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Act.06 観測世界と砂塵の先(1)

「誰と話してるんすか?」


 響斗(ひびと)は、一瞬驚いたような、意外そうな顔をした。

 しかしすぐに元の顔に戻って言う。

 ほんの少しだけもったいつけて、からかうような表情で。

「んー、そうだな……」


「―――妖精さん、かな」


 我ながら慣れたものだと思う。

 ライリーとこうして過ごすようになってから、それこそ数えきれないほどされてきた質問だ。

 もはや条件反射でその返答が浮かぶようになってしまっている自分が、響斗は少し可笑しかった。

「今年はてっきり訊かれないものかと思ってたんだけどなー」

「いや、気になるだろ、普通。独り言に聞こえないことも言ってるし。いい加減にアンテナ直せよ電波野郎」

「アンテナ? あ、これ?」

 自分の頭を確認して、ピョコンと飛び出していたアホ毛を発見する響斗。

「毎日のように寝癖ついてるからなあ、案外……」

「アホ毛受信するんすか!?」


 そんなこんなで騒いでいるうちに、その場はそれで有耶無耶にされてしまった。

 しかし。

 しかしだ。

 一晩考えて、寝て、朝になってみるとやっぱり疑問に思う。

 会音(えのん)は別に疑問は全て解消しなければ気が済まない性格という訳ではない。

 むしろ、まあそういうものかと無理にでも自分を納得させがちなほうだ。

 それなのに。

 どうしても、あの時感じた違和感が忘れられない。

 あの感覚を、どこかで知っている気がして。

 何か、小骨が喉につかえているような感じがして。

 ――何だ? 何にモヤモヤしてるんだ?

 考えてもわからなかった。

 わからないなら―――


 ◇◇◇


朝 第二部隊執務室


「クレイさん、ヒビトさんって、前からああなんすか?」

「どういう意味だ?」

 翌日、始業時刻よりも早く出社した会音は、予想通りすでに部屋にいたクレイに訊いてみることにした。

 響斗は昨日の発言通りなら、まだしばらくは来ないはずである。

 自分が何に違和感を感じたかなんて人に訊いてもわかるわけがないが、響斗のことを調べることで、答えが見つかるかもしれない。

 まずは周囲の人間へのリサーチから始めよう。

「いや、昔からこう……『妖精さん』とか言ってるのかなって」

「ああ、昨日のか。そうだな。僕が入ったときにはもうああだったな」

「そうなんすか。……クレイさんはどう思います、あれ?」

「どうって言われてもなぁ……まあ、どうにかできるならしてほしいけど。つーかどうした? 捜査中か?」

「何となく気になりまして」

「だよな。気持ちはわかる。僕らはもう慣れちまったけどな」

 はははー、と乾いた笑い声を出すクレイ。その目には諦めとわずかな哀しみが浮かんでいる。

 ――クレイさんでもダメか。でも一応他の人にも……。

 響斗に近しい人間―――といっても、第二部隊の人間以外知らないが。

 他の部隊とは交流があるのだろうか。

 と、そこでふと思い当たる名前があった。

「あ、そういえば、ライリーさんってどういう人なんすか? MSS(ここ)の人なんすか?」

 確か響斗が初日に彼女だと言っていた名前だ。

 こう言っちゃなんだが、例の癖を承知で響斗と付き合っているなら、もう少し詳しいことを知っているのではないだろうか。

 あまり人様のプライベートに踏み込むべきではないだろうが仕方ない。ここは職場での距離感のわからない新人を装うことにする。

「ライリー……? いや、違うと思うけど……」

 じゃあ一般の人だろうか。

 それなら会うのは難しそうだと諦めかけた会音は、次の一言でさらに混乱の渦に突き落とされることとなった。


「あっ、確かそれ―――例の『妖精さん』のことじゃね?」


 ――……………はい?

 停止しかける思考を大量の疑問符が繋ぎ止める。

「……こないだは彼女だって言ってたんすけど」

「えっ? そうなのか? ……まあ、あいつちょいちょい説明食い違うからなあ。うーん……『妖精さん』がヒビトのイマジナリーフレンドだとすると―――彼女自体が妄想なのか、空想の産物に彼女と同じ名前を付けてんのか……」

「それどっちにしろかなり残念な感じなんすけど」

 さすがにそんな状態の人が憧れですとは言いづらい。

 憧れる相手に完璧でいてほしいなどと思うのはエゴだとは思うが、そこまでの残念さは許容したくないのが後輩の心情である。

「駄目か。うーむ、これは壮大な謎と冒険の予感だな」

「謎が謎を呼ぶ展開は望んでなかったです……」

 頭を抱える会音。

 もうどうしたらいいのやら。

 そんな会音の様子を見かねてか、クレイは軽く苦笑して、

「なんてな。僕も昔気になって、あいつの幼馴染だっていう人に訊いてみたことあるけど、別に本当に妖精が見える訳じゃないらしいぞ」

「そうなんすか!?」

「ああ。曰く、変な奴だって思わせたほうが都合が良かったから、何か言われたらそう答えるようにさせた―――だそうだ。何に都合がいいのかは知らねえけどな」

「そう……ですか」

 その言い方からしてそいつにも責任の一端はありそうだ。

 誰だか知らないが妙なことをしてくれたものである。

「その人に会うことってできませんかね?」

「難しいだろうな。社内にはいるだろうけど忙しい人だし……。ほら、お前も入社式とかで見たことあるだろ? 特務部の部長の十六原(いさはら)って人だよ」

 そういえば配属前に2、3回顔を合わせた記憶がある。

 全体的に疲れたような顔つきの三白眼の青年が確かそう名乗っていた。

 気が済むまで調べればいいけど、無理はすんなよ、と言って仕事に戻るクレイ。

 まだ始業前なのだが、彼には今日もやることは山積みなのだ。

 余談だが、この青年は既に三日ほどこの部屋で夜を明かしている。

 自宅には着替えとシャワーのために寄っているだけのような状態だったりする。

 黙々と書類を眺めるクレイの目の淀み具合には気がつかなかったことにして、会音はひとまず自席で他の隊員を待つことにした。


 ◇◇◇


「信じたいものを信じる。それで十分ではないかしら」


「ノーコメントだ」


「あんまり気にしたことないですー」


 とりあえず千奈(せんな)以外のメンバーにも同様の質問をしてみたが、案の定ろくな答えが返ってこなかった。

 そもそも―――


「ヒビトさんって、プライベートは結構謎なんですよー。家族いなくて寮で暮らしてるとは聞いてますけどー。ここに入る前とかのことも全然話しませんしー」

 メアリーは朝食のシリアルバーを頬張りながら、のんびりした口調で言う。

「はぐらかされるんすか?」

「というか、うちは転界の関係もあって、エグい過去もってる人とか地味にいますからー、あんまり深く訊けないんですよー」

「それは……そうでしょうね」

「別件でやらかしてる人もたまーにいますけどねー。あっ、わたしはフツーですよ?」

 逆にわたしほどフツーの人もいませんよ、と胸を張るメアリー。

 むしろ何かしらやらかしてる人な気がするが、今は深く追及しないことにする。


「……でも―――」


 メアリーはそこで急に声のトーンを落とした。

「ヒビトさんには、妙なウワサがあるんです」

「噂って?」

 自然と会音も声を潜めてメアリーに顔を近づける。

「暗殺者の家系で育った元殺し屋だとか、地球を守りにきた宇宙人だとか、どこかの研究所が作り出した改造人間だとか」

「眉唾がすぎません!?」

 もはやゴシップといえるかも怪しいような内容ばっかりじゃないか。

「でもでもー、ヒビトさんの過去を知りすぎた人は組織の者に消されちゃうとかってウワサもあるんですよー?」

 会音くんも消されちゃったりしてー、とか含み笑いで不吉なことを抜かすミニマムな先輩を丁重に追い返して、会音は再び自分の机で考える。

 他に今質問できそうな人間がいない以上、捜査は中断するしかない。

「(別に、どうしても調べなきゃいけないわけでもないしな……)」

 そう小声で自分に言い聞かせてみる。

 考えても仕方ない。

 とりあえずここはそう納得しとくべきだ。

 だがそれで済むなら昨日布団の中で既に決着している。

 ならばアプローチの方法を変えるべきだろうか。

 ――別の方法……何かあるかな……。

 何も思い付かないまま時間だけが過ぎていく。

 眉間を揉んで悩み続ける少年の耳には、予鈴の音すら遠く聞こえた。

 ――……ならあれが……いや、でも……それは違うから………ということは―――


「よっす! おはよう! どうしたんだー、難しい顔して?」

「ひうぁぁぁッ!?」


 突然肩を叩かれて、思わず叫び声を上げる会音。

 びっくりして振り返ると、そこには件の先輩が。

 こうも過剰に反応してしまうのは、人様のプライベートを詮索している後ろめたさ故か。

 事情も知らず二日連続で悲鳴を上げられたアホ毛の先輩は、ほんの少しだけ傷ついた。

「……お前もしかして肩に悲鳴を上げるスイッチでも付いてる?」

「そっ、そんな奇妙なもの付けてませんって。ただちょっと考え事してて……」

 ひとまずそう言い繕う。

 響斗はやや消化不良のようだったが、すぐに気を取り直して、

「ならいいか」

 それだけ言って今日の予定を訊きにクレイのほうへ行ってしまった。


 始業時間を過ぎても、会音は一人悶々としていた。

 せめて仕事があれば何も考えずに済むのだが、生憎と今は暇だった。

 皆が一様に自分の席でだらだらと過ごしているため、体感時間がなお一層遅く感じられる。

 ラルヴァとの戦闘に長けた特殊部隊―――と言えば聞こえはいいが、要するに戦う以外の仕事がほとんど回ってこないのだ。

 転界での調査や偵察に、技術者の護衛、ゲートの警備や技術部が作った試作品の実地試験など、仕事があるときにはあるのだが、今はとにかくやることがない。

 他の部署はこの時期、研修の終わった新人達に仕事をさせてみたりしているので、急ぎでない仕事はあまり進んでいないのだ。

 あとはもう救助などの緊急の出動くらいしかないのだが、それは本来無い方が良いものである。

 なら昨日のように(?)座学をしていればいいのだが、それをできる人は今書類仕事との孤独な戦いを続けている。

 もう日がな一日社則などの配布資料を読むくらいしかすることがない。

 ――いっそ俺も寝とこうかな……。

 既に部屋にいる半分近くが寝ているのだし。


 ◇◇◇


八谷(やたがい)さん、起きて下さい」


 耳元で聞こえる声にはっとする。どうやら本当に寝ていたらしい。

 目を開けると思ったよりも近くに千奈の顔があった。

 繊細で長い睫毛が。

 わずかに紅潮した頬が。

 花弁のような唇が。

 ―――すぐ、目の前に。


 ガタンッッ! ゴンッ!!


「……あの、大丈夫ですか?」

 動揺のあまり椅子ごと後ろにひっくり返った会音を心配そうに見つめる千奈。

「ああ! ごめん! ちょっと変な夢みてて!」

 手と首を高速で左右に振って誤魔化す。

 サイドテールの少女はそんな少年の火照った顔には気がつかなかったのか、

「八谷さん、任務だそうです。先ほど通報がありました」

「通報?」

「三丁目の方でゲートが開いたらしい。可哀想に、タクシードライバーさんが行方不明だとよ」

 机に突っ伏して寝ている響斗を起こしながらクレイが答える。

「通報が早かったんで現地のゲートを固定できたらしい。今回はそこから向かってくれってさ」

 クレイはもぐら叩きの筐体にもそこまでやらないんじゃないだろうかという勢いで、丸めた書類で響斗の頭を連打しながら、

「だからこないだと同じようにヒビトと三人で行ってくれ」

 フィニッシュとばかりに大振りな一撃をお見舞いする。

 パカンッ!! っと派手な音が部屋中に響く。

 衝撃でか音でなのか。

 ともかくようやっと目を覚ました響斗に事の次第を説明する。

「了解。すぐ用意するよ。センナ、エノン、準備できたらロビーに集合な!」

 言ってそのまま出ていった響斗を追って、会音と千奈も部屋を後にした。


 ◇◇◇


「これで……行くんすか?」

 三人は現場へ向かうために車庫に来ていた。

 敷地の端にある平屋の中には、様々な種類の乗り物が置いてあった。乗用車やバイクはもちろん、工事車両やヘリなどもある。

 響斗が使おうとしているのは、自動車に飛行機の羽とドローンのプロペラを付けたようなゴテゴテした車だった。

「んー? "飛行車"は初めてか?」

「いや、一般人は普通乗れませんからね?」

 飛行車―――いわゆる、空飛ぶ車である。

 未来の社会をイメージするとき高確率で出現するあれだ。

 交通渋滞による緊急車両の遅れや、災害時の道路封鎖などへの対策として、限定的に実用化されている。一般に普及こそしていないが、今や地方でも年に2、3回は見掛けるものとなっていた。

 にしても、

「よく許可下りましたね、これ」

 安全面の問題から、緊急車両にしか使えないと聞いていたのだが。

「そこはほら、こうして救助に使うからな。なんかこう……ねじ込んだんだろ」


 ◇◇◇


 人が、建物が、眼下を凄まじい勢いで流れていく。

 地上とはまた違う視点が見慣れた景色を絶景に変える。

「わぁ……」

「うわ、高……」

 窓から外を眺める二人は、任務のことも忘れて、すっかり景色に夢中になっていた。

『飛行車にして良かったわね』

「これ楽しいもんなー。こんなときじゃないと乗れないしな」

 初々しい反応に運転手もご満悦だ。

「ヒビトさんって運転出来たんすね。確かこれ特殊な免許いるでしょ?」

「まあな。色々取ったからあそこにあったやつは大体運転出来るんだ」

 すごいだろー、と緑メッシュの少年は得意げに言う。

 実際、飛行車の免許を取るだけでも、普通自動車の運転経験や緊急車両が必要になる仕事に就いていることなど、厳しい条件が必要になってくる。

 それを何種類も取っているのだから大したものだ。

 もっとも、鬱陶しい手続きは全部他人にやってもらったのだが。


 そうこうしているうちに目的地が近づいてきた。

 車の高度が徐々に下がっていく。

 平日の昼間で空いていたカラオケ店の駐車場を選んでホバリングさせる。

 そのままさらに高度を落としていくと、エレベータに乗ったときのような重力感とともに、ゆっくりと車輪が地面に着いた。

 エンジンを切って車を降りると、それを見計らったかのように、道路の向こうから誰か走ってきた。

 年は二十代前半。

 やや癖のある栗色の髪をポニーテールにした、快活そうな女性である。

 カジュアルに着崩したネイビーのパンツスーツの左袖には、響斗たちと同じ黒色の腕章が付けられている。

「お疲れ! 早かったね。そっちは……新人さん?」

 外見に違わぬ快活な口調で訊いてくる女に、響斗は軽く自慢気に胸を張って、

「ああ。なんてったって俺、教育係だからな!」

「ふうん。それはまた苦渋の決断ね」

「何でみんなしてそういう反応!?」

 ポニーテールの女性はわめく響斗から千奈たちに視線を移して、

「はじめまして。第六部隊副隊長、千装志折(ちぎら しおり)よ。よろしく」

「第六部隊?」

「うん。各部隊の支援やサポートをしてるの。要は討伐課の何でも屋かな。今日はゲートの固定と周辺警備に来てるってわけ」

 志折はカラオケ店のはす向かいにあるコンビニを指差すと、

「あのコンビニの裏がゲートの発生現場よ。ついてきて」

 そう言って、早足で現場に戻っていく志折の後についてコンビニの裏に回る。

 そこは本来、隣の飲食店の駐車場であったらしい。

 車が6台ほど停められる長方形のスペースは、立ち入り禁止の黄色いテープで囲まれていた。

 黄色テープで切り取られた空間には、第六部隊のメンバーが数人と、大人の肩くらいの高さがある直方体の機材が並んでいる。

 機材は本社のゲートの周りにあったものよりは小さいが、さして広くない駐車場は、それだけで狭く感じられた。

 ゲートそのものは、道路から見て奥の壁際にあった。

 ゲートに対して、この間のような威圧感は感じなかった。

 ただ、騙し絵を見ているような気持ち悪さだけが薄く絡み付いてきた。

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