第5話 決意の音
それからあたしはバウムさんに連れられて研究所の地下施設に案内されました。
変な横開きシャッター扉のついた箱に入って辿り着いた地下室は長い廊下に繋がっており、何やらいろいろと騒がしく声と音が漏れています。
「うむ。ここは魔獣を収容している場所だ。凶暴な魔獣はこうして地下深く隔離しているんだの」
「ひぇぇぇぇ」
「見せたい魔獣はこっちだ」
そのままバウムさんはコツコツと廊下に足音を響かせながら歩いていきます。
少し遅れてついて行くあたしに見えてきたものは、魔獣が入っていると思われる収容ケージでした。
中全体が見える透明な大きな窓のついた部屋に檻がついていて、イメージとしてはほとんど牢獄です。
「早くごはん寄越せにゃろー。腹減ったにゃろー」
「いや、お前は癇癪起こしてさっき、配給食を全部自分で燃やしただろうが」
何やら檻を隔てて白衣の研究員さんらしき人と、中の赤っぽい色の猫が揉めていました。
「うるさいにゃろ、うるさいにゃろー! ここから出すにゃろー!」
「……アホだこの猫。手がつけられん」
なんなのこの子、可愛い。これが魔獣なの?
私の最初の感想でした。
「ひぇぇ。あ、あれは?」
「ちょっと前に魔獣になったばかりの子だ。3番目の実験体だの」
てっきり魔獣ってもっと恐い化け物だと思っていましたが、魔獣の猫さんはとっても可愛らしい、よくしゃべる猫でした。
「もし、研究に協力したら、あたしもあんな風になっちゃうんですか?」
「うむ。お主にお願いしたいのはこっちの魔獣だ」
バウムさんが靴のヒールを鳴らして歩いた先でピタと足を止めました。
その正面には他同様に透明な窓のある収容ゲージ。中に居たのは「白いうさぎさん」でした。
あと見て分かるのはゲージの中はなぜか、水浸しになっていました。
「これが、あたしの妹の仇……」
「うむ。宝涙兎。資料で知っていたが、私もこの目で見たのは始めてだの」
これまた魔獣のイメージとは程遠い、可愛らしい耳長の白いうさぎさんでした。
よく見ると額に小さな赤い宝石が付いていて、大人しく、ちょこんと座ってこっちを見ていました。
「この子はおとなしいですね」
「うむ。だが、宝涙兎は周囲の空気を振動させて超音波を出すという。この部屋は特別製で完全防音となっているから、どうせ何も聞こえはせんの」
「そうなんですか……」
とても人に害をなすようには見えない魔獣を目の前にして、妹の命を奪ったという事実とは裏腹に魔獣に対する憎悪みたいなものはさほど無かったような気がします。
恨めしい気持ちが無かった言えば嘘になります。
今も悲しいし、辛いけど、この魔獣に対して復讐とかそういう気にはなれませんでした。
きっと、この魔獣もひとつの生き物として必死で生きた結果だったんだと思います。
うさぎは檻の中からこちらを見つめ、今にも泣き出しそうな悲しい目をしていました。
「……あたしの体を研究のために差し出せば、お金は工面してもらえるんですね?」
「うむ。私がいる限り、金銭的心配はいらないと保証しよう」
うさぎさんの目を見てこの時、あたしは決めました。
これは、お金も仕事もない、何もないあたしに示された道。
その道に座っていた「うさぎさん」に何か運命めいたものを感じたのでした。
「うむ……いいのか? 後戻りはできないぞ」
「……はい、なります。あたし、魔獣に。なります!」
ここが何処かもわからない。この後、どうなるかも分からない。
ただ地下深い場所で、殺風景な廊下に決意の音が響きわたったのです。
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それと、お金を手に入れるって大変ですよね。