Act.44 混乱世界の健康診断(1)
前回からものすごく間が空いてしまってすみませんでした。
作品ページに6月とか書いておいてこの体たらく。
胃が痛い限りです。
その前からじわじわ遅れてはいたのですが、どうにかせめて月1ペースで更新できるように頑張………ろうとは思ってます。
朝 第二部隊執務室
キ―――
「よーし、今日もセーフ!」
―――ンコーンカーンコーン……。
「よし、じゃねえよ! チャイム鳴ってんだろ!」
「えー、まだ鳴り終わってないじゃん。大目に見てくれよ」
始業時間を知らせるチャイムをかき消す勢いで叫ぶクレイに抗議しつつ、響斗は自分の席に向かう。
「ギリギリにならないように早めに起きろって言ってるだろ」
小言を続けるクレイを刺激しないように、なるべく静かにカバンを置く。
席に着いて一息つくと、何やら不審な動きをしている小柄な人影が目に入った。
「ん? メアリー何やってんだ?」
『さっきからずっと行ったり来たりしてるわね』
中空から響く少女の声がそれに同意する。
さらに、横からも疑問に答える声があった。
「おはようございます響斗さん。どうかされましたの?」
「おはようアイラ。ほらあれ、メアリー何やってるのかなって」
なるほど、と頷いた愛桜はにっこり笑って言う。
「修行ですわ」
うろうろと、視界の端で動くものがある。
敢えて気付かないふりをすることに決めた凌牙は、特に何をするでもなく、視線をPCの画面に固定した。
ダークテーマの黒い画面が夜の窓ガラスのように反射して、背後に近付いてはまた遠ざかる影と、困り果てた自分の顔を写している。
背後の人影には自分の顔は見えていないのだろう。仮に見えたとして、表情に乏しいだの何だのと言われがちな自分の表情が伝わるとは、正直あまり思えないのだが。
そんなことを考えるうちに、ますます表情が固くなっていることには気付いていないのか、銀髪の青年は気まずさ半分苛立ち半分といった負のオーラを漂わせつつ、そっと手元の書類へと視線を落とした。
「えっとー……赤対さん?」
さらに数分後、ようやく意を決したメアリーが語尾を震わせながら声を掛けてきた。
「何だよ」
「ひぇっ……せ、先週借りた資料……」
「資料……ああ、あれか」
「こ、ここに置いときますからっ! じゃあそういうことで!」
逃げるように去っていくメアリーを、解せぬという目で見つめる凌牙。
怒っていると誤解されないように、極力平坦な声で接したつもりだったというのにこの結果。
先週はいくらかまともに話していた気がするが、この態度は一体何だというのか。
――何か余計なこと言ったか……?
怪訝なそうに眉を潜める凌牙。
睨まれたと思ったメアリーがさらに遠ざかっていく。
「あれあれ? メアリーってば、リョウガ君に慣れたんじゃなかったの?」
気配もなく隣に寄ってきた杭田が、芝居がかった仕草で首を捻る。
「知らねぇよ。朝からああだったんだから。あと何でおれのとこに来んだよ」
「いやー、それがさー、なーんかボクも朝から避けられててねえ。何でだろうなあ、何でだろう? リョウガ君何か知ってる?」
「さぁな」
「まあ多分このあいだ吹き飛ばしたり囮にしたりしたのがまだ残ってるとかだろうけど」
「わかってんならさっさと謝れよ」
しっしっ、とサンタ服の青年を追い払い、凌牙は今しがた受け取った資料の方に意識を移す。
相手をしてもらえなくなった杭田は、次なる話し相手を求めて部屋を徘徊し始めた。
一部始終を眺めていた響斗と愛桜の元には、メアリーが逃げ帰ってきていた。
「うぅー……やっぱりうまく心臓に悪いですー」
「よく頑張りましたわ、メアリーさん。まずはレベル1はクリア、ですわね!」
「そのレベルいくつまであるのー?」
「57くらいですわね」
「多い上に半端な数字!」
げんなりとするメアリーと、地道に頑張りましょうね、と励ます愛桜。
「なんかアイラの方が先輩みたいだなー」
『そうねえ。うかうかしているとヒビトも後輩になってしまうわよ』
「え、俺の威厳ってそんな危ういのか?」
――朝っぱらから何やってんだか……。
ガヤガヤと忙しなく騒いでいる部隊の面々を見ながら、クレイは一人欠伸を噛み殺す。
皆一向に仕事を始める気配がないが、今日は実質仕事らしい仕事が入っていないので、仕方のないことかもしれない。
戦闘部隊に割り振られるデスクワークなどたかが知れている。その大半がクレイの机に積み重なっているのだから尚更だ。
――仕事タルいなー……。とりあえずあと10分くらいぼんやりしてからやる気出すかなー……。
室内の喧騒を聞き流しながら、眠そうに書類の端を弄るクレイ。
そんな自堕落な隊長の背後に、ひっそりと赤い影が迫る。
「どーうしたんだい、隊・長? 仲間に入れなくて拗ねてるのかな?」
「うおッ!?」
突然話しかけられたクレイが椅子ごとひっくり返る。
「お前……何で気配消して近付いて来るんだよ。心臓に悪いな」
「忍び寄るのはサンタの基本だからね」
「"忍び込む"の間違いだろ……って、どっちにしても人聞き悪いし」
カラカラと笑って流す杭田に溜め息を一つ返して、クレイは諦めて仕事に向き合う。
ペーパーレスしきれなかった紙の書類を束ねて脇に退け、スリープ状態で放置されてついにバッテリーの切れたタブレットをその上に積む。
パソコンを立ち上げようとして、昨日電源を切り忘れていた事に気付く。
開いたままのチャットの画面に、新規メッセージがわさわさと届いているのをげんなりした様子で見るクレイ。
回覧板代わりにも使用されている全社員向けのグループチャットの大半は、さして重要でもない行事のお知らせや保険の勧誘や、形骸化して久しい社内報に席巻されているので無視し、6割くらいはまともな用事で送られてくる個人宛のメッセージを確認する。
「ん? なあ杭田、63件も送ってきてるけど何かあったのか?」
未読数の大半を占めているであろう杭田からのメッセージについて、横にいる本人に尋ねるが、
「開けばわかるよ」
サンタ服の青年はそう言って笑みを返すばかりで、内容について答える気はないらしい。
どうせくだらないことだとは察したクレイだが、油断してるとこいつは緊急会議ものの案件でも同じテンションで送ってくるので、一応確認してやることにした。
「どれどれ……『。』、『す』、『で』、『う』、『ょ』、『"』、『し』、『い』、『。』、『か』……」
やっぱりいたずらの類だった。
「何で1文字ずつ送ってきてんだよ! しかも逆から! ご丁寧に濁点まで別に送ってきやがって、暇か!」
しかも全文平仮名なので余計に読みづらい。
「それにこれ、途中で終わってんぞ」
律儀に全部目を通したクレイが画面を指差しながら言う。
表示されているメッセージは、明らかに何かの単語の途中で終わっており、解読した内容からしてまだ本題にも入っていない。
「いやあ、送ってるうちに、『あ、これ直接言ったほうが早いな』って気付いてしまってね」
何故だか照れたように頭を掻くメッセンジャー杭田。
「ではお聞き下さい。す、で、うょ、じ……」
「おい待て逆から言うな! もう要件だけでいいから!」
「ふむふむ。ならこう言おう。『資料送ったけど見た?』」
「63文字どころか10文字で事足りるやつじゃねえか…… 」
「いやはや、メールの文面って無駄が多いよねえ」
「それはそうだけども!」
一言を送るのにも挨拶だの何だので数行かさ増しされてしまうのがメールである。
かつての若者は「り」の一文字で了解の意を伝えたというが、何故にこちらの長文の文化だけは継承されてしまったのか。
ーーまあ、略語ってわかるやつにしか通じないからかなあ……。
丁寧なのは良いことだ。多分。
もっとも、杭田が送ってきたのはメールではないので、そのあたりは省略していい気がするのだが。
「はあ……。で、資料ってあれだろ? 昨日の昼に送ってきた合宿の企画書」
「それです。いい感じに聞こえ良くまとまっていたでしょう?」
「確かにあれだけ読めばすげー真面目に聞こえる内容だったな。つーかまだ諦めてなかったのかよ」
「ボクが飽きるまでは続けますとも」
「はいはい。ま、上がいい感じに血迷って許可してくれることを祈ってるよ」
杭田が企画している時点で無難には終わらないとわかっているのだが、それでも企画書を読んでいるとちょっと楽しそうに思えてしまうのが悔しい。
横で喋り続ける杭田に適当な相槌を打ちながら、クレイは残りの新着メッセージを確認していく。
ーー飲み会のお知らせに……球技大会の助っ人の募集に……これはただの愚痴か?
次々に画面に表示される文章を目で追っていく。
どうやら急ぎの案件らしきものはないようだ。
ーー皆暇だな……ん?
と、そこであるメッセージを読んだクレイの手が止まる。
「ん? ああ……そうだこれがあったか……」
「何か見つけたの?」
「何か忘れてると思ったんだよなあ……」
首を(物理的に)突っ込もうとしてくる杭田を押し退けながら、長い長い溜め息をつく。
そっと下を向いて考えを整理する。
「………」
顔を上げて周囲を見渡すーーーが、何かを察したらしき杭田はすでに部屋の端へと移動していた。
「おーい、ヒビトー」
名前を呼ばれて振り向くと、書類の山とモニタの間からクレイが手招きしているのが見えた。
「何だろ?」
『さっきのお小言の続きかしらね』
「えー、それはやだなあ」
とは言いつつも、とりあえずクレイのところまで行くことにする響斗。
何にせよ、小言なら原因は自分だろうと思ってしまうくらいには迷惑かけている自覚があるのだ。
「何だ? また俺何かやったか?」
「そんなことよりヒビト、今日暇か?」
「クレイが把握してる仕事がないなら暇だと思う」
答えを聞いたクレイが妙に柔らかい笑みを浮かべる。
「そっかそっか、それなら良かった。いやー、ちょうど任せたい仕事ができてなー」
「何か嫌な予感がするんだけど……」
後退りしようとしたが時すでに遅し。
逃さねえぞとばかりに腕をガシッと掴まれ、そのまま内緒話モードに移行する。
「実はな、技術部の連中が新人の能力調べたいから健康診断に来いって言っててさ」
「健康診断? 今さらか?」
もう五月も終わりかけである。
外を歩くだけでシャツに汗が滲み、日中の日差しに焼けたアスファルトは夜になっても微熱を含んでいる。
そんな夏の空気が日増しに濃くなる時分に、何故わざわざ呼びつけてまで健康診断などしようとしているのだろうか。
「まあ健康診断自体は入社前にやってるからな。どっちかっていうと能力の調査が本命だろ」
「なるほど?」
入社してすぐは研修などで転界に入ることすらなかった新人達も、今ではしっかり任務をこなしている。
当然彼らの持つ異能の力も、実戦の中でいくらか磨かれているはずだ。
能力を手に入れてすぐにある程度の測定はしているはずだが、伸び盛りの彼らのステータスを、そろそろ確認しておきたいのだろう。
「本当は僕が連れて来いって言われてんだけど、ほら、今忙しくて手が離せないからさ。暇なら代わりに行ってもらえねえかと思って」
職務を滞らせる訳にはいかないからなー、とどこか言い訳めいたことを言いながら、爽やかな笑顔で肩を叩いてくるクレイ。
そんな上司の態度を響斗は多少怪しんでいたが、
「なんか怪しいけど……デスクワークしなくていいならいっか」
と、前向きに捉えることにした。
「おう! やっとくやっとく。じゃあそっちは頼んだぞ!」
「やっぱ怪しいなあ……」
◇◇◇
МSS東京本社 技術部棟前
支度を終えて敷地を歩くこと数分。
響斗、千奈、会音の3人は、技術部の根城たる鉄筋コンクリートの建物の前に立っていた。
敷地のほぼ真ん中に位置するその建物は、いかにも大学の研究施設といった佇まいで、『関係者以外立ち入り禁止』という無言の圧力を放っている。
正門といい、こういった建物といい、大学の敷地を再利用したせいで随所に無駄な堅苦しさが残っているのが東京本社の特徴である。
そんな謎の格式を纏った建物の正面入口は、これまた部外者が開けるのには多少勇気が要りそうな類の重そうなガラス張りの扉が嵌まっており、そばの壁には『技術部』と書かれた石造りの看板が貼り付いていた。
「えっと……ここって、そのままドア開けて入ればいいんすかね?」
建物の雰囲気に気圧されているらしき会音が言う。
落ち着きなく辺りを見回す様子は、端から見ればまるっきり不審者である。
本社の建物の多くは防犯のために入口で社員証をかざすようになっているため、おそらくはカードリーダーを探しているのだろうが。
「ああ。そこは普通に開くぞ。中に受付あるし。でも俺らが入るのはこっち」
言いながら、響斗は建物の側面に回る。
「そっちの玄関はお客さん用だからさ、社内の人間は裏口使えってうるさいんだよ」
彼の指差す方向を目を向けると、薄汚れた壁に同化するようにして、まさに裏口としか言いようのない簡素な扉があるのが見えた。
しかしなんとも陰鬱という言葉の似合う光景だ。
来客用と言うだけあって正面玄関はそれなりに手入れがなされていたのだが、側面は酷い有様だった。
見た目に掛ける金などないと言わんばかりに、褪せた白い壁はところどころに蔦が這い、建物の裏へと続く小道は雑草が伸びて獣道と化している。
併設された駐輪場は余程利用者が少ないのか、壊れた自転車が数台放置されているだけで、あとはただ煤けたトタン屋根と錆びた支柱が並ぶばかりだった。屋根と支柱の間には、そこそこ大きいサイズの蜘蛛が、特に苦手でなくとも見たことを後悔する密度で巣を張っている。
そんな環境から全力で目を逸らしながら、3人は小道を走り抜けて裏口に辿り着いた。
簡素な扉の脇に備え付けられたカードリーダーに社員証をかざして扉を開ける。
病院のものに似たツンとした薬品の匂いが鼻をつく。
建物内は外とは打って変わって、随分と殺風景だった。
作りそのものは他の棟とそう変わらないが、あまりにも廊下に物がない。
張り紙もドアプレートもなく、コピペしたようなドアが等間隔に並ぶだけの空間には、一切の無駄を省いたような冷たい静けさが満ちている。
「うーん……呼ばれた部屋どこだっけ……? あいかわらずわけわからないなあ、ここ」
キョロキョロと辺りを見回しながら響斗が言う。
「………あ、そっか。そうするか」
「行くとこわかったんすか?」
一人頷く響斗に会音が尋ねる。
会音にライリーの声は聞こえないが、口が動くのは見えたので、多分何か助言したのだろう。
見えも聞こえもしない千奈は先輩の独り言に首を傾げるばかりだったが。
「呼んだの多分フタムラさんだろうからさ、とりあえず地下に行けば会えるんじゃないかなって」
「地下、ですか?」
「ああ。何かあったときに封鎖できるようにって、メインの研究室は地下にあるんだよ。地上にあるのは個人の研究室とか……あと資料室とか……だった気がするから、地下に行けば誰かいるだろ」
響斗に案内されるがままに歩いていくと、廊下の端に階段があった。
地下室と言うから入口は隠されているものかと思ったが、普通に階下へと続く階段が伸びている。
多少拍子抜けした気分になった会音だったが、階段を降りていくにつれて濃度を増していく淀んだ空気にじわじわと表情を強張らせていった。
ちなみに前を行く千奈は特に動じた様子がなく、落ち着いた足取りで響斗に続いている。
2階分くらい下ったところで、『関係者以外立入り禁止』と書かれた金属製の扉が現れた。
鍵まではかけていないらしく、扉はドアノブを回すだけで簡単に開いた。
「……!」
「うわ……」
階段とは段違いのしっかり明るい照明に目を細める。
眩しさに慣れてきた目に飛び込んで来たのは、上階とは比べ物にならないほどに近未来的な研究施設。
謎の液体と謎の生き物が入った巨大な試験管。
大量のコードが伸びる大型の機器。
何かの波形を映す無数のモニター。
忙しなく作業を続ける白衣の研究員。
わかりやすいまでの研究室の記号が広い室内を埋め尽くしている。
「やっと来たのか。全く、来いと言ってから一体何日経っていると思ってるんだい?」
声のした方を向くと、白衣を着た痩身の男が立っていた。
歳は20代後半くらいだろうか。年齢不詳気味な顔立ちのせいで細かい年齢はよくわからない。
色素の薄い髪と不健康そうな白い肌からは、儚げで病弱といった印象を受けるのだが、実験用の保護メガネに覆われた目はどこか妖しげな眼光を宿しており、総合するとマッドサイエンティストという単語の方が似合いそうな雰囲気だ。
「俺は言われてからすぐ来たぞ。クレイが忘れてた分は知らないけど」
「上司の教育がなってないんじゃないかい? しかも来たのは君だし。つまらないなあ。ローウェル君はどうした?」
響斗の反論に呆れたような視線を返しつつ、勝手なことを言い始める白衣の男。
「クレイは忙しいんだよ。だから俺が代理」
「前にも言ったけど、私は君にはさほど興味がないんだ。だって君、初期の実験部隊の出だろ。データが多すぎていまさら調べる気にもならないよ。多重能力や感知能力は興味深いテーマではあるけど、いまいちノらないんだよねえ」
退屈そうに溜息をついて、白衣の男は口元だけ笑みの形にして言う。
「そんな訳だからさ、新人君達だけ置いてさっさと帰ってくれないかい?」
「えー、そう言われてもなあ……。帰っても事務仕事とかさせられそうだし、ここで時間潰したいんだけど……」
『まともに調べられたらそれはそれで厄介よ』
「でもなあ……」
「何言ってるんですか、室長。いい加減気分でものを言うのやめて下さいって!」
と、そこで別の声が会話に割り込んできた。
声の主は眼鏡よりサングラス、白衣より黒スーツが似合いそうな、外国の要人のボディーガードのような外見の巨漢である。
「あ、タイラさん。あいかわらずデカいなー。ちょっと焼けたか?」
「ボディービルの大会が近いんでな。週末に日サロに行ってきた」
頭2つ分近く高い位置にある顔を見上げるようにして言う響斗に、黒光りするスキンヘッドを揺らして答える大男ーーー技術部、もといこの部屋の副室長であるタイラーは、今度は自分の上司の方に向き直って言う。
「で、室長。つまらないとか言ってないで協力してもらいましょうよ」
「そんなこと言って、真面目にやろうとしても社長に睨まれるだけだって知ってるだろう? 初期部隊の情報はほとんど下りてこないんだからさ。全く、何の利権が絡んでいるんだか」
「戦闘データだけでも貰えれば御の字じゃないですか! 他部署の人間がここまで来るの稀なんですよ!」
「はいはい。……おっと、すまない。置いてきぼりにしてしまったね」
会話に入れず戸惑っていた会音と千奈の視線にようやく気がついたのか、室長と呼ばれた男がどうにも胡散臭い笑みを浮かべて話しかけてきた。
「技術部の部長、二村傾だ。我が研修室にようこそ。歓迎するよ。生憎と茶の一杯も出せないが、精々面白いデータを……じゃない。ゆっくりしていきたまえよ」
「……よ、「よろしくお願いします」」
軽くハモりながら頭を下げる二人を、(蟻の巣をつつく)子供っぽい目で見つめながら、二村はそばで胃が痛そうな顔をしているタイラーに声を掛ける。
「じゃあ、そこな新人君達含め対応は君に任せるから、何かいい感じにデータ取っておいておくれ。私は自分の研究に戻るよ」
「わかりました」
ーー室長に任せるよりはマシか。
声に僅かに渋々感を含ませてタイラーが了承する。
「研究って、今度は何作ってるんだ?」
「今かい? 今は強炭酸のコーラとかを3秒でいい感じの微炭酸にできる機械を作っているところだよ」
「要るか、それ?」
「凡人には理解できない需要があるのさ」
「マジでか」
何だろう? と真剣に首を捻る響斗には構わず、二村は今度こそ研究室の奥へ去って行った。
「ふぅ、すまんね。室長がアレで。おれは副室長のタイラーだ。よろしくな」
「特務部討伐課第二部隊に配属されました。千奈・フォンターヌです。こちらこそよろしくお願いいたします」
「や、八谷会音です」
ハキハキと所属と名前を述べて一礼する千奈に続いて、タイラーの巨躯に気圧され気味の会音が名乗る。
「はは、そう畏まらなくていいぞ。おれはフレンドリーな筋肉を目指しているからな。もっと気楽でいい」
「筋肉……?」
「研究者として頭が必要なのはもちろんだがな、そこからさらに身体も鍛えれば最強だろ」
ーー頭がいいのか悪いのか、よくわからないこと言い出した……。
自信たっぷりにニヤリと口角を上げる大男に、曖昧な笑みで返す会音。
近くで聞いていたライリーも、肩を竦めて苦笑する。
『惜しむらくは、見せ筋だから戦闘力皆無ってことかしらね』
「うん。戦闘苦手だよな」
「あくまで趣味だからな。戦うのはお前らに任せるさ」
響斗の指摘をあっさりと流して、筋肉系インテリを自称する副室長は困ったように佇む新人二人の肩に手を置く。
「じゃあしばらく新人借りるぞ。お前はその辺でゆっくりしてな。データ取りたいってやつがいたら協力してやってくれ」
「はーい。じゃあ二人とも、頑張れよー」
「え……?」
「よーし、何からいくかなー」
「うわっ!?」
「気を強く持てよー」
ひらひらと手を振る響斗に見送られながら、会音と千奈の二人は研究室の奥へと引き摺られていった。




