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Act.04 異能世界の丸投げヒーロー(1)

 けたたましいアラームの音が部屋中に木霊する。

 スヌーズ機能無し、きちんと止めない限り最大音量で鳴り続けるタイプの目覚まし時計が全力で職務に励む傍らで、部屋の主はまだ惰眠を貪っていた。

 目覚まし時計の魂の叫びは防音仕様の壁材に吸い込まれ、未だ夢の中の住人を含め誰の耳にも届かない。

 かれこれ15分はこの調子である。

『ちょっとヒビト、そろそろ起きなさい。また遅刻するわよ』

 どこからともなく幻出した緑髪の少女が耳元で呼ぶ。

「うー……ん……zzz…………」

 触れられぬ手で少年の体を揺する真似をしながら、少女はちっとも起きる様子のない少年に底冷えのする声で一言。


『ヒビト。モーニングコールと別れ話、どちらが聞きたいかしら』


「ごめんなさいすぐ起きます!!!?」

 ビクゥッ!! っとバネ仕掛けの人形のように飛び起きる響斗(ひびと)

『ふふっ。冗談よ。おはよう』

「朝から心臓に悪いって……。おはよう、ライリー」

 顔を覗き込んでくる少女に一応文句を言いながら、のそのそとベッドから起き上がる。

 目覚まし時計を止め、カーテンを開けて、朝の光を部屋に呼び込む。

 単身者用の社員寮に備え付けの小さめの冷蔵庫から牛乳を、ほぼ物置と化しているキッチンの調理台から食パンを取り出して朝食の用意をする。

 オーブントースターから漂うパンの焼ける匂いが、ゆっくりと部屋を満たしていく。

「今日何か予定あったっけ?」

『特には無いわよ。多分今日も新人さんのお相手じゃないかしら』

「そっかー……書類仕事じゃないといいなあ……」

 朝食を摂り、身支度を整える。

 その間も横でライリーは、

『顔は洗った?』

『服が裏返しじゃない?』

 などと甲斐甲斐しく話しかけている。


 これが彼の日常。

 誰とも共有できない、亡霊の少女との同居生活。

 あるいは、同棲生活か。

 あいにくと触れることすらできやしないが。


 黒い腕章の付いた朱色のジャケットに、財布やら社員証やらを突っ込んだ薄い鞄。右の耳元には通信機。

 代わり映えのしない服装に着替えて職場へと急ぐ。

 寮は同じ敷地内にあるとはいえ、なにぶん敷地自体が広すぎるため、ゆっくり歩いていたら遅刻してしまう。

 自転車を使ってもいいが、そういえばタイヤに空気を入れていなかった気がするので、戦闘職の脚力に物を言わせて最短コースを突っ切ることにした。


「っと、到着到着。おっ、今日は余裕じゃん。これで怒られずに済むな」

『あら、じゃあ毎朝あの起こしかたにする? 今日は二度寝しなかったみたいだし』

「身が持たないからやめてくれ」

 そんな軽口を叩きながら廊下を進む。

 階段に差し掛かった辺りで同じ方向に早足で進む影が見えた。

 やや長めの茶髪とぶかぶかのパーカーの裾が揺れている。会音(えのん)だ。

 なんとなく気配を消し、三段飛ばしで階段を上り、その背中に声をかける。

「よっ! おはよう! 」

「うわぁぁァ!? え!? お、おはようございます……?」

 段の途中で急に肩を叩いたら悲鳴を上げられてしまった。

「どうした、寝坊か? 俺を見たら基本遅刻と思えー。なんと今日は違うけどな!」

 だが構わず肩を組む体勢に移行して話を続ける。

 こいつにここで引き下がるという思考回路は搭載していないのだ。

『ヒビト、こんな所でお喋りしていたら本当に遅刻するわよ』

「そうだな。悪い悪い、早く行こうぜ」

 ライリーのセリフが聞こえていない会音はきょとんとしていたが、実際に始業時間が迫っているのを確認して素直に従うことにしたようだ。

 執務室へ急ぐ二人を追い立てるように、予鈴のチャイムが鳴り始めていた。


 ◇◇◇


 カラカラカラと軽い音を立ててスライド式の扉を開けると、紅茶の香りが廊下へと漂ってきた。

「おっ? 何だよヒビト。今朝は早いな。つってもお前が最後だけどさ」

 ティーカップを片手に書類を確認していたクレイが、こちらを見るなりそんなことを言ってくる。

「残念。今日はエノンのほうが入るの遅かったからビリは俺じゃないぞ」

「エノンはどうせお前がちょっかいかけてたから遅くなったんだろ」

 クレイは見てきたかのように返して、

「遅刻王の称号は当分お前のもんっぽいなあ」

「ちぇっ、せっかく早く来たのになあ。俺誉められて伸びるタイプだぞ、クレイ」

「だったら誉められるように毎日早く来いよ。あとまた寝癖になってんぞ。ちゃんと……」

 と、そんなクレイのお小言を遮って、部屋の奥から女性の声が飛んできた。


「お待ちしてましたわ!」


 会音が声のするほうを見れば、そこにはどこぞのご令嬢のような若い女が立っていた。

 年の頃は二十歳に少し届かないくらい。

 緩やかなウェーブのかかった紅の髪が特徴的だ。

 フリルやレースをあしらったドレスのような服は品が良く、それでいて動きやすさも損なわれないような工夫が垣間見える逸品だった。

「貴方がもう一人の新人の方ね。お初にお目にかかりますわ」

 いかにもお嬢様な彼女は大袈裟とも言える動作で挨拶すると、

「わたくしは三十日愛桜(みとおか あいら)。新たなる戦友とこうして出逢えたのも一つの運命! さあどうぞ、お飲みになって。この出逢いを祝して先ほど淹れましたの」

 芝居がかった口調で一息にそう言い切ると、紅茶の入ったティーカップを渡してくる。

 思わず受け取ってしまったままの体勢で固まってしまった会音に対し、愛桜はなおも続けて、

「さあさあ、冷めないうちにどうぞ。据え膳食わぬは恥、出された紅茶を飲まぬのも恥でしてよ」

「え、何て?」

 もはや目の前の状況―――というか人間に対して処理が追いつかなくなっている会音。

「はっ、もしや苦手でしたか?」

「えっ、いやそういう訳じゃ……」

「でしたら遠慮は無用ですわ」

 さあさあ、と飲めというジェスチャーを繰り返している。

 どうやら現在彼女の中では、紅茶を振る舞うという運命が作り上げられているらしい。

 よく見ると部屋にいた全員が似たようなカップを持っていた。

 ソファのほうでは千奈(せんな)までもがのんびり紅茶を飲んでいた。

 しかも普通に自分で角砂糖とか入れて味の調整とかしていた。

 ――あれ? これ普通に受け入れる感じ!?

 愛桜は困惑しつつもとりあえず紅茶に口を付ける会音を満足げに見ると、何かを思い出したかのように辺りを見回し始めた。

 そして並べられたデスクの一つに駆け寄ると、そこに座っていた銀髪の青年に声をかける。

「ほら凌牙(りょうが)さん、貴方もこのお二人とは初対面でしょう? 挨拶も無しに背中を預けられると思って?」

「もとから預ける気はねぇよ」

 しかし凌牙と呼ばれた青年は素っ気なくそう言うと、文句をいう愛桜に構わずそっぽを向いてしまった。

「リョウガ、挨拶はしとけって。ほら、上司命令」

 クレイにそう言われ、彼は不服そうに眉をひそめて口を開いた。

「……赤対(しゃくつい)凌牙だ。これでいいか?」

「よろしくてよ」

「お前には聞いてねぇよ」

 凌牙はあからさまに不機嫌な態度で愛桜に毒突くと、またそっぽを向いてしまった。

 ――もしかして何か怒らせた…?

 紅茶の香りが会音の意識から消えていく。

 元よりこの少年、初対面の人間に速攻で順応できるようなメンタルは持ち合わせていないのだ。

 今や、それ何かの体操? とか訊きたくなるようなレベルで目が泳いでいる。

 一方の千奈は出された茶菓子をのんびり齧っているのだから、つくづく対照的な二人である。

 ――あーあ、やっぱ怯えさせちまったか。どうすんだよ、まったく。

 思考が停止している会音を横目に見ながら、クレイはそっと溜め息をつく。

 結局自分が取り成すしかないのかと重たい口を開きかけたところで、


「リョウガは相変わらず機嫌悪いなー。カルシウム……いりことか食べるかな?」


 心の声が常時スピーカーモードな人が無自覚に火に油を注ぐ。

「食べませんよ」

「あ、食べないか。なんか野良猫っぽいのに」

「違います」

 こめかみをひくつかせながらも、かろうじて相手を立てて理性的に応対する凌牙。

「似てると思うけどなあ。人に懐かないし、色々迷ってるし」

「ここは心を鬼にしてわたくしが悪になるしかありませんわね。捨て猫を手懐けるのは不良と決まってますもの。友のためならばたとえこの身を闇に落とそうとも構いませんわ!」

 何か愛桜まで会話に乗っかってきた。

「だから猫じゃ……ああもう面倒くせぇ!」

 このまま我関せずを貫けば、あらぬイメージを植え付けられた挙げ句愛桜が闇落ちする……らしい。

「文句あるならお前が適当に紹介しとけよ」

 凌牙は投げやりにそう言うと、しっしっ、というように手を振って変人共を追い払う。

 ちなみに無茶振りをうけた愛桜はというと、

「なるほど、わたくしの口から紹介して欲しいと! わかりましたわ! 相棒として友人として、心してご紹介致しますわ!」

 ……妙に乗り気だった。

「彼は赤対凌牙。わたくしの相棒にして友人1号! 多少言い方はきついようですが怖がることはありませんわ。デレのないツンデレというやつですの。どうぞ温かい目で見守って差し上げて。19歳A型、身長167cm体重52㎏、スリーサイズは……」

「どこまで喋るつもりだ、おい」

 放っておくとどこまでも個人情報を流出させ続けそうな愛桜に、ついに凌牙がストップをかける。

「あら、何を言いますの。やるからには全身全霊をかけるのはレディーとして当然でしょう」

 胸を張って答える愛桜。

 胸元のリボンが内からの圧力で浮き上がる。

「お前にとってのレディーがわからねぇよ。……チッ、やっぱ隊長に頼むんだった」

 凌牙は若干愛桜から目を逸らして頭をガシガシと掻く。

「何でお前ら皆して僕に頼もうとするんだよ」

 クレイは再度嘆息する。

 損なポジションだ。


 ◇◇◇


 ……ということで。

 気を取り直しまして、隊員紹介テイク3。


「あー……もう大体わかったと思うけど、こいつらが昨日いなかった残りの二人な」

 立ちっぱなしだった会音を千奈の隣に座らせて、自分も向かいのソファに座ったクレイが言う。

「朝から情報量多かったと思うけど、名前とかちゃんと聞き取れたか?」

 はい、と頷いて千奈が答える。

「三十日愛桜さんと赤対凌牙さんですね。改めてよろしくお願いいたします」

「ええ。よろしく」

 にっこり微笑んで応じる愛桜。気をつかって凌牙を軽く小突くが無視される。

「昨日は説明してなかったけど、転界には基本的に2人か3人で行ってもらう。今のところ僕とメアリー、それからアイラとリョウガがペアで動いてる。お前らはとりあえず二人でヒビトについて行くか、一人ずつ僕らと一緒に行くか、って感じだな」

 と、クレイはそこで響斗のほうを向いて、

「つーか、なーにのんびりしてんだよ。ほら、教育係だろ」

「え? まだ何かあったっけ? 」

「いや、あるだろ。大アリだろ。昨日は見切り発車で任務行かせたけど、今日こそ基本から教えなきゃだろ」

「それはそうだけどさあ……。昨日のでクレイもわかっただろ。向いてないよ、俺。それに……」


 ピリリリリリ、という甲高い電子音が不毛な会話を遮った。

 どうやら響斗に通信が入ったようだ。

 響斗は腕時計の形の端末を操作し、耳に着けた例のヘッドセットのような通信機(ただの飾りではなかったらしい)と無線で繋ぐ。

「何だよ? ………うん……ああ、あそこか……それで? 」

 どうやら真面目な話らしく、珍しく真剣なトーンで会話を続けている。

 端末に向かって話していないため、ぱっと見いつもの独り言に見えるのが悲しいところだ。


「ああ、わかった。……すぐ出る」


 再び端末を操作して通信を切る。

「何だよ、ご指名か?」

「まあな。俺、人気者だから」

 首を捻る会音と千奈に構わず、響斗はさっさと部屋を出ていこうとする。

『いいタイミングで指名されたわね。教育係はクレイに交代かしら』

「あ、そっか! ラッキー! ということだからクレイ、教育係は交代な!」

 ライリーの言葉に響斗は表情を明るくすると、振り向きざまにクレイにそう宣言して去っていった。

 なお、誤解無きように再度述べておくが、ライリーの声は周囲には聞こえていない。

 今日も変わらず、響斗に対する皆の評価は、『一人で騒ぐ忙しいやつ』―――である。


「あっ、おい!? 待てよ! ……結局丸投げか!?」

 慌てて入口まで追いかけたクレイの叫びが廊下に木霊しているが、時すでに遅し。

 黒髪緑メッシュの少年の姿はもう見えなくなっていた。

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