Act.45 混乱世界の健康診断(2)
研究員達の指示や雑談の声、機器の駆動音、そしてよくわからない生物(?)の鳴き声。
雑多な音に満ち溢れる研究フロアは思いの外騒がしい。上の階の廃病院じみた静けさを体感した後だとなおさらだ。
「きゃー! 誰かそこおさえて! くーずーれーるー!!」
「ちょっ!? 何すかその液体!? マーブルは怖い! マーブルは怖いですって!」
「おーい、何か爆発しなかったか?」
「うわー、煙出てんなー」
何やらあちこちから不穏な単語が飛び交うフロアの一角。
「賑やかだなあ。何やってんだろ」
『本当にね』
隣接する小部屋の一つから顔を覗かせた響斗は、喧騒に交じる後輩の声をのんびりと聞き流しながらそんなことを言う。
手には先程試し斬りをしてほしいと渡された一振りの剣―――さらなる軽量化に成功したという技術部の新作だ―――が握られている。
「お疲れさまです。どうでした? 今回は自信作なんですよ。……切れ味は」
「いいと思うぞ。軽いし、よく切れそうだ。俺としては重心がもうちょっと刃の側にある方が振りやすいけど、その辺は他のやつの意見も聞いて調整って感じなのかなあ。あとは……」
駆け寄ってきた技術部の若い研究員に剣を返却しながら、半分独り言のような感想を述べる響斗。
研究員はそれを熱心に聞いてメモを取っている。
「そうそう、試し斬りって言うなら、次は何か斬って試せるもの置いといてくれるか? あの部屋何もないからさー」
背後の部屋を指で示しながら言う響斗。
言葉の通り、その部屋の中には何も無かった。クッション性の高そうな白い壁に囲まれた教室くらいの大きさの部屋だ。中には室外からモニターするためのカメラが壁に設置されているのみで、あとはだだっ広い空間があるだけだった。掃除が行き届いているために生活感がなく、部屋というより箱と言いたくなるような殺風景さである。
元より多目的に使用されるスペースであるため、必要なものは都度持ち込むスタイルで運用されているのだ。当然、剣だけ渡されたところで素振りしかできない。
「ほら、居合いに使われてるあの藁のやつとかさ」
「藁は無いですね……。外の雑草なら斬っても問題ないんですが……」
「それついでに草刈りさせようとしてないか?」
「中に持ち込むと掃除が大変なので………あ、栄養ドリンクの空きビンなら積めますよ! 沢山あるんで!」
『それはそれで後で分別が大変そうね』
「確かに。やめといたほうがよさそうだな」
栄養ドリンクと友好的な関係を築いていそうな研究員(推定2徹目)の提案を丁重に断って、緑メッシュの先輩は放ったらかしにしていた後輩の様子を見に行くべく、とりあえず研究フロアの中心へと足を進めた。
技術部棟の地下の中心に位置するメインフロアは、ところどころをパーティションで区切られている以外は壁がない広大な空間だ。
だが、部内で行われている研究の大半がここで行われているため、面積に反してやや手狭な印象を受ける。
区画分けはされているがはみ出している物も多く、研究員達は忙しなく動き回っていて傍目には担当者がわからない。
設備自体は最新鋭で近未来的なのに、空気感は一昔前の町工場というアンバランスさは、アンティーク好きな社長のノリが多少ねじ曲がって受け継がれた結果なのかもしれない。
不安定に積み上げられた機材の横をすり抜け、何かが成功してハイになっている研究員に絡まれかけ、技術部お手製の新作栄養ドリンクの製作現場から目を背けながら、なんとか後輩の声がした方向に向かおうとする響斗。
果たして、ようやく合流できたのは、
「………どうした?」
「俺にもわかりませんよぉぉぉ!」
頭からペンキを被ったように鮮やかな青色になった会音であった。
軽く涙目である。
「凄い色だなあ。どうやってつけてるんだろう」
『そう? 私には大して変わらないように見えるのだけど』
「だって青いぞ? ……あれ? もしかして俺の目がおかしいのか?」
「あ、なんか人からそう見えるようになるだけで、実際は色着いてないらしいっす。……気分的には変わりませんけど」
「あー、なるほど」
『見る側の肉体に直接作用するから、思念体の私には効かない訳ね』
納得して頷きあう二人をよそに、会音は未だに項垂れている。
当たり障りのない普通の健康診断を終えた後、異能の測定と称して視力検査を受けたのだが、さして前回から変わったところもなかったために、(比較的)安全そうな薬品その他の実験台にされていたらしい。
「それ元に戻るのか?」
「戻ってくれないと困ります」
「心配せずとも、三十分くらいで効果は切れますよぅ」
手をヒラヒラさせて答える研究員に「誰のせいだ」という目を向ける会音。たくましくなったものである。
「本当はねぇ、カメレオンみたく周囲に合わせて色変えて、迷彩として使うつもりだったんだけどねぇ。何故か青しか出なくてねぇ」
難しいなぁ、とのんびりした口調で続ける研究員。
「せめて赤ならなあ。転界で青は目立ちそうだ」
「青が目立たない世界を知らないんすけど」
「……空とか海とか?」
「地上に居場所はないんすか!?」
◇◇◇
真っ青になっている会音とは多少離れたフロアの一角にて。
「はい、じゃあ次はこれ動かしてみて」
「承知しました」
千奈はひたすらに能力測定を続けていた。
目の前の机には多種多様な液体の入ったビーカーが置かれている。
担当の研究員に指定された液体を、異能の力で順番に操作していくだけの単純作業だが、不思議と飽きは来なかった。
並べられた液体は水などの無色透明なものだけでなく、お茶やジュースのように色の着いたものや不透明なもの、炭酸水などもあった。
千奈の手の先で、ほんのり桜色の着いた透明な液体が動く。
まるで無重力空間に居るかのように、物理法則から解き放たれた動きで宙に浮く色水が、無機質な白色LEDの光を幻想的なものに変えていく。
「うん、問題ないね。一旦解除してもらえるかな?」
「はい」
研究員からの合図で束の間の幻想体験は終了し、色水は元のビーカーへと戻っていった。
「やっぱり水溶液のなかでも透明度が高いもののほうが動かしやすい?」
「そうですね」
様々な液体を動かしてみたが、やはり基本が『水』の操作能力である以上、より水に近い液体のほうがスムーズに動かせるようだ。
力の通りが良いとでもいうのか、無色透明に近い液体ほど精度が上がるのである。
「なるほどねえ。いやあ、いい能力だね。研究しがいがあるし、使い勝手も良さそうだ」
「恐縮です」
「私のは軽い暗示をかけるくらいしかできないからね。せいぜい『眠くない』って暗示で徹夜を乗り切る時くらいしか使われてないんだ」
だから裏方にいるんだけどね、と言って笑う研究員。最近まともに寝ているのだろうか。
「だから自信を持っていいと思うよ。……あ、そうだ。さっき動かしてもらったこの液体、実は結構おいしいんだ。せっかくだし飲んでみて」
「は、はい。ありがとうございます」
勧められるがままに薄桃色の液体(いつの間にかグラスに移されていた)を受け取る千奈。
果実にも似た甘酸っぱい芳香は確かにおいしそうで、千奈は特に警戒することなくグラスの中身をあおった。
「………ん……。あ、確かにおいしいです。ちょっと駄菓子っぽい感じ…で……あれ?」
感想を言い終わるより先に、違和感を覚える千奈。
血行が急に良くなったような謎の熱を頭皮に感じ、瞬く間に視界が何かで覆い隠される。
無意識に顔を手で触り、千奈は視界を塞いでいるものが急激に伸びた自身の前髪だと気が付いた。
やがて頭皮の熱が余韻に変わり、伸び続けていた髪も成長を止めた。
「………」
ポカンとした表情のまま硬直している千奈。
サイドテールの結び目は肩口のあたりまで下降し、結び目から零れた髪がまばらに垂れている。
それほど乱れた印象にならなかったのは、普段の手入れの賜物か、それとも美少女補正の為せる技か。
「あはは、びっくりした? それね、うちで偶然製法を見つけた『髪が伸びる薬』なんだ。まあ、伸びるだけで新しく生えてはこないから失敗作ではあるんだけど、味だけは良い感じにできたし、伸びた分は切れば問題ないから、もっぱらイタズラ用に使ってるんだ」
ケラケラと笑う研究員。
罪悪感の欠片もない爽やかな笑顔は、イタズラが成功した喜びに満ち溢れている。
「な、なるほど……」
辛うじてそう絞り出した千奈は、もはや意味をなさなくなった髪の結び目を解いて、紙紐をそっとポケットにしまい込んだ。
「ああそうだ、これ、最後にもう一回動かいてみてくれる?」
悪びれもせずに再度液体の入ったビーカーを指差す研究員。
「ちょっと足りないデータがあってさ。中身はさっき飲んだのと同じだから」
「あ…はい。承知しました」
言われた通りビーカーに入った薄桃色の液体
『髪が伸びる薬』に意識を集中させる千奈。
異能の力が液体を重力の軛から解き放ち、宙に浮かぶ色水が再び光のアートを演出する―――はずだった。
「………?」
しかし、どれほど念じてもビーカーの中の色水にはさざなみ一つ起こらなかった。
――どうして? さっきと何が………。
「うんうん。やっぱりね」
戸惑う千奈とは対称的に、研究員はその様子を見て満足そうに頷いていた。
「やっぱり、とは? やはり先程とは中身が違うのですか?」
「いいや、中身はさっきと同じ。何も入れてないし、何も変えてない。君に渡した分は予めグラスに注ぎ分けていたものだからね。ここにあるのは正真正銘、君がさっき動かしたのと同じものだよ」
「では……何故能力が発動できなかったのですか?」
「それはね、君がこの液体を薬だと認識したからだよ」
「それはそうですが……」
それだけで発動しなくなるものなのか、とでも言いたげな千奈に、研究員は当然だと言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「精神の作用を舐めてもらっては困るね。『病は気から』って言うだろう? ただの人間でも精神状態が肉体に表れることがあるんだ。ましてや君たちの持ってる異能の力は、そもそも本人の意志の力が作用してるものなんだから、気の持ちようで効果が変わっても何もおかしくない」
――ああ、それは確かに。
水だと思えれば水溶液でも操作できる。
千奈は自分の能力についてそう説明してきた。
思えればと、特に意識することなく。
であればこの結果にもなんらおかしいところはない。
水だと思えなくなったからというだけ。
それだけのことだ。
「科学者としてはそんなスピリチュアルな理論はつまらないけど、まあ今ある常識や法則では語れないってだけだろうからね」
軽く苦笑してから研究員が言う。
「逆に言えば、自己暗示か何かで条件に関わる認識を誤魔化せれば、もっと操作対象を広げられるということかもしれないんだけど……そこは後で自分で色々試してもらって、成果だけ教えてもらうことにしようかな」
研究員が軽い調子で言った可能性を、千奈はしっかりと愛用のメモ帳に書き留めた。
◇◇◇
『それ』は微睡みの中にいた。
薄暗い部屋。
その片隅に置かれた水槽の中。
周囲を満たす海水が揺り籠のように揺れる。
変わることのない作られた安定に身を預けていた『それ』は、不意に訪れた感覚に身動いだ。
『それ』に感情があるかはわからない。
だが仮にそう呼べるものがあったとすれば、そこにあったのは恐怖だろう。
なにかこわいものがきた。
そんな本能的な恐怖が、『それ』を突き動かす。
水槽の水面が激しく揺れ動き、溢れた水が辺りを濡らす。
水音を不審に思った研究員が室内を覗いた時には、『それ』の姿は忽然と消えていた。
◇◇◇
「ん……?」
「どうしたんすか? そっちには何もいませんけど……」
未だ真っ青なまま項垂れていた会音は、突然顔を上げた先輩を怪訝そうに見上げる。
いつものようにライリーに話しかけられただけかと思ったが、彼女は響斗の視線とは逆方向にふわふわと漂っていた。
正真正銘何もないところを不思議そうに見つめるその姿は、虚空を見つめる猫にも似ていて、そこはかとなく気味が悪い。
「あー……何だろ。なーんか、妙な気配がするっていうか……」
独り言のつもりなのか続きの言葉はなく、会音は気にしても無駄かもしれないと思うことにして再び視線を下げようとしたのだが―――
『緊急! 緊急ー!!』
けたたましいサイレンの音と共に、天井のスピーカーから逼迫した様子の研究員の声が鳴り響いた。
『サンプルC-1248脱走! 繰り返します! サンプルC-1248脱走! 』
「は? サンプル?」
疑問符を浮かべる会音を他所に、周囲の研究者達の間には動揺が広がっていく。
「嘘だろ……!? 何であいつが?」
「どうしよう……」
「いや、探せばまだいける! 急げ急げ!」
室内の喧騒は会音と、腑に落ちたという顔で頷く響斗を置いて熱を増していく。
「あの、ヒビトさん、サンプルって?」
「ああ、技術部は研究のために攻撃性が低めなラルヴァを何体か捕まえてるんだ。多分それが逃げたって話じゃないか?」
「大変じゃないすか!?」
慌てる会音とは対照的に、緑メッシュの先輩は微塵も焦ることなく、カラカラと笑って言う。
「大丈夫だって。たまにあることだし。技術部にも普通に戦えるやついるからな」
まあそれでも、と響斗は軽く伸びをして、
「居合わせた以上は俺も行ったほうが良さそうだ。お前も手伝えるか、エノン?」
「は、はい!」
「よし、じゃあまずは逃げたやつの特徴聞いて探すの手伝うか。おーい、そのサンプル何とかって―――」
ズズンッ
近くで頭を抱えていた研究員に話しかけようとしたところで、突然床に衝撃が走り、少し離れたところで破壊音と悲鳴が上がった。
「っと、言ってる間に来たか。行くぞ!」
言うが早いか、響斗はざわつく研究員達や機材の山を飛び越え、音のした方へ走っていった。
「えっ!? ちょっ、俺はそんな動きできな……」
会音も慌てて後を追う。
かくして、急ぎ現場に駆けつけた二人が見たものは、廊下の天井に空いた大穴と―――
「……………は?」
―――不透明な白いかたまりだった。
大きさは自動車くらいだが、奥行きはあまりなく、一枚の板のように見える。左右の辺が少し分かれており、それが一応の手足であるようだった。潤いに満ちた体表は弾力がありそうで、ベースになった生物の影響か、うっすら漂う磯の香りが漂っている。
一言で表すならば、そう―――カマボコの妖怪、だった。
「………」
「……、………」
適切なコメントが浮かばなかったらしき緑メッシュの先輩は、独り言すら紡げずにぽかんと口を開けて絶句している。
その背後で肩で息をしているパーカーの後輩は、思考が停止したらしくひたすらまばたきだけ繰り返して固まっている。
謎の沈黙がその場に満ちた。
巨大なカマボコは特に動く様子もなくプルプルと揺れ―――
『カニー』
なんか鳴いた。
「カニ!?」
「何で!?」
我に返った二人が同時に声を上げる。
おそらくこの鳴き声そのものに意味などない。
ただ意味ありげな単語に聞こえるだけだということはわかっている。
わかってはいるが、このとっ散らかった空気の中では何かにツッコんでいないと正気を保てそうになかったのだ。
「と、とりあえず、アレが逃げ出したサンプルってことだよな? 技術部の連中に見せられてる幻覚とかじゃなく」
『気配は普通にラルヴァだからそうなんじゃないかしら』
混乱の余韻を残したまま、半ば無意識に剣を生成して構える響斗。
と、そこで場をさらに混乱させる第三勢力が現れた。
「やめてー! カニカマちゃんを殺さないでー!」
追いついてきた研究員の一人が、響斗とラルヴァの間に割って入った。
「カ、カニカマ……!?」
再び混乱する響斗に構わず、続々と研究員が集結してくる。
「普段はおとなしいやつなんだ! 本当なんだ!」
「そうだそうだ! 日々変態ゴーグルにこき使われてる僕たちのアイドルなんだ!」
「せっかく断捨離で人情まで捨てた冷酷メガネから隠してこっそり飼ってたのに!」
「カニカマを倒す気なら俺たちの屍を越えてみろー!」
終いにはスクラムまで組み始めてしまった白衣の集団の熱気に、響斗は完全に気圧された様子で視線を彷徨わせる。
「ええ……どうすればいいんだ、これ? 傷付けずに捕獲ってことか?」
「とりあえず変態ゴーグルって言った柴田と冷酷メガネって言った尾形。こっち来て正座」
凍てつくような声音に振り返ると、いつの間にか背後に二村が立っていた。
その額にははっきりと青筋が浮かんでおり、彼にしては珍しい胡散臭さの欠片もない爽やかスマイルが、逆に凄まじい圧を放っていた。
威圧感に負けた二人の研究員が、スクラムから抜けてすごすごと戻って来る。
大人しく壁際に正座した二人に向けて、『後で覚えてろよ』という視線を送ったあと、二村はなおも強固な意志をもって抗議活動を続ける他の部下達に向き直った。
「君達……何をやってるんだ?」
「愛護活動です!」
「カニカマは俺達が護る!」
「……本当に何をやってるんだ?」
ますます強固に密集する部下達を、困惑と哀れみの混じった目で見つめる二村。
こんなことになってしまう前に、日頃からもう少しメンタルケアに努めてやるべきだったのかもしれない。
「はあ……面倒だな」
そんな反省もそこそこに、二村はげんなりした声で呟くと、着けていた薄手のゴム手袋を脱ぎ捨てながら言う。
「まとめて焼くか」
不健康そうな白い手の表面が淡く発光を始め、青白い火花を散らし始める。
静電気で張り付く白衣を鬱陶しそうに払うその姿に、抗議を続けていた研究員達が僅かに怯む。
しかし彼らの決意は思いの外固く、動揺がそれ以上広がることはなかった。
二村はその様子を大して面白くもなさそうに見つめると、ゆったりとした足取りで白衣の集団へと近付いていく。
『ヒビト』
その様子を静観していたライリーが不意に声を上げる。
「ん?」
『多分そこ、巻き込まれるわよ』
ライリーが床を指差すのに合わせて、響斗も視線を下げる。
廊下の床はカニカマを中心に水浸しになっており、それが響斗の足元まで広がってきていた。
二村の異能は『電気を操る』という割とポピュラーなものだが、部長なだけあってその練度はかなり高い。
異能もまた彼の研究対象の一つであり、当然自分の能力は真っ先に調べ尽くしている。
単純な放電一つとっても、その出力や範囲を細かく調整することぐらい簡単にやってのけるはずだ。
そう、『意識を失わない・後遺症も残らない・けど痛い』という塩梅に調整することくらいは。
そして手加減ができるからこそ、少々周囲を巻き込んでも大丈夫だと考えていそうなのである。
「あー……まとめてって言ってたもんなあ……。ほらエノン、退避するぞー」
後ろで成り行きを見守っていた会音の背をぐいぐい押して、水たまりから距離を取る響斗。
入れ替わりにさらに白衣集団に近付く二村。
もはや殲滅待ったなし。
襲い来るであろう電撃に備え、歯を食いしばる白衣集団の面々。
そ、とこで、
「はいはい、室長。ストップ。ステイ。そこまでです」
音もなく背後に迫っていたタイラー(ロングなゴム手袋装備)が、二村を取り押さえた。
自分よりも三十センチ以上背の高い巨漢に羽交い締めにされ、二村の足が完全に宙に浮く。
「おい、何をするんだ。降ろせ」
「降ろしません。室長にカニカマはやらせない!」
「お前もか!?」
見せ筋とはいえ筋肉は筋肉といったところか。
拘束から逃れようと二村が藻掻くが、タイラーは床に根を張っているかのようにびくともしない。
ものの数秒で息が上がった二村が恨めしそうな目でタイラーを睨む。
日頃の運動習慣の差がそこにはあった。
「さあみんな、おれが抑えてるうちに早くカニカマを!」
「了解です!」
「お前らぁぁぁぁぁ!!」
二村の怒声が廊下に響く。
その苛立ちを表すかのように、彼の手から紫電が走った。
ヤケにでもなっているのか、狙いをつけずに放たれた無秩序な電撃が廊下を駆け巡る。
『カニーーー!?』
放たれた電撃の威力自体は大したこと無かったが、音や光に驚いたのだろう。
カニカマは弾力のある足(?)を廊下の壁面に吸着させ、器用に壁を這って天井の穴から逃げ出してしまった。
「そんな!」
「頼む、戻ってこい!」
「カニカマぁぁぁ!!」
研究員達の悲痛な呼び声にも応えず、振動はあっという間に遠ざかっていった。




