ん?気づいたら?
「酒豪の母よ、何故、気づいたら?」
眉、ピクッてしたよな。何、何かあったのか?
「おい、酒豪の母よ、何があった?」
「えーと、そのね、あれだよ、あれ、緊張しちゃってね、まあ、なんだ、・・・」
物凄く言いにくそうな母。
「ペース配分を間違えた」
「酔っ払った、と」
「はい、そうです」
「それで?酔い潰れた母と奴は致したのか!」
「いやいや!ち、違うよ、目が覚めたから、酔いも覚めてたから」
あたふたする母。
「っていうか、なんで具体的なことを言わされそうになってるの!ストップだよ!ストップ。今の話は、君に弟か、妹が産まれるよって報告なだけ!いい?いいよね?なので、大学は奨学金を当てにして!お願いします」
そんなもん、言われなくとも、奨学金とアルバイトで行く気だったわ!
「母、一人でやってけないだろ、出産費用も相当掛かるって聞いたことあるぞ。生まれたら生活費だって」
「まあ、どうにかなるよ。君の時だって、どうにかなったし」
何を言うか、年を考えろ。
「じゃあ、産む方向で決定な。そういえば、悪阻とかあるんだろ?今は大丈夫なのか?」
「人それぞれだし、君の時は殆どなかったよ。この子はどうかな」
「病院はいつ行くの?」
母から病院と日程を聞いて、俺はアルバイトの時間だからと家を出た。
ああ、恋する母も可愛い。
俺も相当イカれてる。
携帯で呼び出す。
ワンコールで相手が出た。
「越智です。話しがあります。今日、夕方、〈近場のバーガー〉に来れませんか?はい、18時に、はい。失礼します」
シングルマザーが大変なのは分かってるはずなのに、敢えて、その道を行こうとする母。男が信用できないのか、信用したくないのか。
過去に何があったか知らないが、人を頼れない母。俺のことは頼ってくれてると、思う。
でも、母が妊婦になったとき、頼りに出来るのは、好きな奴だと思う。俺よりも、母が身体を許した相手。
母が大変になるのは見過ごせない。だから、母が怖がって手を伸ばせないなら、捕まえさせてやる。
幸せになってよ、母。
誰かの幸せを願って、
動いても、
誰かが幸せになるとは
限らない。
けど、動かないと気が済まないことってありませんか?
エゴですかね。
エゴだろうな。
エゴでも、
動かないと何も始まらないですね。