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Act.43 弛緩世界で三度寝を(3)

「おーい。誰かー。へーんーじーしーてー!」

 キョロキョロとあたりを見回しながら、杭田吉右衛門(くえだきちえもん)ははぐれた仲間を探し歩いていた。

「うーん、困った困った。気配はこっちなんだけどなーっと」

 大して困った風でもなく、鼻歌でも歌いそうな声音でつぶやく。

「……ぃ…たー」

「ん?」

 微かだが、応答があった。

「赤い方ー! いるんですのー!?」

 声のした方に意識を集中させると、今度ははっきりと杭田を呼ぶ声が聞こえる。

「いるよー」

 今そっちに行く、と返すと、杭田は足早に声の主の元へと向かった。


「赤い方ー! こちらですわー!」

 仲間の声がした方向に繰り返し呼び掛ける愛桜(あいら)

 ほどなくして、霧の向こうにぼんやりと赤色が透けて見えた。

「良かった良かった。無事に合流できたみたいだね」

 霧をかき分けて現れたサンタ服の青年は、極めて軽い調子でそう言うと、座り込んでいる愛桜に合わせてその場に屈んだ。

「ええ。はぐれた時はどうなることかと心配いたしましたわ。赤い方……も、お怪我はないようですわね」

 至近距離に近付いてきた杭田を見て、一瞬言い淀む愛桜。

 というのも、ようやく確認できた杭田の顔の下半分が、服装に似合わない無骨なガスマスクに覆われていたからである。おそらくは肩に担いでいる小道具染みた袋から出したのだろう。

「ああ、これ? この霧なんか怪しいからさ、念のためにね」

「同感ですわ」

 頷く愛桜もまた、持参した布をマフラーのように巻いて口元を覆っている。

「ただの自然現象にしては濃すぎるし……っと、リョウガ君もいたんだ!? ……どしたの、これ?」

 愛桜の隣に倒れている凌牙(りょうが)の存在に気付いて驚く杭田。

 なにしろ足元すら満足に見えないような霧の中。こうしてしゃがまなければ地面に寝ている人間の姿など見えない。踏まなかったのが幸運なくらいだ。

「それが……凌牙さんを見つけた際、特に対策をしていらっしゃらないようでしたので……」

「うんうん、それで?」

「なので、一刻も早く口を覆って差し上げなければと……手持ちの布を飛ばしたのですが、誤って首に巻き付いてしまいましたの」

 痛恨の極みです、という顔で苦々しく拳を握る愛桜。

「ああ、なるほど。それで絞め落とされて気絶中か」

 しかも口を覆うという本来の目的のために、(さすがに首のところは緩めてあるようだが)未だに凶器が顔に巻き付いている。

 起きたらまず弁明が必要そうだ。

「ところで赤い方、メアリーさんは一緒ではありませんの?」

「はぐれたんだよねー、それが。早めにリョウガ君起こして探しに行かないと」


 ◇◇◇


 ――う……。

 ――ここは……?

 薄目を開けると、目の前には意識を失う前と同じ真っ白な霧が立ち込めていた。

 意識がはっきりしてきても、視界の霧は一向に晴れない。

 ――つーか、一体何が起き―――

「おっはようございまーす!!」


 パンッ、パパパンッ、と破裂音が響く。

 咄嗟に身体を起こそうとするが、拘束でもされているのかうまく起きられない。

「やあやあやあ、お目覚めかな? お目覚めだよね! おはようございまーす!」

 無駄にハイテンションなモーニングコールが耳に刺さる。

 事態を認識した凌牙の視界に、杭田吉右衛門(エセサンタ)の姿(しかも何故かガスマスク装備)が映る。

 手に持った安っぽいクラッカーがパンッと音を立てて紙吹雪を散らす。

「ぷはっ、……今度はお前かよ。おれに何か恨みでもあんのか?」

 今日は寝起きのタイミングがことごとく呪われている。

 拘束を振りほどいてなんとか起き上がり、いたずらが成功した子供のような顔で笑っている杭田に悪態をつく。

「いやいや、恨みだなんてそんな。ボクはただ、今朝の君の話を聞いてから寝起きドッキリとかやってみたいなあとか思っていただけですとも! あと、その布外さない方がいいよ」

 杭田にそう指摘され、とりあえず巻いてあった布を元に戻す。

 よく見ればそれは見覚えのある美しい柄の反物だった。

「アイラのか? 何でこんな……」

「おはようございます、凌牙さん。この霧は有害のようですので対策ですわ」

 愛桜の声が横合いから答える。

「だからって何で体まで拘束してんだ。……まさか、さっきおれの首を絞めたのもお前か?」

「はい……。申し訳ありませんでした」

 あからさまにしゅんとした声になる愛桜。

 愛桜が空回ることは日常茶飯事なので、この程度では特に怒る気にもならないのだが、言っておかないと何度でも繰り返しそうで怖い。

「……とりあえず首はやめろ。声掛けるか、巻くにしても胴体にしとけ」

「承知しましたわ!」

 パッと明るい声になって答える愛桜。

「うんうん。和解できたようでなによりだね」

「お前のドッキリはまだ許してねぇよ」

 腕組みをしてしみじみと頷く杭田にも一応文句を言いながら、凌牙は声の聞こえない4人目を探して辺りを見回す。

「そういや、クロフォードはどうした? いねぇのか?」

「ああ、それ! ちょうど言おうと思ってたんだよ。先回りしてくるなんて流石だね! そうなんだよ。気付いたらいなくなっててさ、この霧じゃ探せないから、リョウガ君が起きるの待ってたんだ」

「おれが起きたところで何になんだよ。自分で言うのも難だが、手分けしても遭難するだけだぞ」

 三人で手でも繋いで探すってのか? と首を捻る凌牙。

 他の理由を考えるが、特に名案と呼べるものは出なかった。

 この霧の成分が可燃性かもしれない以上、炎で焼き払おうとするのは危険だろう。全員まとめて焼け死ぬリスクを背負ってまで、誰も実験などしたくないのである。

「大丈夫大丈夫。それはさすがに期待してないから。起きるの待ってたっていうのはあれだよ。奇襲を仕掛けるなら人手があった方がいいからさ☆」

 わざとらしくウインクして答えたらしき杭田(霧でよく見えない)に、凌牙は感情のこもらない声で問い返す。

「奇襲?」

「この霧がラルヴァによるものだとすれば、このまま待っているだけじゃ晴れない。そうだろう?」

「だろうな。晴れるどころかますます濃くなってんじゃねぇか?」

 もはや1メートルも以内で話している相手の顔すらろくに見えない状態だ。

 こうしていると、座っていても遭難できそうな気さえしてくる。

「メアリーを探すためにも、こう、一気にバーっと払おうと思って。そうなると……」

「……なるほど。霧が晴れた瞬間に本体を殺らねぇとクロフォードも危ない訳か」

「そういうこと」

「どういうことですの?」

 首を傾げる愛桜に、凌牙がやや面倒くさそうに説明を付け足す。

「この霧はラルヴァが出してんだろ。ならその霧がいきなり晴れたら、絶対に警戒するはずだ」

 霧を発生させているラルヴァがどの程度の知性を持ち合わせているかは不明だが、意図して霧を出しているならば、警戒するくらいの頭はあるのだろう。

「もしその時にクロフォードが敵の近くにいてみろ。霧がなきゃこの辺は隠れるとこなんてねぇから一瞬で見つかるし、あの霧ずっと吸ってたんなら攻撃されてもまともに戦えねぇぞ」

「それは一大事ですわね! なんとしてでも先に見つけませんと」

「そういうことだ」

「そういうことですわね!」

 大きく頷いて拳を握る愛桜。

「よーし、じゃあわかってもらえたところで、さっそく始めようか! ボクが霧を吹き飛ばすから、アイラさんはメアリーの救助、リョウガ君はラルヴァに突撃ってことでよろしく」

 多少は焦る気持ちがあるのか、さっさと分担を決めて布袋を漁り始める杭田。

 具体的な方法が一切出てこなかったが、まあなんとかするだろうと思うことにして、凌牙と愛桜は各々の武器を構えた。


 ◇◇◇


 ――むにゃむにゃ……。

 わざわざ心の中で呟きながら、メアリー・クロフォードは心地よい微睡みに身を任せていた。

 日向に干した布団に体を埋めた時のような穏やかな至福。

 実際は布団どころか地面に突っ伏しているのだが、メアリーはそれには気付かない。

 今の彼女は幻術にかかっているような状態だ。柔らかい頬に突き刺さる小石の鋭さも、彼女の意識には届いていないようだった。

 ふわり、と。

 まるで空を飛んでいるかのような浮遊感が、夢うつつの少女を包み込む。

 頬を撫でる風の気配に、僅かに意識が引き戻される。

「ん……え?」

 まるで―――ではなかった。

 時間にして僅か2秒足らず。

 ()()()()()()()()()()()()()()()メアリーは、事態を把握する間もなく、重力に任せて落下した。

「ぎゃうっ!?」

 受け身を取ることもできず、顔から地面に突っ込む。

 唇を伝うぬるい感触と、口の中に広がる鉄の味が、少女の意識を完全に叩き起こす。

「痛っ……なんなんですかも…うわぁぁ!?」

 文句を言う暇もなく、再びの突風に吹き飛ばされる。

「ちょっ……」

 突風。

「ちょっと待……」

 突風。

「待ってって言ってるのにー!!」

 突風。

 立て続けの突風で立つことはおろか地に足をつけることすら叶わない。

 しかも突風と突風との間隔が段々と短くなっている。

「なになになに!? なんなんですか、もー!!」

 地面から突き出ていた道路標識(の成れの果て)を掴み、吹き飛ばされないように耐えるメアリー。

 風が吹く度に足が宙に浮き、体を支える腕が悲鳴を上げる。

「まさか敵ですか!? 今わたし独りなのにー! なんでこんなタイミ―――きゃあぁぁぁ!?」

 なんとか叫ぶ余裕と周りを見る冷静さを取り戻したメアリーが、風下に鎮座する物体を見て悲鳴を上げる。

 濃霧が吹き飛ばされ、クリアになった視界に映ったものは、1本の巨木だった。

 大人二人で手を伸ばしてやっと抱えきれるような太い幹。葉は一枚も付いておらず、乾いた枝だけがざわざわと蠢いている。

 だが植物とは明らかに違う点が一つ。

 枝に、幹に、その表面の至るところに、まるで茸のように。

 動物の()とおぼしき物体が、びっしりと生えていることだ。

 乾いた木の表面から滲み出る生々しいまでの肉の質感が、それが植物に擬態している動物であることを物語っている。

 もっとも、この場合動物かどうかなど、内部が肉かどうかくらいの意味合いでしかないのだが。

 ――と、飛ばされたらあれに捕まるっ!

 風下にいる妖樹のようなラルヴァが自分に気付いているかはわからないが、もし今手を離せば飛ばされて激突する。

 そういう位置取りだった。

「あああああもう! なんでわたしがこんな目にー! きーちゃん! きーちゃんでしょこれラルヴァじゃないなら絶対きーちゃんのせい!!」

 見た目は木のくせに妙に軟体動物っぽい滑らかな動きで揺れる枝を横目に、メアリーはせめてもの抵抗としてあらんかぎりの大声で叫んだ。

「これで死んだら化けて出てやるー!! ……って、あっ、やっ…待ってほんとにやば―――」

 叫んでいる内に手の力が抜け、道路標識から手が離れかけていた。

 メアリーの頭の中を人生何度目かの走馬灯が過り始めたその時、風上から猛スピードで飛んできた長い布がその体をからめ捕った。

 布はメアリーに巻き付いたまま、ヨーヨーのような動きで元の場所へと戻っていく。

「ふう、救出成功ですわね! 大声を出してくださって助かりましたわ。おかけでなんとか間に合いました!」

「あ、アイちゃーん! うわーん! もうだめかと思ったー!!」

 聞き慣れたお嬢様口調。

 ようやく合流できた仲間の声に安堵の息どころか涙が出そうになるメアリー。

「ご無事でなによりですわ。どうどう」

 胸に飛び込んできたメアリーをなだめながら、愛桜はラルヴァの方に視線を移す。

「霧も晴れましたし、あとはあの敵を倒すだけですわね」


 ◇◇◇


 ようやく霧の晴れた海岸沿いの道路に、凌牙は一人武器を構えて立っていた。

 すでに強風は止み、辺りには不気味な静けさが広がりつつあった。

 ――ったく、吹き飛ばすとは言ってたが、力業が過ぎるだろこれは。

 辺りには先程の強風で飛ばされた瓦礫やガラス片などが散乱している。海の水を巻き上げたのか、道路はゲリラ豪雨にでもあったかのようにぐっしょりと濡れていた。

 思いの外海の近くまで来ていたらしい。

 霧の中で海に落ちなかったのは幸運だったと言わざるを得ない。

 打ち水的な効果でもあったのか、あれだけ悩まされた熱気はいつの間にか和らいでいた。

 ――しかしまあ、いくら重さを感じねぇからって、反則だろこれは。

 杭田がやったことは簡単だ。

 うちわを巨大化させ、ひたすら扇いで風を起こしただけである。

 しかしうちわ自体の重量はさておき、それを振り回す際の抵抗まで無視できるとは、感心を通り越して呆れてくる。

「いやあ絶景かな、絶景かな。視界がクリアというだけで、世界が今日も美しいね 」

 まるで花火でも見物に来たかのような調子で言いながら、隣に並んでくる杭田。

 通常サイズに戻ったうちわが手の中で揺れる。

「どこがだよ。あからさまな化物がいやがるじゃねぇか」

「化物だろうと自然の一部。雄大なる自然という言い回しの前では人もラルヴァも無力ということだね」

「あれは自然物じゃねぇだろ、多分。はぁ……先に行くからな」

 戯れ言をほざき続ける杭田を無視して臨戦態勢に入る凌牙。

 両手に着けた手甲を炎が覆い、熱が爪の形に凝縮される。

 合図はなかった。

 炎の爪が形成されるやいなや、凌牙は目の前のラルヴァに向かって一気に駆け出した。

 敵との距離は100メートルほど。

 遮蔽物はなく、他に敵もいない。

 敵もとっくにこちらの存在に気付いているのだろうが、近付く凌牙を迎撃するでもなく、本当にただの木のように佇んでいる。

 あっという間に両者の距離は縮まり、勢いよく振り下ろされた炎爪が妖樹の幹を捉えた。

 尾を引く熱気が木肌で炸裂し、焚き火に薪をくべた時のようなパチパチという破裂音が連続して響く。

 やはり内部は肉だったのか、生物が焦げる特有の臭いが鼻をつく。

 手応えはあった。

 だが凌牙は一瞬顔をしかめると、すぐさま妖樹の懐から退避した。

 バフッ と、白い煙のようなものが木の周囲に広がる。

 ――鱗粉……いや、胞子の類いか?

 愛桜から借りていた布で口元を覆い直しながら、遠目にその正体を探る。

 ゆっくりと空気に混ざっていく白い煙は、どうやら先程までさんざん悩まされてきた霧と同種の物質のようだった。粉ではなく液体なのかもしれない。

 煙の出所は妖樹の表面の至るところに生えた耳のような物体の間のようだった。

 ――………。

 茸の笠が何かだと思えば幾分マシな光景ではある―――が、形が耳なだけになんか耳垢みたいで嫌だ。

 うっかりそんなことを考えてしまった凌牙は、嫌悪感を露骨に顔に出しながら、帰ったら目や鼻を含めて入念にうがいしようと心に決めた。

 ――……よし、とにかく焼くか。

 火を通せばなんかマシな気がするし、とどうにか自分を奮い立たせる。

 先程の斬撃は核を捉えるには至らなかったらしく、すでに粗方再生が終わろうとしていた。

 治りかけの傷口から新たな耳が生え、そこからも霧が発生している。

 勢いからしてじきに一帯がまた濃霧に覆われることになるだろう。その前に、一つ試さねばならないことがあった。

「行けッ!」

 凌牙は鉤爪に纏わせていた炎を霧を吐き続ける妖樹のラルヴァに向けて飛ばした。

 斬撃の形をした炎が一直線に霧の中に呑み込まれ―――

 直後、白く染まった空間が轟音と共に爆発した。

「くそッ、やっぱり可燃性かよ」

 燃え盛る妖樹を睨みながら舌打ちする。

 ここまで激しい爆発を起こすのは想定外だったが、あの霧が可燃性である以上、至近距離からの攻撃は危険だ。

 あれが周囲に充満した状態で炎を使えば、間違いなく巻き添えを食う。

 ――どうするか……。

 悩んでいるうちにもラルヴァは再生を進め、火の勢いをかき消す勢いで表皮が再構築されていく。

 火が消えた頃には木肌は元通り耳状の物体に覆われ、消火されたところから順に再び霧を吐き出し始めていた。

「やっぱりあの霧をどうにかしねぇと話にならねぇな。おい、サンタ! 手伝え!」

 斬撃で遠くから攻撃するだけでは決定打になり得ないと考えた凌牙は、後方で待機していた杭田を呼びつけた。

「はいはーい! お呼びかな? お呼びだね! よしきた。願いを3つ4つ叶えてしんぜよう」

「冗談言ってる場合か。……さっきのあれ、もう一度できるか?」

 駆け寄って来るなり無駄口を叩き始めた杭田を一蹴し、手早く要求を告げる凌牙。

「さっきのってことは、もう一回扇いで霧を飛ばせばいいのかな? 一応訊くけど大丈夫? メアリーみたいに飛ばされない?」

「なんとかする」

「オッケー! じゃあやりますか!」

 ノリの良い返事と共に、杭田の手の中でうちわが見る間に巨大化していく。

 杭田は持ち手だけで自分の身長ほどありそうなサイズまで大きくなったうちわを振りかぶり、

「そーれ!」

 軽い掛け声と共に振り回す。

 うちわに実体がないのではないかと錯覚しそうなほどの軽快な動きで空気がかき乱され、物理法則を無視して送り出された強風が通りを突き抜ける。

 先程と違い、明確に発生源を狙って放たれた突風が、根ごと吹き飛ばさん勢いで妖木にぶち当たる。

 霧はおろか枝という枝が後方に流され、幹がわずかに傾く。

 ――よし、ここだ!

 ダンッ! と強く地面を踏み切って、凌牙は突風の中にその身を踊らせる。

 立ち止まろうとすればすぐに転倒しそうな強風に逆らわず、わざと吹き飛ばされるようにしながら一気に対象との距離を詰める。

「食らえ!!」

 風を受けて火力を増した炎爪が、突撃の勢いをそのままに妖樹の幹を貫く。

 表面を炙っても効果がないなら、内部を直接焼くまで。

 数瞬の間をおいて幹の内部に注ぎ込まれたエネルギーが爆ぜ、幹の表面が派手に木屑を散らして砕け散った。

 爆発の瞬間に飛び退いていた凌牙の頬を、木屑混じりの熱風が撫でる。

 もしかすると、分泌前の霧の成分にでも引火したのかもしれない。

 一体何処に発声器官があったのか、悲鳴のような甲高い音が聞こえた。

「殺ったか……?」

 煙を上げるラルヴァを睨む。

 杭田の起こした風はすでに止んでおり、敵の姿は燻る煙てシルエットしかわからない。

 ――……霧散してる様子はねぇ。てことはまだ生きてるな。

 追い撃ちをかけようと身構えた瞬間―――


 ビュォッ!! と、何かが凌牙のすぐ横を通り抜けた。

「―――ッ!?」

 咄嗟に僅かに体をずらしたため直撃はしなかったものの、掠った肩口が裂け血が滲む。

 風圧で煙が払われ、敵の姿があらわになる。

 そこにあったのは、ぬるぬると妙に滑らかな動きで、無数の枝を操る妖樹の姿。

 見た目こそ大して変わっていないが、その動き方は先程とは雲泥の差だ。

 乾いた枝の質感はそのままに、荒れ狂う触手が向かってくる光景に軽く眩暈がする。

 自らの認識とのずれで思考が鈍化する。

「くっそ……脳がバグる動きばっかしやがって」

 舌打ちと共に呟きながら、枝の攻撃を回避する。

 ある時は鞭のようにしなり、ある時は槍のように突き刺さる枝に牽制される形で、凌牙はラルヴァ本体から距離をとることを余儀なくされた。

 ――霧が効かないから方針を変えたってとこか。

 直接的な攻撃が主になったことで、あの面倒な霧は出なくなっていた。

 ――にしても再生が早ぇな。火力が足りねぇ。

 返す刃で二、三度切りつけてみたが大したダメージにはなっていないようだった。

 焼き払った枝はすぐに再生し、火を恐れる素振りもなく変わらぬ勢いで向かってくる。

 先程幹に与えた傷も、すでにほとんどなくなっているようだ。

 ――とりあえず愛桜かサンタを呼んで態勢を―――

 そこまで考えた時だった。


「ドーン☆」


 ふざけた掛け声と共に斜め後ろから赤い物体が突っ込んできた。

「がはッ!?」

 直撃を受けた銀髪の青年は受け身を取る暇もなく数メートル先までぶっ飛ばされる。

 すぐさま上体を起こして周囲を確認すると、幸か不幸か先程まで青年の立っていた辺りの地面から、鋭利な根のような質感の物体が出現しているのが見えた。

 あのままあそこにいたら串刺しになっていた―――かもしれないが、とりあえず、

「手前クソサンタ! 何しやがる!!」

 ライダーキック的な飛び蹴りをかました挙げ句自分だけ華麗な着地を決めていたサンタ服の同僚に怒声を浴びせる。

 だが当の杭田本人はどこ吹く風といった調子で言う。

「何って、えっと……攻撃的な回避? もしくは回避っぽい攻撃? まあまあ、とりあえずは怪我がなさそうで良かったってことにならないかな?」

「今の衝撃で傷口が広がった気がするんだが?」

 額に青筋を浮かべながら、肩口の傷を指差す凌牙。

「にしても、何で地中から来るってわかった? 何か予兆があんのか?」

「うん? そこはほら、何やら不穏な気配がぬるりと感じ取れたといいますか。心眼? 気? 第六感? まあそんな感じのやつだね」

 ――まったく参考にならねぇな……。

 思い切り胡散臭いものを見る目になる凌牙。

「あ、ほら。言ってるそばから。多分だけど足元来るよ」

 言われた通りに横に避けた直後、足元から数本の根が生えた。

 気配がわかるというのはどうやら本当らしい。

 安堵する暇もなく、今度は上から枝が襲ってくる。

「くそ、やりづれぇな」

 上からは枝、下からは根。

 上下からの挟撃に加え、下方向のタイミングは杭田しかわからないときている。

「だよねえ。あの木、多分だけど知能あるよ。霧もそうだけど、今だって根っこはリョウガ君ばっかり狙ってる」

 杭田の指摘に凌牙は眉をひそめて、

「んだよ、またパーツ持ちか?」

「んー、どうだろうね。見た感じあの耳の中に人間のはなさそうだし、せいぜい"なりかけ"ってとこじゃないかな」

「だったらいっそ、火力で押し切るか? さすがに向こうもネタ切れだろ」

 いけなくはない、とは思う。

 生木に近いので見た目よりは多少燃えにくいが、枝を焼き払うこと自体はそう難しくもない。

「いやー、やめた方がいいと思うよ? 多分核は地中だろうしさ。再生早いし、至近距離で根っこに囲まれたら詰みだよ」

「………」

「そうめんどくさそうな顔しなさんな。ほら、応援も来たことだしさ」

 言われて凌牙が後方に目線を投げると、ちょうど愛桜とメアリーが追い付いたところだった。

「お待たせいたしましたわ。三十日(みとおか)愛桜ただいま参りました!」

「あ、アイちゃん走るの早い~」

 やる気に満ち満ちた愛桜とは対称的に、肩で息をしているメアリー。

「やあ、メアリー。無事で良かった。で、早速だけどもう一仕事いける?」

「きーちゃん!! 誰のせいでこうなったと思ってるんですかー! ねぎらいがたりないー!」

「うんうん。大丈夫そうだね。じゃあ作戦だけど」

「聞いてないし!」

「クロフォード、諦めろ」

 目を伏せて首を振る凌牙。

 彼にしては珍しく、その声には若干の憐れみがこもっていた。

「あと、メアリー。先に謝っとくけど、ゴメンね☆」

「待って怖いなにさせる気なんですかー!?」


 ◇◇◇


「では参ります!」

 愛桜は背中側に巻物のようにして装備していた布を2つ取り出すと、それを勢いよく空中に放り投げた。

 片方は頭上に、もう片方は地面すれすれの低空に。

 布がくるくると広がり、繊細な柄が縦横の比率を無視して引き伸ばされていく。

「どうぞ! 乗ってくださいな!」

 地上から数センチの位置に浮かぶ布を指して愛桜が言う。

「え、いいの? これ高いんじゃ……」

「かまいませんわ。安心のポリエステル製ですの!」

「えっ、あ、うん」

 にっこり笑顔で言われても、メアリーには何が安心なのかよくわからない。

「ほっとけ。汚れて困るもん武器にはしねぇよ」

 凌牙にも言われ、一旦考えないことにして布に飛び乗るメアリー。

「それでは!」

 愛桜の合図と共に、上下の布がラルヴァに向かって発進する。

 上からの枝も下からの根も、上下の硬化した布が防ぎ、残る横から回ってきた攻撃も、杭田の剣が叩き落とす。

「メアリー、準備はいい?」

「ムリですってー! 何でわたしがおと―――

「頑張ってー!」

 ここにきてまだ渋っているメアリーを、杭田が布の上から押し出す。

「きゃあ!? ……っとと、もー、危な―――ひゃあぁぁぁ!?」

 文句を言おうとするメアリーに、好機とみたラルヴァの攻撃が殺到する。

「きゃあぁぁ!?」

 縦横無尽に襲来する枝や根を紙一重でかわすメアリー。

 杭田のように気配を読んで、というような余裕はなく、ただただ反射だけで避けているような状態だ。

「むーりー! やっぱり囮なんてムリですからー! おのれきーちゃんやっぱり恨んでやるー!!」

「おー、凄いなメアリー。声と動きで敵が釘付けだ」

 対する杭田は感心するように言うと、自らも布の防御圏内の外に降り立った。

「これは、ボクもしっかり仕事しないとね」

 そう言った杭田の手に握られているのは、一本の鉄パイプ。

 先端が鋭く切り取られたその形状は竹槍のようにも見える。

 杭田は妖樹のラルヴァの近くまで駆け寄ると、躊躇なく手にした鉄パイプの先端をその根元に突き刺した。

「ん、意外と固いな。でもできればもうちょっと……」

 鉄パイプをさらに深くねじ込もうとするが、思いの外地盤がしっかりしているのか、根の密度が濃いのか上手く刺さらない。

「おいサンタ! 上から来るぞ!」

 布の上で待機していた凌牙が叫ぶ。

 見上げると、数本の枝が杭田に照準を合わせて攻撃の構えを取っていた。

 ――さすがに気付くか。さて……。

 盾になるものを出そうと懐に手を入れる杭田。

 その手が、止まる。

 頭上で構えられた枝が、杭田に向けて突き出される寸前に方向を変える。

 枝の向かう先には、少女の姿があった。

 自分に向かってくる根の槍に対し、あえて一歩踏み出して。

 その動きは止まっていた。

 今の今まで見せていた回避行動を捨て、まるで妖樹の殺意を自分に呼び込むように。

 衝撃があった。

 小柄な身体がガクンと揺れ、湿った音が辺りに響く。

 根が貫通した脇腹から血が吹き出し、パステルカラーの上着に景色に負けないくらいの鮮やかな赤が広がっていく。

 それでも、彼女は悲鳴一つ上げなかった。

 根から身体を強引に引き抜き、ふらつく足で数歩後退る。

 そこへ枝の追撃が迫る。

 しかし今度もメアリーは逃げようとしなかった。

 頬や肩を掠める枝の猛攻に怯むこともなく、その内の一本に腿を貫かれながらも、なおその口は痛みを訴えることすらしなかった。

「まったく、こーんなかわいい子が相手してあげてるんですから―――ちゃんとわたしだけを見ててくださいよ」

 弱った獲物を追って、四方八方から槍が迫る。

 満身創痍のその少女は、それを真正面から受け止めるべく、そっと自らの能力を発動させた。


「ああ、さすがだよ。メアリー」

 ラルヴァの注意が自分から逸れていくのを感じながら、杭田は手の中に握り混んでいた数粒の小石状のものを、妖木の根元に刺した鉄パイプの空洞の中に滑り込ませた。

「お陰でこっちも無事に完遂できそうだ」

 素早く距離を取り、パチンッと指を鳴らす。

 次の瞬間、ラルヴァの根元の地面が一気に盛り上がり、下から押し上げられるようにして妖樹が引っこ抜けた。

 杭田が鉄パイプの空洞から流し込んだのは、小石大まで縮小した瓦礫の塊だ。

 パイプを通ってラルヴァの根元まで運ばれた瓦礫は、杭田の合図で急激に元の大きさまで膨張した。

 大岩と言っていい大きさの質量が、それも複数現れたことで、周囲の大地が圧迫され、上にいたラルヴァは地下から押し出されたのだ。

 いくらか残った根を軸に、空中に飛び出た他の根をバタつかせて元の体勢に戻ろうとするラルヴァ。

 もう勝負は付いたも同然だった。

「今だよ!」

「わかってる!」

 杭田が声を掛けた時にはもう凌牙は走り出していた。

 抜けた時の勢いで根の大部分は半ばで千切れており、今ならば下からの攻撃の心配はない。

 接近に気付いたラルヴァが枝を伸ばしてくるが、追従してきていた愛桜の布がそれを防ぐ。

 本日最大の火力を込められた炎爪が、根元付近の幹に突き刺さり、込められた熱が爆発する。

 閃光。

 そして爆発。

 火は一瞬で燃え広がり、瞬く間に妖樹のおよそ半分を消し炭にしてしまった。

 炭化した断面がぼろぼろと崩れ、霧散して消えていく。

 決着が付いた証拠だった。


 ◇◇◇


帰路


 任務を終えた一行は、元来た道を通ってゲートを目指していた。

 疲れたと言って歩くのを拒否したメアリーは、愛桜の出した布の上で揺られている。

「メアリーさん、本当に怪我の方はもうよろしいのですか? 痛むようなら早めに帰れるよう飛ばしますが」

「大丈夫ですよー。もう治っちゃいましたし。だからのんびり行きましょー」

 そう言うメアリーの言葉通り、裂けた服の隙間から覗く白い肌には、もう傷など残ってはいなかった。

 メアリーの持つ回復の異能は、対象の怪我や体力、気力などを万全の状態に治す能力だ。

 当然対象にはメアリー自身も選択できる。

「確か、自分を治す方が得意なんだっけ?」

「ですねー。慣れてますしー。でも痛いのは痛いし、服も破けるからイヤですけどねー」

 治す対象に触れる必要のある能力だが、自分自身ならノーモーションで治すことができる。

 つまり即死以外、本人的には怪我の内にも入らないのだが、それと率先して盾や囮になるかはまた別の話である。

「あーあ、気に入ってたけど、これはさすがに処分ですねー。まったくもう、これだから囮とかやりたくなかったのにー!」

「まあまあ、上手だったよ、メアリー。お陰で助かったし」

「むー……どうせわたしならどうにかするだろうとかわかっててさせたんでしょー」

 隣を歩くサンタ服の青年に文句を言うが、どうにも響いている感じはしない。

「むくれないで欲しいなあ。信頼だよ、信頼」

「……ホントにー?」

「本当だって。ねえ、みんな?」

 メアリーにジト目で睨まれた杭田は、同意を求めて後ろを付いてくる二人に話を振る。

「ええ! 素晴らしいご活躍でした! 先輩の威厳を感じましたわ!」

「助かった」

「むむむ……そ、それならしょうがない、かなー」

 愛桜はともかく、珍しく凌牙まで素直に認めたので、満更でもなくなってきたメアリー。

赤対(しゃくつい)さんも普段からそうやって素直にしてれば、わたしもできる先輩として導こうって思えるのにー」

「……別に、普段からなめてかかってるわけじゃねぇけど」

「えー、でもにらんだりとかー」

「してねぇ。そっちが勝手に騒いでるだけだ」

 メアリーは少し納得がいかないという顔をしていたが、すぐに気を取り直して宣言する。

「……まあ、今日のわたしは機嫌がいいので、大目に見てあげますよー」

「なになに? リョウガ君と話せるようになったの?」

「……ま、まあ、わたしだって先輩ですからー。ちょっと後輩の目付きが悪いくらいどうってこと……っていうかきーちゃん! わたしがはぐれてるって知っててまとめて吹き飛ばしたのまだ許してませんからね!?」

「えー、水に流してよー。ボクも後輩だよ?」

「こういうときばっかりー!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の後ろで、しばらく沈黙していた凌牙が口を開く。

「アイラも……今朝は悪かったな。おれのせいで遅刻させちまって」

「お気になさらず。持ちつ持たれつというやつですの!」

「そうか」

 屈託のない顔で笑って返す相方に、凌牙もうっすらと口角を上げる。

「けど、一応何か埋め合わせはする」

「そうですか? ……では、次の仕事着も30gohukuをご贔屓に!」

「商魂たくましいな」


「アイちゃーん! やっぱりとばしてー! こんな赤鬼転界に捨ててやるー!」

「あ、はーい! ただいま!」

「えっ、ちょっとアイラさん? 本気?」

「多分自業自得だエセサンタ」

「リョウガ君まで!? 待ってー。ボクも乗せてってってばー!」

 空飛ぶ布に乗って飛び去ろうとする三人を追って、サンタ服の青年も海沿いの道を駆け抜けていった。

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